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続・お祓い屋 京助 報復の城  作者: 浮子 京
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闇の中・・・崩壊の序曲

 崩壊の序曲


不規則なリズムが頭の中で騒いでいた。一寸先も見えない位に漆黒となった闇が、消えた影法師のような男の存在すらも夢のように消している。

ポツンと一人立ち竦む京助の影も、その存在を許してはもらえないようだった。


「一体・・・どうなってんだ・・・あいつ、人間なのか?さっきの力、与一のような法力でもないみたいだし・・・」


困惑する思考回路をのたうつ様に、出口まで届かない波紋が、単純な言葉となって

京助の口から呟かれた。


「やみざれ・・・って言ったのか・・・あぁ~くっそぉ~!一体何だってんだ此処は、

あのカマキリ野郎と云い(もう、カマキリにしてしまった)・・・挙句は、与一絡み・・・来るんじゃあなかった」


薄っすらと明け始めた空が、駐車場の隅っこに停めてあるアルピナを映し始めていた。


「やめだやめだ、こんなところに居たら・・・またとんでもない目に会いそうだ、もうこれ以上は御免だ」


白くぼやけ始めた暗がりにくるりと背を向けると、駐車場の隅っこ迄急ぎ歩きだした。

中程まで来た時だろうか、入り口付近を照らす光が見えた。どうやら車が一台、京助の居る駐車場に入ってくるようだった。

その車は、入るなり少し加速したかと思うと、すぐさま京助の横に着けた。

止めた車の助手席側の窓が開き、中に居る若い男がにっこりと笑った。


「えぇ~!早かったですね、あっ、おはよう御座います、昨日はどうも、近藤です」


「おはようさんです、渡辺です、雨・・・宮・・・さん・・・でしたよね」


助手席の近藤をトラバースした渡辺が、京助の立っている助手席側迄、身を乗り出して挨拶がてら、名前の確認をした。


「ああぁ、昨日の人達か・・・あ、雨宮じゃなくって、そうそう、聞き間違えたんじゃあないかな、勝山って言ったつもりだったんだけど・・・」


ここは押し通すしかない。


「えっ、か・・・つやま・・・さん? そ、そうでしたか・・・あれ、雨宮って聞こえたんだけど・・・まあ、いいかぁ~、勝山さんね、了解」


腑に落ちない様子だったが、所詮今回だけのアルバイトだからと思ったのだろう、それ以上の追及はなかった。

とにかく、こいつらに見つかったらまずいなと思った、そう、アルピナだ。昨日ガソリンスタンドでは分からなかったようだし・・・此処では珍しい様だから。


「しかし、早かったねぇ~、今、何時だい?」


京助の問いに、すかさず腕時計を確認した近藤が、


「あぁ、まだ五時過ぎたばっかりですね、あっははは、早すぎちゃったねぇ~、でも、勝山さんでしたっけ、早くないですか?」


「ははは、いやぁ~、寝つかれなくて・・・それに、遅れちゃ悪いから早めに来ちゃったんだよね 」


「ああ、そうだったんですね、六時頃って言ったから、気ぃ~使わせちゃったかなぁ~、

でも、早いに越したことないから、じゃあ、そこんとこ停めちゃいますね」


そう云うと、運転席に座り直した渡辺が徐にハンドルを回しながら本堂へと続く階段近くに、ワゴン車を前向きで止めた。

車から降りてきた二人の格好は、薄緑色の作業服を着、上着の下はワイシャツにネクタイ姿だ。昨日スタンドで見た二人とはまるで別人の様に思えた。


(良かったぁ~、アルピナには気付かなかったようだ、隅っこに停めて正解だった。

しかし、参ったな、こいつ等、来ちまったよ、タイミングって、あるんだよなぁ~)


此の場を去りたい京助にとって、このタイミングは無いだろうと嘆く、と、同時に、もう後には戻れないと悟った此の男は、仕方なくお勤めを果たそうと諦めたのだった。


先に降りた近藤が、ワゴン車の後ろゲートを思い切り良く跳ね上げた。

開けられた荷台には見たこともないような器具が詰まっており、その幾つかはステンレス製だろうか、取っ手の付いた頑丈そうな箱に入れられていた。


「さて、では始めますかねぇ~、じゃあ、これ、持って上がって行きましょうか」


にっこりと笑いながら、近藤が京助に言った。


「えっ、これって・・・全部・・・?」


「はい、全部」


面食らった京助に、笑いながら答える近藤であった。


(おいおい、マジかよ・・・全部って、結構重そうじゃないか、それに、何処まで上がるんだ、まさか一番上までか?)


