この場所に別れを
桜が咲きほこっている3月
多くの学校では、卒業式が行われている。
別れを惜しむ人、友達と記念写真を撮っている人、卒業式後はそんな人たちが学校に残る。
そんな中で、僕は1人2つの卒業証書が入っているバインダーを抱え屋上に向かった。
ゆっくりと一つ一つの階段を上って、屋上の扉を開ける。
そして、そのままフェンスに近づく。
ちなみにだが僕は飛び降りるわけではない。そんなことはしない。
ただ、彼女に会いに来ただけだ。僕の気持ちを伝えるだけ。ただそれだけなんだ。
「……式終わったよ。無事に卒業した」
僕は口にしていく。
「……でもさ、やっぱり駄目なんだ。君がいないことが、耐えられない……」
その言葉を口にして、僕は彼女のもとに歩み寄る。返事はない。けど僕は続ける。
「一応、進学はすることにしたよ。じゃなきゃ君は怒るからね。でも、続けられるかは分からない……。君に会えないんだ、しょうがないだろ?」
彼女の沈黙は続く。もちろん返事はない。
「君の存在が僕の中でこんなに大きかったなんて僕自身驚いたよ。こんなにも、好きになってたんだって、毎日実感させられる。君がいなくなるだけで、こんなにも僕の世界が色あせちゃうんだ。君は本当にすごいよ」
返事はもうどうでもいい。
そもそも返事なんて最初から求めていないのだから。
僕はさらに彼女に近づく。
「ねえ、君は僕と離れ離れになって寂しくない?恋しくない?……辛くない?」
僕は彼女に問いかける。少しずるい聞き方をしたかもしれない
「僕はさ、今でも後悔してる。君の手を離してしまったこととか、引き留めなかったこと」
彼女の返事を待たずに僕は懺悔をする。もう最後なんだ、これくらい許してほしい。
「君は何を言っても一人で抱え込む性格だからさ、僕がもっと無理やりにでも話を聞けばよかったって、そうしたら君はあんなことにならずに済んだのかもしれないって。そう思うと、すごく苦しくなる。……君は、私に縛られないでって言うけど、無理だよ……」
手が震えてくる。握りしめすぎたせいなのか痛い。でも、そんなの気にしない。彼女の方が痛かったはずなんだから。
「僕は、ほどけなくなるくらいに君に縛られてしまったんだから、今更遅いよ……」
視界が歪んできた、そのまま頬に何かが落ちてくる。これは雨だろうか。それとも涙か。
たとえ後者だったとしたら、今すぐに止めなければ。僕に涙を流す資格はないのだから、流してはいけない。
急いで涙を拭う。
「っ……、どうして、止まらないんだよ……!」
何度拭っても、僕の頬に流れてくるそれは止まってはくれない。
むしろ溢れ続けている。
「くそ……、止まれよ。泣いて終わりたくないんだ……!」
乗り越えなければならないのに、どうしてそうさせてくれないのだろうか。
神様は残酷だ。僕にこんな残酷な試練を与えて、どうしろと言うのだろうか。
それとも、彼女からの罰なんだろうか。君を守り切れなかった僕への罰。
一瞬そう思ったがすぐにやめた。彼女はそんな人ではない。むしろ解放したがっていたはずだ。苦しさのあまりに忘れかけていた。
「駄目だなぁ、僕は……」
涙ながらにそう呟いて、僕はフェンスを背に彼女の横に腰かけた。
そしてそのまま涙を見られぬように膝を抱えて顔を伏せた。
すると、屋上の扉が開く音が聞こえる。
だが僕は驚かない。その音の主を僕は知っているから。
こちらに歩み寄る足音が聞こえる。
僕の前に来たんだろうか、音が止まる。
「……おい、いつまでここに居んだよ」
「…………」
「聞いてんのか?」
「……聞いてる」
「んだよ、聞いてんだったら返事くらいすぐしろよ」
「……ごめん」
すぐに返事をしなかったことを謝罪すると、彼は「はぁ……」とため息を吐き僕の隣にドカッと座る。
「で?いつまでここに居んの?」
「……そろそろ行こうと思ってたよ」
「嘘つけ」
「嘘じゃないよ」
「だったら顔上げろよ。泣き虫」
「……うるさいな、僕は泣き虫じゃないよ」
「現に今泣いてんだろ」
「…………」
図星を突かれて何も言えなくなった。
「……気持ちはわかるけどよ。いつまでもそんなんじゃ駄目だろ」
彼が何のことを言っているのかはすぐにわかった。分かってる。そんなの僕自身が一番分かってるさ。
「……分かってるよ、そんなの」
「どうだかな」
「…………」
彼のこういうところは少し苦手だ。人の弱い所を平気で突いて来る。
それが彼なりの励ましだってことは知ってる。
「けじめつけに来たんだろ?ここにきて迷うなよ。お前にとってあいつがどんなに大切だったかは知ってる。その逆もな」
「…………」
「忘れろって言ってるわけじゃねぇよ。けどな、あいつの為だと思うなら区切りはつけるべきだ」
「……うん」
「辛さから逃げんな。現実ちゃんと見ろ。お前は一人じゃないだろ」
彼の僕を心配してくれている気持ちが伝わる。止まってきた涙もまた溢れそうになってきた。
僕は、ゆっくりと顔を上げ、涙をぬぐい立つ。
「もういいんだな?」
「うん、もう平気」
本当は平気じゃない。でも、進まなくてはいけない。ここにきてこんなにナイーブになってしまうとは。せっさくの決意が無駄になってしまった。感傷的になるつもりなんてなかったのに。
ちゃんとお別れをしよう
改めてそう決意した僕は、持っていたバインダーの1つと花を彼女の横に置いて「卒業、おめでとう」と伝えた。彼も「……おめでとう」とぶっきらぼうに伝えていたが、表情は柔らかかった。
「……行こっか」
「ああ」
僕は、彼と一緒に屋上のドアを開けた。
振り返りはしなかった。
そうすれば、決意がぶれてしまう気がしたから。
忘れはしない、けど、区切りはつけた。
ちゃんと前に進むことができるかは分からないが、頑張りたい。
「さようなら、愛した人」
僕は、そう呟いて屋上を後にした。
扉が閉まる瞬間、『ありがとう』と聞こえた気がした。
もしここで振り返ったら、彼女が笑顔で待ってくれているんだろうか。
そう思ったが、振り返りはしなかった。
だって、想像できるから。彼女は最後に僕たちを見送りに来てくれたんだって。