第3話 ラップバトルは凛と、韻を踏む戦い。(1/3)
「東、ラキ a.k.a. 天上天下唯我独尊アイドル!!!」
声高々に宣言したマネージャーの声を背負ってラキは一歩前に出る。その顔には覚悟と、ラッパー的なキャップを被っている。
マイクチェックワンツー、準備は出来たぜマイメン的なサムシングでマイクを口に近づける。
「アヤは私の相棒、そんな私はアイドル。実力見せてやるよ再三。最後の優しさ、回想か敗走か選ばせてあげる」
威嚇の意味を込めてのダジャレの百裂拳をお見舞いし、華麗な登場を決める。
異質なラキの姿を見たアヤの表情が一変する。
「き、きゃー!!! 天才ラッパーラキがここに誕生!? 拙者、ここで死に果てて宜しいですか? 宜しいですよね!? 骨は石灰として再利用してください・・・」
「そ、そんなに・・・?」
アヤからの黄色い声援を盛大に受け、派手なライトアクションと共に決めポーズ。コトの発端はアヤと凉のいざこざであるので、蚊帳の外である透華が「その反応でいいの・・・? いや、アイドルする点は私も嬉しいけど。・・・アイドル?」と疑問符をデパートのバルーンよろしく掲げている。
元アイドルであり、ラキの名前は知っている透華。付き合いって意味合いではアヤよりも格段に濃密な時間を過ごしているのだが、そこまで死に果てる勢いは感じれないのでちょっとノリに乗れていない様子。
そんな2人を差し置いてマネージャーがもう1人にライトを向ける。
「西! ・・・・・・奈々木凉!」
微妙な紹介に眉を顰めながら、マイクを口に近づける。
「・・・微妙な挨拶で舞札、すずだよー。アイドルの晴れ舞台、我歌い花咲すアルカディアス。独壇場に我参上。憧れ流れ、侮るなかれ。一言一句、伝えるよ、でも見せないでね醜い切腹」
ラキ以上のダジャレをかまして来た涼。そんな気持ちの良い音の群に思わず口笛を鳴らしてしまう透華。瞬間、アヤが睨みつける。
「何よ、良いものに良いって言って何が悪いのよ」
「強いて言うなら全て、ですかね」
「・・・えっと、ラキは貴女にとって唯一神とかなの? 考え方が極端すぎて危ないわね、思想が」
「言い得て妙ですね」
「認めるのね・・・」
全国ネットではないが、危険思想が誰かの耳に入ったところでマネージャーの持ってきたCDから適当に選ばれたラップビートがプレイヤーから流れ始める。結構なローテンポで、しっかりとした韻が組めそうな感じである。
赤青黄色のライトがぐるぐると周り、一面に貼られた鏡で乱反射するように光が入り混じる。そんな光景と一緒にビートが刻み、さながらここはバトル会場かのような気持ちになってくる。yo-yo-チェケらチェケらと気分を昂らせ、先行はラキに決まる。
マイクを手に、まずはワンバースと一歩前に出る。そんな2人を見て、改めて透華が呟く。
「どうしてアイドルがラップバトルする事になったんだっけ・・・」
謎が謎を呼び、風を巻き起こし台風が作られるような勢いを感じる。どんな経緯があってラップバトルに派生するのか、フェルマーの最終定理並みの意味不明さである。
原因の発端はアヤであるが、経緯は十数分前に遡る事になる。
・・・・・・
2人の自己紹介が終わり、後は4人の親睦会を〜的なサムズアップで場を後にしたマネージャー。その彼を4人は見つめて「もっと説明はないのか」と同じ考えに至るが、わざわざ追いかけてまで話す事ではないと諦める。
ラキが空気を変える為に話す。
「えっと、三栗ラキです、よろしくね。まぁ、よろしくって言っても突然の事でよろしく出来ないかもだけど・・・」
と、笑いながら話す。そんなラキに対して涼が口を開く。
「そんな事ないよ〜、今日からシュガーポワンだっけ? で、アイドルとしてやっていくんだからいつでもよろしくだよ〜」
凉に続く様に透華も同意を示す。
「そ、そうね。最初はどうやってトップアイドルを目指すのか疑問だったけど、ラキがいるなら何とか・・・」
凉に同意するようにして透華が口を開く。
白峰透華、現在17歳。
1年前、メンバーに対する誹謗中傷でアイドルグループ『レディーナイト』を脱退する事になった『最もトップアイドルに近かった』アイドルの1人である。だが、その真相は透華が他のメンバーに誹謗中傷ではなく、むしろその逆。誹謗中傷される側であった。
言って仕舞えば『イジメ』のような関わり方をされていたのだが、透華の考え方的には『出る杭は打たれる』であったので、抵抗するのを諦めていた。
だがしかし、メンバーがイジメに躍起する間でも必死にアイドルの特訓を繰り返して来たのだ。
まぁ、それも無駄な努力に終わってしまった訳なのだが。そんな落ちぶれた透華を拾い上げたのがマネージャー、その人である。なんやかんや出任せを打ちかまし、シュガーポワンのメンバーに加えた次第である。
そんな背景がある透華は幾らか心が軽くなったのを感じ、それもどん底に落とされる。