愕然とする京助が、やっと悟った、こうゆう事なんだ、だから人手が欲しいって・・・。


「よっしゃあ、三人居れば事は一回で済むね、二人だったらもう一往復しなくっちゃならなかったけど、勝山さんが来てくれて良かったぁ~」


手拭いを首に巻きながら渡辺が言っている、それを聞きながら京助はふと思った。


「なあ、此処の坊さん達、手伝ってはくれないのかい?」


「ええ、この前の打ち合わせの時、一応はお願いしてみたんですけど・・・朝のお勤めが在るらしくって、それに、やっぱりお客さんですからねぇ~、それ以上は頼めないっすよ」


そりゃそうだ、納得である。


「では、行きましょうか、勝山さんは、えぇーっと、これとぉ~、これと、これね、少し重いっすけど、頑張って。まあ、ゆっくりでいいんで、落としたりしたら大変だから」


(おいおい、俺より物の方が大事ってか・・・)


この後、必死な形相で本堂までの階段を上ってゆく京助がいた。

勿論、心の中でバイト代、バイト代と、叫んでいたのは言うまでもない。



        紗那オーフィス



耳障りな甲高い音が聞こえている、その中、白衣を着た二人の男が何やらもめている様だ。


「だから言ったんだ、色香にのぼせやがって・・・そうゆう処から綻ぶんだ、いつも!」


四十代位だろうか、目鼻立ちのはっきりしたやせ型の男が、黒縁の眼鏡をかけた三十代位の男に向かって怒鳴っている。二人とも白衣を着ている、医療関係者か、否、研究員の様だ。研究棟の中、制御室と書かれた分厚い扉が少しだけ空いている、その中からだろう

甲高い音が聞こえてくる。


「ま、待ってくれ・・・まさか・・・あの女が・・・信じられない」


怒鳴りつけられて焦っているのではない、只、信じられないと口走っている自分が居ると云う事実に翻弄されているようだった。


「まだそんな事言ってんのか!取り返しのつかない事しやがって!」


「まさか、こんな事になるなんて・・・それで・・・理事長の耳には・・・」


「ああ、勿論入っているさ、大騒ぎだぞ幹部連中!血眼になって探してる、もう直ぐお前の所にも来るだろうよ、終わったな・・・お前、残念だよ」


言い終えると、くるりと踵を返し、怒鳴りつけていた男が足早にその場を去った。

残された男は、分厚い扉の横壁に預けた背が、力なく滑り落ちる膝と共にがっくりと肩を落とし、俯いたまましゃがみ込んだ。


「やられた・・・終わりだ、俺は終わりだ・・・」


左右の壁に、幾つもの専門書らしき書物の群れが整然と並んでいる

大きな窓の手前に置かれたデスクの上のタブレットを見ながら、一人の女性が座っていた。そして、ゆっくりと立ち上がり、目の前の男に視線を移すと、それを確認した男が、再度姿勢を正し、その場から一歩下がった。


