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続・お祓い屋 京助 報復の城  作者: 浮子 京
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二つ坂

 二つ坂 


緑多き深い山間に、息を飲む程美しく整えられたワサビ田が、段々と続いている。

南アルプスが蓄えた清らかな水に育まれた此の土地は、数百年の間、他所から隔離されたような、隠れ里と呼ばれるにふさわしい様相をしていた。

そして、幾つかの集落が寄り添い、一つの町として成り立つこの地には、他の者には絶対に理解できない、掟があった。

その、掟の守り主であり、長と呼ばれ、此処の民から絶対的な信頼を得ている一族がある。その者は、根岸の長と呼ばれ、其の地の名は、二つ坂と云う。


おさ、来ましたよ、二人が」



離れへと続く縁側の廊下を渡り、障子戸に向かって一人の男が囁いた。


「おお、来たか、通してくれ」


張った声が中から聞こえた。


声を掛けた男が、後ろに続いた若者二人を前に出し、障子戸を開け、中に入るよう促した。


「失礼します」


床の間の前に敷かれた布団の上に、上半身だけ起き上がった寝巻き姿の与一が、にっこりと笑いながら、二人の若者を招き入れた。


「あ、与一さん、起き上がって大丈夫なんですか?無理せんで下さい」


入るなり、起き上がっている与一を見て、若者の一人が驚きながら言った。


「はっはは、もう大丈夫だ、まあ、俺としたら不覚だったがな、よく来てくれた楽にしてくれ」


そう言う与一の体には、首から下にかけて、真っ白な包帯がぐるぐると巻かれていた。


「でも、元気そうで良かったです、聞いた時は心配でした、一か月は動けないって」


もう一人の若者が心配そうに言った。


「医者って奴は大袈裟なんだよ、しかし、今回は無理が出来んなぁ、はっはは」


「俺たち、何のお役にも立てず、申し訳ないです」


膝を正した二人の若者が深々と頭を下げた。


「おいおい、何を言っている、お前達が後方支援してくれたからこそ、これだけで済んだんじゃあないか、あの場で意識のない姉様を、急ぎ運んでくれたから助かったんだ。一番大事な役目、十分全うしてくれた、礼を言う」


そう言いながら、与一が頭を下げた。


「と、とんでもないです。でも、そう言ってくれると有難いです」


恐縮した二人が、今一度頭を下げた。それを見ながら寝床の与一が、若者二人に言った。


「お前達が秋芳の親友だって事は知っている。今回の事では、さぞ苦しかったろうな、心中察するに余りある・・・残念な結果になった」


静かな口調だった。すると・・・


「その事ですけど・・・俺達を行かせてもらえんでしょうか?」


そう言うと、二人の若者が身を乗りし、与一に詰め寄った。


「まさか・・・連れ戻しにってか?」


「はい、勿論、与一さんや他の衆は納得出来んかもしれませんが、秋芳だって、騙されてたんです、あん時だって、最後は此方側に付いたじゃあないですか・・・だから・・・」


涙ぐんだ二人の精一杯の言葉だった。


「わかってるよ、お前たちの気持ちも、あいつの気持ちもな。どうだろう、この件、俺に預からせてくれないかな?それに、こうなる前の秋芳の事は、この町の誰もが知っているし、信頼も厚かった。それとな、今、捜索班作って、勿論お前達も参加してだ、探しに行ったら・・・どうだろう?秋芳のことだ、きっと追っ手を掛けられたと思うんじゃあないかな、俺はそれが心配なんだよ」


それを聞いた二人が大きく頷くと与一の方へ近づき、涙でくしゃくしゃになった顔で満面の笑みをつくった。そして、与一が話を続けるのだが・・・。


「納得してくれたようだな、良かった。じゃあ、その件は任せてもらうと云う事で。

それでだ、今日、お前達を呼んだのは、実は頼みたい事があってな・・・」


そう言うと、枕元にあった水差しを口元に以っていき、ごくりと一口飲んだ。


「先程、月夜野の神官連中が来てな、こっぴどく叱られたわ、いやぁ~、此の歳で説教喰らうとは・・・何とも恥ずかしい限り、はっははは」


「えっ、神官て、天ノ宮の・・・ですか?」


「ああ、そうだ、まあ、あいつらが激怒するのも無理はないけどな、焼いちまったからな社殿をさ、なあ、見事に」


その場にいた二人も同罪だと云う認識で顔を見合わせるのだった。


「まあ、それは後で落とし前は付けるとしてだ、問題はここからさ、その話の中で、俺達が引き揚げた後、見たこともない連中数人、焼け落ちた事満神社の周りをうろついていたらしいんだ。それでな、神官の一人が尋ねたらしい」


