第3話 ラップバトルは凛と、韻を踏む戦い。(2/3)
ラップバトルとは心と心、本音と本音がぶつかり合う場所である。そんな愛の告白とタメを張る舞台で戦ったのならそれはもうマイメンよ。と語るマネージャーを見る2人。何なんだろこの人、と素直に思うアヤと透華。
既に戦いは2バース目に突入し、盛り上がって来たところ。そんな2人の熱量に押し負けたマネージャーの立ち位置は変わり、見守り人となっている2人の隣に移動していたのだ。ぐちぐち小声で感想を述べる彼の姿は草野球を見に来たおっさんそのものだろう。
少ない良いところを挙げるとするなら、ヤジが小声な点である。まぁ、そもそもヤジを飛ばすなって話であるが。
「これは神聖な戦いなのだよお嬢さん方」
「・・・えっと、神聖? どんなところが?」
少々キツい性格、とアイドル時代言われてきた透華であるが、事実はそうではない。そこそこに社交的なJKであるのだ。学校に通っていないのでJKですらないJであるのだが、まぁ、些細な問題である。制服を着たアイドルはそれだけでJKとしてやっていけるポテンシャルを秘めているのだ。
そんな透華の救いの手を舐め回すようなテンションで語り始める。既にアヤは眼中になく、その綺麗な目に焼き付けるように凝視していた。アイドルマスターはさすがマスターであり、対象がラキだけになった現状でもその事実は変わらない。事の発端の当事者であるのだが、既にそんな事は頭の中にはない。
心の中はラキとすずの夢の共演を1ファンとして見ている、そんな感じである。
まぁ、アイドルのあれこれ、メンバー間のいざこざを抜きにして考えればこれほど胸躍る舞台もないだろう。なんて言ったって、今をときめく頂点に一直線だったアイドルと、圧倒的な語彙力と抜けたラッパーアイドルは知名度の差はあれど、両者とも強烈な人気があったアイドルだから。
と、そんなアヤの夢中になる事実の一端を垣間見たところで、マネージャーの自己語りが終わり、そしてアヤとすずのバトルも終わりを告げた。
はぁはぁ、と肩で息をするラキ。
確かに戦いは熾烈を極めた。殴り殴られ、両者一歩も引かないラップバトルであったが自力が違いすぎた。アイドルとして駆け抜けていたラキと、ラップバトルに頻繁に参加していたアイドルとでは、アンサーのインパクトが違いすぎた。
それを自覚しているラキは未だ興奮冷めやらぬまま、逸らした視線を向ける。
そんな視線を避けるでも、逸らすでもなく見つめ返すすず。口を開いた。
「・・・確かに、何も見ないで決めつけるのは良くないね。うん。それは認める」
「じゃ、じゃあ・・・」
「でも認めたのはラキちゃんの言葉だけ。アヤちゃんの事は今でも只の厄介ファンとしか思ってないよー」
異様に頷きを繰り返すマネージャーを視界に入れないようにアヤの近付くすず。
「って事だからちょっと話せる? ここじゃ・・・うーん、微妙だから出て話せるー?」
「うん。別に構わないですよー?」
間延びした返事を返すアヤ。その表情は緊張を一切見せない、いつものアヤそのものだった。さっきのバトルを見て何も思わなかったのか・・・? と考えた透華だったが、すずに着いて行き、ラキを通り過ぎて扉に向かう前、ニチャァと、そんな擬音が似合いそうなイヤらしい表情を見せて
「ら、ラキちゃん行ってきますね。ラキちゃんの熱意を背負ってあたし、戦地に向かうよ・・・?」
「う、うん・・・行ってらっしゃい」
引き攣るような表情で見送るラキ。
2人が部屋から出た後、透華の方に近付く。
「私、アヤに救いの手を差し伸べた事が間違いなんじゃないかって思い始めたの」
全くの他人ではなく、寧ろこのメンバーの中だとそこそこに面識がある2人であるが、そこまで仲が良いというわけでもない。知り合いといったレベルの間柄である。