「何処まで、外に出ました?」


視線を合わせたまま、質問した女性が、再び元の椅子に座った。


「今、確認させておりますが、・・・」


男は口ごもった、それを聞き、今度は両手をデスクの上でクロスさせながら、その女性が言った。


「今、分かっていることを伝えて下さい、レベル幾つ迄・・・・か?」


「はい、ではお伝え致します、理事長・・・言いにくいのですが、3まで・・かと」


額の汗を拭いながら、言いにくそうに答えると、深々とその男は頭を下げた。


「田島、森田を直ぐに呼んでください」


「あ、は、はい・・・では、直ぐに」


「あ、それと、早めるように・・・そう、直ぐにでも始めるように、ラボに連絡を」


「わかりました・・・では」


そう云うと、田島と言われた男が急ぎ理事長室から出て行った。

数分後、この部屋のソファーに腰掛け、憂鬱な面持ちの男が足を組み腕時計を見ている。


「相変わらずの現れ方ね、森田・・・他ではしてないでしょうね」


呆れた様子で理事長と呼ばれた女性が、横柄な態度でソファーに座っている男に言った。


「俺は忙しいんですよ、こう見えてもね、さっさと要件を言ってくれませんかね」


上下の黒いスーツ、黒いワイシャツにグレーのネクタイを締め、ブルーのサングラスがやたらと目立つ男、森田と云う。


「あなたにお楽しみを作ってあげたわ、早急に処理して下さる?」


そう云うと、先程のタブレットを森田に手渡した。


「へぇ~、めずらしいですね、白蓮びゃくれん様、否、理事長・・・直々とは」


「事は一刻を争うんですよ、あなたのチームにお任せするわ、手段は選ばずにね」


手渡されたタブレットに目をやりながら徐に立ち上がると、背中越しに右手を上げ窓から入る光が届かない僅かな影の中に消えていった。

・・・ソファーに一つ、タブレットだけが残った。


海岸線を背に、周囲何キロあるのだろうか、白く長い壁が続いている。

道路沿いからかろうじて見えるその中の建物は、まるで要塞のような成りをしていた。

その壁の中ほどに位置するスライド式の門扉は、左右に警備室が設けられ、合わせて六人の警備員が常駐している。

そして、その堅牢な門扉の横には、この建物の名が記されていた。


{ 新エネルギー研究所 }


この建物は、千浜原発より西へ十キロほど行った、原発と同じ海岸線にあった。

千浜原発を所有する遠州電力と、白羽しろあ財団との共同事業として、十年程前に造られた研究施設だ。

そして、白羽財団を率いるトップが、此の研究所の理事、白羽 すみれと云った。



「ふうっ、やっと捕まえたぜ、静岡から此処迄さんざん逃げ回りやあがって、おっと、勘違いするなよ、おとなしく渡せば・・・なぁ~んて事は、無い!滅してからゆっくりと奪わせてもらうからな、ん!どうした、恐怖で声も出ないのか?ふふふふ・・・怖いか?そうだろうな、直ぐにお前の意識はこの世から消えてしまうのだから・・・黄泉送りには丁度いい夜だ・・・くくく」


漆黒の闇は周囲の暗がりとは遥かに違っていた、細く伸びた触手のような影が、震える女の細い首に絡みついていた。

パクパクと天を仰ぎ、僅かな力で、それでも酸素を吸引しようと藻掻いている。

どれ位の時が経ったのだろう、ぴくりとも動かなくなった女の前に闇から這い出た一人の男が立っていた。

その後、森田の携帯が鳴った。


「何だと、見つからない?どうゆう事だ!此の研究所を出てから、何処にも寄ってはいない筈だぞ!もう一度よく探せ、必ず持っている筈だ」


ぎしっ!森田の奥歯が音を立てた。


       クラブ 華里かさと


会話の邪魔にならないように、低いボリュウムでクラシックが流れている店内は、明るくもなく暗くもなく、塩梅の良い光の螺旋が各ボックスのテーブルを照らしていた。


「あれ、今日はどうしたの?見当たらないけど・・・ママ」


後ろへと流した白髪が、ダンディーな様相を増々際立たせている。


「もう、真鍋さんたら、いっつも、ママ、ママって・・・たまにはミーコはぁ~?とか言って呼んでくださいな」


「あぁ~、ごめんごめん、そんなにむくれるなって、美智子ちゃん」


「ほぉ~ら、またぁ~、ミーコって呼んでって」


「あはは、はい、わかりました、ミーコさん、ところで、ほんとママ、どうしたの?」


真鍋まなべ あきら国土交通省、事務次官、そう、雨宮京助の兄、雨宮恭二の親友であり、お幼馴染みである、後に、本牧の案件を京助に託した人物だ。


「珍しいでしょ、ママが休むなんてね、何か、御不幸があったとかで、二、三日は

お休みするみたい、でも大丈夫、このチーママのミーコちゃんがバッチリサービスさせて頂きますから、はっはっは」


「へぇ~、そうなんだ、じゃあ大変だねぇ~」


真鍋の視線が今一度、空っぽのカウンターに向いた後、注がれたグラスを一気に傾けた。


「あらぁ~、いらっしゃいませぇ~、随分ご無沙汰ですわねぇ」


入り口のドアが開き、恰幅の良い上品なスーツを着た二人連れが現れた。

すかさずフロアーボーイが駆け寄ると、席へと案内する、それと同時に美智子が近づき声を掛けたのである。


「おっ、美智子ちゃんがお出迎えとは、珍しい事もあるもんだねぇ、で、ママは、ママはどうしたの?」


「えー!仙田さんもですかぁ~・・・もう、みんなママ、ママって」


「あっはは、ほぉ~ら、いつもの美智子ちゃんに戻った・・・はっはは」


「知りません!」


クラブ華里・・・会員制の高級クラブだ。その会員には、政財界の大物も多数含まれる。

まるで秘密クラブ並みに厳しい入会ルールと、この店の中で行われる会話諸々は、口外しないと云う暗黙の了解があり、それは絶対的な約束事として、フロアボーイをはじめ、ここで働くホステス達にも行き届いている。故に、各テーブルでは、極秘裏な話が幾つもの秘め事として飛び交っているのである。