凉が透華の言葉に被せるようにして話す。
「ま、でも、どうして一般人がいるのか疑問だけどねー。見学かな?」
一瞬空気が固まる。
唯一言葉を返せたのはラキだけだった。
「ちょ、一般人って・・・、アヤは歴としたシュガーポワンのメンバーだよ。その言い方はないんじゃない?」
その言葉を鼻で笑う。
「メンバーって・・・遠宮アヤちゃんだっけ? どっかグループに所属してた? テレビ経験は? 何か自慢できる経歴とかってある?」
「そんなの・・・」
「ラキちゃんには聞いてないよー。で、アヤちゃんはどうなの? アイドルとしての実績はあるの?」
凉の言葉に言い淀むアヤ。
確かにアイドルとしてデビューしていない彼女はただの女子高生としての肩書きしかない。芸能人が多く在学している高校に行っていても、実績がなかったらただの高校生止まりだ。
その事を自覚しているアヤは言葉を迷ったが、ラキが言ってくれた『メンバー』に応えるように絞り出す。
「確かに実績は何もないけど、けど! やる気とか意欲は人一倍あるつもりです。それを評価してもらって、あたしがここに居ると思います」
少し前にアヤの踊りを見たラキは、マネージャーが彼女をメンバーにした理由を理解したのだが、そんな事を知らない凉は表情を変えない。
「だから?」
「・・・え?」
「だから、それが何って話だよー。やる気も意欲も最低条件でしょー? それを評価? それしかないのに自慢気にならないで欲しいなー。私も、透華ちゃんも、ラキちゃんも本気でアイドルを目指すって決めたからここに居るんだよ? 色々な背景があって、でもそれでもアイドルをしたいから、ここに居るんだよ?」
少し考える。
「うーん、難しいなー。分かりやすく言うと、本気で再スタートをするには本気のメンバーじゃないとダメなんだよ。中途半端じゃ駄目。中途半端だったらそこら辺の有象無象に呑まれちゃうから。実績も、経歴も、素性も。何から何まで何も無い、白紙の貴女じゃ、お客さんを引き寄せるモノが足りないって話。分かるかなー?」
そこまで言われて理解する。
確かに、やる気も意欲も最低条件なもので、わざわざ言葉に出す程のものじゃない。自分が尊敬するアイドル、ラキだってそんなのを口に出さないで自然と心の奥底にあるものだろう。
だからあんな朝早くからランニングしようとしてたし、食後もそこまで時間を経たないでプレハブ小屋に移動した。
ラキに会って「ああ、本当にアイドル目指すんだ」って湧き上がった気持ちのどこかに「ラキと居ればアイドルになれるかも」と、そんなおんぶに抱っこの気持ちがあったんだろうと思う。確かに、自分はアイドルの踊りも歌も完璧と言って良いほど覚えているが、それは空真似事でしかない。オリジナリティーがないのだ。
何も言い返せない、何か言い返せる立場ではないと分からされたアヤは黙ってしまう。
「マネージャーが選んだ? だから何って話ー。貴女と一緒では成功するビジョンが見えないって事だよ。はい、出口はこちらー。引き返すなら早い方が良いよー」
移動し、ジェスチャーで出口に誘導する。はよはよ、と急かす彼女を見て透華は理解する。
どこか見た事ある見た目だなー、とモヤがかかったような感覚で見ていたのだが、この話し方、そして棘のある言い方。2年前に乱闘騒ぎでアイドルグループを脱退した『嬉々怪々』のサブリーダーである。
嬉々怪々の楽曲は、ラップが多く、それと掛け合わせたロックが有名であった。その関係か、元々の趣味であったのか凉は度々ラップバトルに参入しており、乱闘騒ぎもそのラップバトルが発端であった。
そこそこ、結構過剰に煽り散らかすラップで対戦相手を散々に煽った結果、平手打ちを浴びせられ、その反射で土手っ腹に蹴りをぶちかました事があったのだ。
なんやかんやあり、アイドルを辞めないといけない事になり、その発表の30分後にラップバトルの主催者から何度か枕に誘われた、とトーク履歴を晒した事でも有名である。
そんな話を思い出し、戦々恐々としていた透華なのだが、ここで立ち上がった勇者が居た。その名前は三栗ラキ。すっと、立ち上がりぐいっと凉を下から睨みつける。
「勝手にアイドルを語るのは結構。メンバーと対立するのは人間として仕方がない事。だけど、相手の事を何も知らないで勝手に決めつけるの、そして何が出来るのかも見ないで話を進めるのは論外。こんなのがアイドル語ってるのね、良かったじゃんアイドル辞めて。空気が澄んで見えるわ」
「なん?」
奈々木凉19歳。
身長差20センチ。そんな身長差をモノともせず喧嘩を売るラキ。その言葉を皮切りに売り言葉に買い言葉。手は出なかったが言い争いは徐々にヒートアップし、どこからともなく現れたマネージャーのMCによって徐々にこの場がバトル会場に改造される。
そんなこんながあって、現状になる。
ラップバトル、レディ・・・GO!!