同じアイドルの土俵であるが、そもそものレベルが違う透華は、そんなラキの言葉に一瞬言い淀んでしまうが、すぐに返答する。
「わ、私もそんな気がしてる。いや、一般人って言い方はおかしいかもだけど、普通じゃないってのは事実よね。あれが普通だったら世界は終わってるわ」
「そ! そうだよね! 別に、だからと言ってすずちゃんとラップバトルしたのは間違いじゃない、イヤだって訳じゃないけど・・・って、何でラップバトルなんかしたんだろ・・・? もっと話し合いとか、色々と低コストな選択肢もあった筈なんだけど・・・」
と、原因であるマネージャーがよっこらしょと、2人の間に割り込む。
「気になる? 気になっちゃう? 気になっちゃうよね、どうしてラップバトルが発生したか。実はね・・・」
「興味ないです」
「えっと、私も同じ。です」
「・・・そっか」
消沈したマネージャーが部屋の片隅に移動したのを確認し、少し広めに距離を置く。どうして広い空間で、満員電車みたいに近づかなきゃいけないのか。地下アイドルのイベントじゃあるまいし、とツッコミを1人入れながらラキは部屋に置かれた冷蔵庫から2本、水が入ったペットボトルを取り出した。
「はいこれ」
「あ、ありがと」
ラキは半分ほどを一気に飲み干し、透華は一口、二口飲んで床に置いた。
さっきまでの異質な空気感はなんだったのか。ラップバトルをしていた雰囲気はそこには無く、ただアイドルラキになっていたのだ。そんなギャップに困惑している透華だったが、にっこりと可愛い表情を見せるラキを見てそんな迷いもなくなっていた。
「えっと、話したくなかったら良いんだけど・・・確か透華ちゃんって『レディーナイト』ってアイドルグループのリーダーだったよね? どうして辞めちゃったの? ・・・あ、因みに私はアンチコメントで心が折れて辞めちゃった」
「いつかは話さないとって思ってたから全然大丈夫。・・・て、アンチコメント? あ、アンチコメント!!??」
そんなリアクションを見せる透華。そんなオーバーな、と思ったラキであるが驚くのは当然の摂理であると言えよう。
ラキが引退発表したのは、なんの前触れもない夕方であったのだ。特に理由を言う訳でもなく、引き潮のようにさぁー、と引退したラキの理由については様々な考察が出回った。例えば、メンバー間のいざこざだったり、マネージャーへの不満だったり、アイドル業への疲労だったり。
様々な話が、それこそ絵空絵ごとじゃんと思ってしまうような話すら一考の余地ありと判断された程に話題になったのだ。
同じアイドルであり、闘志を燃やすアイドルの先輩として見ていた透華としてもその理由については興味があったのだ。
リアクションも程々に話し始める。
「えっと、私の場合は・・・うーん、メンバーとの不仲で解散かな? 色々とぶつかり合う事が多かったけど、その都度仲直りして上手くやって来ていたつもりだったの。でもそう思っていたのは私だけど、他のメンバーは納得していなかったみたいで。なんか私はメンバーをイジメてるって話を作られて、その場所に居られなくなっちゃった、って感じかしらね。でも、別に後悔はしてないわよ? 心残りはあるけど、こうしてラキと出会えたって事実は努力が無駄じゃなかったって証明するには十分だもの」
「・・・そうだったんだ。何度かライブで共演して、凄く頑張ってる子が居るって思ってたからその話が出た時は本当に? って思ってたんだけど間違いじゃなかったんだ。・・・私で良ければ一緒に努力するからこれから頑張ろうね?」
そう言って手を出す。
見て、理解した透華はすぐに手を出し、握手を交わす。
妙に照れくさい気持ちになって照れていると出ていった2人が帰ってきた。
「あ、話はどうだっ・・・え?」
入って来たのは半泣きで、目の周りが赤くなっているすずと、それに対照的な困った表情をしているアヤ。
どうしてそうなった?