「ささ、刑事部長、御席に」


美智子に仙田と呼ばれた男が、もう一人の男に促され、通されたボックスの席に向かった。


時間が経つにつれて、空きのボックス席が埋まっていった。


とあるマンションの一室、クラブ華里を経営する襲の部屋・・・


「そうですか・・・では、直ぐに分析へ回して下さいな、分かり次第連絡を・・・

ええ、そうですね、それでは皆を集めて下さい、此方で結構よ、じゃあ、待っています」


受話器を置くと、椅子から立ち上がった男達に視線を向け、静かに言った。


「残念です、紗那しゃなが黄泉に帰しました」


目の前の男達が動揺を隠さずに、


「襲様、本当ですか、あの・・・紗那が・・・」


襲と呼ばれた女性が、目を伏せ、手を合わせる、それを見た此処に居る男達も手を合わせ、目を閉じるのだった。


半年ほど前、襲が経営者となっているクラブ華里のホステスとして在籍していた一人の女性が、AI技術コンサルタントとして、神奈川にある研究開発をする会社に入った。

目的は、此の会社に資金提供をしている個人及び法人等の詮索、そして情報の収集が目的だった。その会社とは、海外貿易を主とし、その中でも、海外における最新のコンピューター技術の分析研究を行う会社だ。しかし、それはあくまでも表向き、その実態は、

全く新しい演算システムの想像であったのだ。

未だ研究段階である、とてつもないシステム・・・そう、量子コンピューターの開発。

この情報の出何処は、勿論、クラブの中で行われている極秘のひそひそ話から始まったのだが・・・。


「本当なのか、その話・・・はっはっは、ウソップ物語だろ、理論上まだまだ絵にかいた餅だ、それに、現段階ではAIの方が先だから・・・な」


上司らしき人物が、呆れて話しを返してきた。その反応を面白くないとばかりに、若い研究者だろうか、火照らせた顔でつっかっかった。


「そんな呑気な事言ってるから、いつも先を越されちゃうんですよ民間レベルに、

AIだってそうでしょ、使い放題使えるってのに・・・お国の研究機関ときたら、体たらくもいい所ですよ、頭でっかちのエリートなんて、何も役に立たない!」


「おい、その辺にしとけ・・・飲み過ぎだぞ・・・すみません、所長、まだ、若いものですから・・・ものの道理が分からないようで」


若い研究者の先輩だろうか、その場を収めようと必死だった。


「先輩!先輩からも言って下さいよ・・・未だに相対性理論の信者がはびこってる現実を、

そんなだから、量子論を唱える者たちを迫害するんだ・・・勿論、アインシュタインの理論は間違いじゃあないけど、それとはまったくの別物何ですよ、それを、相反するものだとか・・・何にも分かっちゃあいない!」