「お前様方はどちらで?此処に何用か?」


「いや、山向こうから火の手が見えたんで、何事かと?それで此処まで」


「ほほう・・・それはどちらの山向こうからと?」


「どっちでもいいだろ・・・それより、ここまで焼けたんだ、誰か巻き込まれたとかはなかったのか?」


苛立ちを隠さずに、その不審な男達の一人が言い放った。


「さて、どうでしょうな、詳細な事はこれからじゃてな」


「そうか・・・では」


「そう言うと、そいつらは止めてあった車に乗って、帰っていったらしいんだが、まあ、それだけだったら只の通りすがりかと思うんだがな、その乗って行った車ってやつが問題なんだよな、バックゲートに静岡新エネルギー研究所って書いてあったらしい」


「えっ!それって、千浜原発とグルになってる、怪しい研究所ですよね」


「ああ、ビンゴ!何かをやらかしたのか、それとも何かの偵察か、それでだ、お前達に頼みってのが、その研究所の傍にある寺を見張って欲しいんだがな」


「あっ、薙ぎの院ですか?」


「そうだ、静香の所だ、お前達もガキの頃は世話になっただろ」


「はい、夏休みになると臨海学校で何日か泊まらせてもらってました」


海のない二つ坂にとって、夏休みの海水浴を兼ねた臨海学校は、小学校生活唯一の楽しみだったのだ。


「俺の取り越し苦労ならいいんだが・・・何か、胸騒ぎがしてな」


「わかりました、喜んで引き受けます。それで、いつから・・・行きますか?」


「支度が整い次第行ってくれないか、近くの民宿には俺から頼んでおくから、宿の名は

合駒って言う」


その後、千浜に向かう二人の姿があった。


「あれ、瀬田牧場の・・・それと、電気屋の横田・・・か」


灰色の背広を着た男の右足が、与一のいる部屋の縁側に掛かった


あきらか?」


障子越しに声がした


「ああ、兄貴、俺だ・・・今の若い衆は・・・横田と瀬田・・・か?」


「良く覚えてるじゃないか」


「そりゃあ、覚えてるさ、秋芳とつるんでた悪ガキどもだからな、はっははは」


「もう行くのか?」


「行くよ、花石峠の土砂崩れも平らにしてきたしな、それに、薙ぎの院で泣いて待ってる連中もいるし」


彰と呼ばれた男が与一の居る部屋に入ると、後ろ手で障子戸を閉めた。


「彰、慎重にな、まあ、お前だから滅多な事は無いと思うが・・・とにかく今回の事象は何か変だ、十分に気をつけろ、それと、さっきの若い衆、薙ぎの院へ忍ばせた。何かあったら使ってくれや」


「ああ、それでか・・・わかった、とにかく連絡は逐一入れるから心配するな、それより、しっかり養生するんだぜ」


立ったまま、彰と呼ばれた男がにやりと笑った。


「おいおい、何だ、その笑いは?」


「ふっふふ・・・。まさか兄貴がここまでやられちまうとはな、そんな姿初めて見たからさ、超、カッコ悪う~ってか」


「馬鹿野郎、何言ってんだぁ~、お前だって知ってるだろうが、あの剛座の事はよ」


こちらも、にやりと笑った与一が、目の前でにやけている男に向かって言った。


「驚いたよ、その話聞いた時はな、月夜野と二つ坂、総掛かりでやってもヤバかったってな、とんでもないバケモンだ、奴は・・・」


「ほんとだぜ、あいつがいなけりゃ今頃、此処も葛城の親父殿の処も・・・無かった」


真剣な眼差しで与一が言った。


「しかし、すげぇ~奴がいたもんだぜ、話として俄かには信じられなかった」


「だろぉ~、世の中広いやね、俺も一からやり直しだな」


ゆっくりと横になった与一が、顔だけ向けて言った。


「それで、名前は何て言ったっけ?」


「京助、雨宮京助って奴だ、俺達と同じ歳だってよ」


「へぇ~、残念だった、俺もその場に居たかったなぁ~、京助・・・か」


「まあ、二度と会う事も無いだろうがな」


その言葉を聞きながら、くるりと向きを変えた彰が片手を上げて別れの挨拶をすると、閉めたばかりの障子戸を開け、先程上がってきた縁側に降り母屋に向かった。


「彰兄さん!」


途中、一人の女性が声を掛けてきた。


「おっ、君子か」


「もう、行くの?」


「ああ、月夜野の事満神社に寄ってからな、天ノ宮に少し聞きたいことがあるんでな」


「うん、与一兄さんから聞いたよ」


「それはそうと、大丈夫か?お前」


「秋ちゃんの事?それだったら・・・もういいんだ」


「君子、無理するな、お前だって分かってる筈だろ、否、お前だから分る筈だ。それに、俺も兄貴も、秋芳の事はほんとの弟のように思ってる、勿論、今でもだ」


「あ・・・あきら・・にいちゃん」


「悪いようにはしないから・・・それと、兄貴を頼むぞ、目を離すと何するかわかんな

いからな、じゃあな・・・笑って待ってろ」


「うん・・・うん」


柔らかに吹き始めた初秋の風が、別れ際の頬を優しく撫でた。


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