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続・お祓い屋 京助 報復の城  作者: 浮子 京
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忌みな地

忌みな地


「ごめんね、暮葉・・・遅くなっちゃったけど、まだ平気?」


乾かした髪を後ろ手で纏めながら、風呂上がりの静香が食卓のテーブルで書き物をしている暮葉に言った。


「うん、平気平気・・・それより、ごめんなさいね、先生の事」


「あははは、大丈夫よ、気になんかしてないから、でも、大したことなくて良かったね、

もう寝たんでしょ先生」


「高いびきで寝てるわよ、もう、呆れちゃうよね」


そう言いながら、温め直したコーヒーをカップに注ぐと、正面に座った静香に渡した。


「あ、ありがと・・・ところで、いいの?書き物の途中でしょ」


コーヒーカップを受け取りながら、暮葉の様子を覗き込み言った。


「ああ、大したもんじゃあないから、・・・あ、そうそう、ちょっと聞いてもいい?」


神妙な顔つきで暮葉が、言った。


「え、何を?」


「うん、ちょっと気になってさ・・・ほら、今日の朝早く先生が尋ねた時、静が妙に真剣だったからさ、気になっちゃって・・・何か・・・あるの?裏手の庭に」


閉じたシステム手帳をテーブルの隅に置くと、暮葉が尋ねるのだった。

すると、その言葉を聞き、即座に反応した静香が、さっと暮葉に向き直り言った。


「そうなのよ、その事を言わなきゃと思ってた・・・」


いつもとは違う表情の静香を見て、ただ事ではないと想像した暮葉が、あらためて向き直った。


「やっぱり何かあるんだぁ~・・・いいよ無理して言わなくても・・・」

そう言うと、冷め始めたコーヒーを口にした。


「違うの、これには色々とあってね・・・でも、暮葉には聞いて欲しいし、知っててもらいたいから・・・話すね・・・」


暫しの沈黙の後、ゆっくりと話し始めるのだった。


「この寺ね、なんで此処に建立されたか・・・そこから話さなきゃならない・・・長くなるけど・・・」


ゆっくりと姿勢を正し、話始めた。


「代々、この寺は山脇と云う血族が一子相伝で住職を務めて来たのね、そして、私で

十三代・・・そう、十三代目にあたるの・・・今から四百年前に此の地に建てられたらしいんだけど、ちょっといい加減でごめんね、実は・・・この寺の始まりから書かれた書物のようなものは一切ないのよ、全てが先代からの口伝・・・そう、私も父親から口伝えで教えられてきた」


カップに注がれたコーヒーを一口すると、大きく深呼吸した静香が話を続けた。


「当時、そう、四百年程前、此処で大きな戦があった。ほら、学生の頃、暮葉とサークルの仲間が数人で遊びに来た事があったでしょ、確か・・・大学生活最後の夏休みだったよね、その時、早朝散歩で此処から少し東に歩いたお山に行ったじゃない・・・」


「そうそう、行った。みんな静の歩きに追い付けなくって、ヒーヒー言いながらついてったよね・・・なんて言ったっけ、そのお山・・・確か・・・お城の址って・・・言ってなかった?」


「そう、お城の址・・・高天神城って云う山城・・・その山城を巡って、大きな戦があった、その時の城主は武田方の岡部って云う武将だったそうなのね、此の事は歴史書にも載ってる話なんだけど・・・最終的には西から攻めあがった徳川方が此の城を落としたんだけど、当時、此の辺りは広い湿地帯だったらしく、所々に大小の池が在ったんだって、その一つが、此処の本堂裏にある、今は玉石が敷き詰められてる大きな枯れ山水のお庭なのよ・・・」


「えっ、え~、そうなんだぁ~・・・元々は池だったんだぁ~・・・でも、どうして今は

お庭になっちゃってるの?埋めちゃったってことだよね・・・それと、今朝、先生が入りたいって言った時、静が真剣な顔でダメ出しした事と、何んか・・・関係ありそうだね」


思わぬ話の流れに、身を乗り出す暮葉の両肩に正面からそっと手を乗せ、静が微笑みながら諭す様に言った。


「まあ、少し落ち着いてね・・・まだまだ先は長いから・・・何で今話すかって云うと、

ほら、明日よっちゃんとこの人達が地質調査に来るって言ったでしょ、その場所が・・・

今言った、本堂裏手の・・・お庭なのよ・・・」


「えっ、そうなんだ・・・でも、どうして?今は只のお庭でしょ」


「そう、今はね・・・でも・・・此処数十年前から、おかしな事が起こり始めたの、此の元池だったと云うお庭にね・・・それが、代々続く中で初めての現象と云うか、事象と云うか、だから、心配になってお願いしたのよ、よっちゃんとこの会社に・・・」


「そっかぁ~、よっちゃんとこ、地質調査の会社だもんね、で、何があったの?」


「そうね、明日になれば分かっちゃう事だから、・・・何か、暮葉達が来た事、偶然じゃ

無いような気がしたから・・・話そうと思ったのね。実は、・・・」


ゆっくりと、静かな口調で再び話し始める静香の、所々に見せる悲しげな表情に何かを感じ取った暮葉が、今までの崩した姿勢からシュッと背筋を伸ばしながら、グッと近づき耳を傾けた。