「おいおい、迫害は・・・穏やかじゃあないな」


所長と呼ばれた男が、半笑いで言った。しかし・・・、

収まりが付かないのだろう、尚も若い研究員が続ける。


「所長、此れは確かな筋からの話として、私の友人から聞いたことなんですが・・・ある企業で、既に出来上がっているのでは・・と、最初は信じられなかった・・でも・・・

彼が言ったんです、膨大なエネルギー問題を解決できたから、光量子からなるシステムの完成も近いのではと・・・」


「ほぉ~、その、ある企業って?」


「ほら、神奈川の・・・」


「神奈川の?・・・まさか・・・」


「その・・・まさかですよ、やっぱり所長も分かってたんだ、白羽産業・・・」


「もうよせ・・・所長、この辺でお開きと云うことで・・・宜しいですか?私はこいつを送ってきますから、あ、ボーイさんタクシー呼んで下さい、二車お願いします」


この話を横のボックス席で聞いていた者が居た、此処のママ、襲だった。


「あ、真鍋さん、ちょっとごめんなさい、席外すけど勘弁ね、紗那ちゃん、こっちお願い出来るかしら?」


「はい、ママいいですよ」


お願いね・・・今度埋め合わせするから、勘弁ね真鍋さん」


「気にしなくていいよ、でも、ママらしくないねぇ~言ってくれないんだ、訳」


「ごめんなさい、じゃあ・・・ね」


そう云うと、急ぎその若者達の後を追った。


「所長さん、ちょっといいかしら?」


「どうしたの?ママ、お見送りしてくれるの、嬉しいねぇ~」


「はい、本日も御ひいき有難う御座いました。それで、ちょっとその方、お借りしても宜しいかしら?そうそう、その若い方」


「えー!ママ、って・・・好みなの?びっくり」


「あ、いやだわぁ~違うわよ、美智子ちゃんが少しお話したいんだって」


「あ、なぁ~んだ、そう云うことか、おい、武田、御指名だぞ、しっかりしろ」


先輩の肩を頼っていた武田と呼ばれた若い男が、逆指名と聞いて、背筋を伸ばした。


「えっ、え、ぼ、ぼくですか?美智子ちゃんが・・・光栄です・・・はい」


「ママ、置いてくから、煮るなり焼くなり、お好きにどうぞ」


この中で所長と呼ばれていた男が笑いながら手を振ると、もう一人の男を連れタクシーに乗った。

それを見送ると、武田と云う若い男を連れ、店の中に戻るのだった。


「えっ~、僕なんかでいいのかなぁ~・・・美智子ちゃん」


少しずつだが酔いの冷め始めた若い研究員の武田が、照れ臭そうに言った。そして、

振り向きながら、にっこりとほほ笑んだママに促されるように、一番奥の人目が付きにくいボックスへと、案内されたのだった。


「武田さん・・・・て、言いましたよね、美智子ちゃんからは良く聞いてますのよ、あなたのお名前、今夜は突然お時間頂いちゃって、ごめんなさいね。あ、楽にしていて下さいな、今、お飲み物ご用意しますね」


そう言うと、そのボックスから離れていった。

そのすぐ後、入れ替わるように美智子が、ウィスキーのボトルとグラスを持って現れた。


「武田さぁ~ん、お久しぶりですぅ~」


わざと口をすぼめながら挨拶をすると、武田の横にぴったりと寄り添うように座った。


「わぁ~、嬉しいなぁ~、美智子ちゃんが逆指名してくれるなんて、夢みたいだよ」


「ごめんなさいね、良かったのかしら、御迷惑じゃなかった?」


フロアボーイが運んでくれたアイスを、グラスに入れながら、美智子が言うと、


「とんでもない、迷惑だなんて、大歓迎ですよ・・・ほんと」


すっかり良いが冷めたのだろう、武田が少し上気しながら言った。

その間、少しずつ空いていくボックス席を片付け始めた他のホステス達も、一段落がつくと、武田と美智子がいるテーブルへとやって来た。


「武田さぁ~ん、美智子ばっかりじゃ、ずるぅ~い。美智子も独り占めは反則よ」


そう言いながら、何人かの女達も、ボックスへと座るのだった。


「わぁ~!、俺、もう死んじゃってもいい~!」


そして、此の奥にあるボックス席は、時間と共に盛り上がっていった。


「ねえ、さっきのお話って、ほんと?」


武田が上機嫌で再び酔い始めたころ、ぴったりと横に着いた美智子が尋ねた。


「え、何だっけ?」


「ほら、白羽産業がどうのこうのって、お話してたじゃない」


「あ、そうそう、白羽・・・ね、・・・あの会社、今に大きくなるよ・・・ほんと」


「そうなんだぁ~、でも、どうして?」


「あっれぇ~、美智子ちゃん、そこの会社に興味あるの?」


二度酔いの回った武田が、手に持ったグラスを置くと、不思議そうに美智子の顔を覗き込んだ。


「うん、興味ありってとこかな、実わぁ~、最近なんだけど、株やり始めたのね、勿論、お小遣いでやれる範囲だけど、それで、さっき話してた会社っていいのかなぁ~なんて」


「なぁ~んだ、そうゆうことかぁ~・・・」


「違う違うよ、もう、早合点するんだからぁ~武田さんたらぁ~」


武田の肩を小突きながら、美智子が宥めた。そして、


「ホントはね、この店に居る子がITコンサルタントの資格持ってて、それと、大学時代AIの技術開発も先駆けてたんだって、だから、特に技術系が得意って言ってた、それで、将来的にはその資格と経験生かして就職出来たらなぁ~って」


「そう云うことかぁ~、それで、さっきの会社はどうかと?」


「うん、何か、ほら、武田さんも言ったじゃない、大きくなるよって、その会社」


「ああ、きっとなるよ、何せ、とんでもない物、研究してるらしいからね、まあ、美智子ちゃん達に言ってもわかんないと思うけど・・・そう、とんでもない物さ」


「えぇ~!、聞きたいなぁ~、面白そう、でも、企業秘密ってやつでしょ」


こうなると、先程、最後まで所長に聞いてもらえなかったストレスと、完結出来なかった気持ちとが、武田の口を徐々に軽くしてゆくのだった


「あのさ、これは僕の作ったおとぎ話だと思って聞いてほしいんだけど・・・それはね、

とある、研究施設のお話なんだけど、その研究ってのが、電磁波の理論をもとに、反磁場発生装置の研究開発を手掛けてるんだ。そうそう、これは知ってるよね、リニアモーターカー、磁場を反発させプラスマイナスを切り替えながら前に進んでくってやつさ。まあ、一般的な理論だよね、ところが、この研究施設、実はこれ、表向きで、ホントの所は、

・・・やめとくね、分かんないでしょ」


我に返った武田が、慌てて、話をやめた。


「そうね、さっぱり分かんない」


両手で頬杖をついて聞いていた美智子が、武田を見ながらぼそっと言った。


「あっ、そうだ僕の友人が、さっき言った会社に、独自で開発製造した研究用機械とか材料とかを卸してる商社の人間だから伝手はある、そこの会社の人事共よく飲みに行ってるみたいだから、話だけでもしとくよ、それでいいかな?処で、その彼女、最終学歴って分かるかな」


「確か・・・マサチューセッツ工科大学・・・って、言ってた」


「・・・・・えっえっえ~!!!」


一発で酔いがさめた、武田であった。



その頃、此のクラブの事務所では、襲が二人の男と何やら難しい顔で話し込んでいた。


「白羽・・・ですか・・・」


一人の男が、ため息交じりで言った。


「確かに言っていたわ、今、美智子が聞き出している。何とか潜り込ませないとね」


困惑気味で立っている二人の男に向かって、襲が呟いた。


そして数週間後、クラブ華里から、一人の女性が神奈川の白羽産業へ中途採用され、入社したのだった。その女性の名は、紗那と云った。大きな瞳はインド系らしく、整った顔立ちと相まって、美人研究員と社内で評判となっていた。

その彼女が持ち前のスキルで見る間に実績を上げ、研究室の誰からも信頼を得る存在となるのに時間は掛からなかった。

三か月後、誰もが認める研究員となった彼女の姿が、静岡の研究施設、新エネルギー研究所に、あった。

その中でも、第一ラボ主任研究員の野島は、特に彼女をかっていた。


「いやぁ~、紗那さん、あなたの知識には脱帽ですよ」


社員食堂は四人掛けのテーブル席、向かい合って座った野島が、目の前で食後のコーヒーを飲みながら、週刊誌に目をやっている紗那に話しかけた。

彼女は徐に視線を上げ、向かい合った野島を見つめた。


「いいえ、わたしなんか、皆さんの足を引っ張らないようにと必死です」


「あっははは、御謙遜を、僕なんか此処まで来るのに一年掛かりましたよ、君はそれを僅か三か月でやってのけた、びっくりです」


「野島さん達が先行して研究され、実績を積み上げて来たからこそ、こんな私でも理解する事が出来たんです。皆さんの努力の賜物ですわ」


週刊誌をテーブルの隅に置くと、残りのコーヒーを飲み干し、にっこりと笑った。


「室長も感心してました、量子力学をこれ程理解してる人も珍しいとね」


「そんな、買い被りですわ、まだまだこの分野は、謎が多いですもの」


そう言った紗那の言葉に合わせるように、はにかみながら野島が言う。


「そうですよね、相対性理論とは全くの別物・・・アインシュタインもこの分野には否定的だったようですし」


すると、「私が寝ている間でも・・・月は出ているかい?って、ですか」


屈託のない笑顔で紗那が言うのだった。


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