此れより少々遡る事、一九六十年代の頃、此の地に原子力発電所誘致の話が上がった。

時の地元県議会議員を筆頭に、町長は勿論、中小企業の有力者達を含む近辺の商店街、宿泊施設の経営者等、その巨大な利権に、露骨に群がった。

勿論、反対派の組織も結成されたのだが、極秘裏に進められていた案件は、時を待たず、反対派に襲い掛かる。

水面下で着実に現実路線を突っ走るエネルギーに太刀打ちできる筈もなく、あっと云う間、いとも簡単に崩壊したのだった。

その時、薙ぎの院では、反対派のリーダーを含む幹部達が、此の反対運動に賛同してくれるよう毎日のように尋ね来る姿があった。

しかし、此の時の住職、静香の父は中立の立場を取り、傍観を決めたのだった。

それは、先祖代々、事の良し悪しは関係なく、外界との関わりを持たず、との教えが硬く守らねばならぬ掟だったのである。

そして、全ての障害が取り除かれた原発は一九七一年、此の千浜町で着工となった。

数年の時が過ぎ一九七四年三月、遂に完成した原子力発電所の威力は凄まじく、当時の反対派勢力も、さすがに方向転換せざるを得ない状況となる。

それはそうだ、此の原発がもたらす膨大な恩恵は、何も無かった此の地に、最新の巨大な総合病院を筆頭に、工事業者の為の飲食店や宿泊施設、この町には不釣り合いな大きな図書館まで、ありとあらゆる物が、此の千浜原発により想造されたのだから。


その頃から、此の薙ぎの院の本堂裏手の庭に、突如として異変が起こり始めたのだった。

当時、玉石はまだ敷き詰められてはいない此の庭は、灰色の土で埋め尽くされており、何も無い砂場のような様相をしていた。

そして此処は不思議な事に、何百年も経つと云うのに、草木の一本も生えない不毛の地だったのである。


大量の屍を葬り、無縁と名乗る前の武田方侍大将、山脇大全の目の前で不条理に殺され

この池に投げ込まれた百姓夫婦、尚且つ大蛇となった僧侶が沈むこの池を埋め立て、障りとなり、祟りの地となった薙ぎの池跡を、初代住職となり無縁と名乗る事となった山脇大全が、東西南北の四隅に祠を立て、災いが起こらぬようにと、京から呼び寄せた陰陽師に封印させた薙ぎの池・・・。

そして、代々、一子相伝で受け継がれた供養は、今、静雀院、山脇静香へと引き継がれる。


ところが、四百年後の現代、原発の稼働と共に始まった異変は、赤黒い小さな染みの様な物を出し始め、此の庭に不釣り合いな紋様として映し出したのだった。

南に置かれた祠の前に浮かび上がった小さな染みは、年月と共に少しずつ広がりを見せ、

時を掛けず、ほゞ全域に達していた。

不気味に思った先代、静香の父、山脇省吾が北山の奥、当時二つ坂の長であった根岸重蔵に相談、重蔵はその事象を確認するや否や直ぐ様、栃木県那須に在る殺生岩より、礫岩を大量に取り寄せ、此の忌みな池の埋め立てられた地に、その染みを隠す様に敷き詰めたのであった。

その後、時間と共に浄化されたのか、敷き詰められた黒い礫岩は白く変色し、丸い玉石となり、美しい枯山水のような庭となったのだ・・・が・・・。

数年前、今度はその白い玉石が所々、黒く戻り始めたのだった。

その範囲が少しずつ広がりを見せ始めていく様に、重大な何かが起こっているのではないかと感じた静香が急ぎ、重蔵の跡を継ぎ二つ坂の長となった根岸与一に相談したのだった。


「え~、よっちゃんて、只の山岳部のOBじゃあなかったんだぁ~、びっくりだね」


驚いたように、真ん丸な目になった暮葉が叫ぶように言った。


「ごめんね暮葉、上手く伝えられなかったかな?・・・とても信じられないよね、こんな話」


「何言ってんのぉ~、信じるも何も、静が云うんだからホントでしょ・・・それに、何か、面白くなってきたんじゃない、こんな話聞いたらあの先生、舞い上がっちゃうよ」


「そうだね、でも、明日、何か分かればいいんだけど・・・調査待ちってとこだね」


話してしまったら、ほっとしたのだろうか、静香が柔らかく笑った。。

それに引き換え、とんでもなく面白い話として受け取った暮葉が、何やら企むのだった。



闇が戻る中、構えを解きながら、それでも緩めない気がこの空間を支配している。


「やみ・・・ざれ?何だそれ?それに、きょうま・・・って誰だよ?」


「くくく・・・知らんでよいわ・・・知れば、お前なんぞ木っ端となるでな」


痛めたのであろう右腕をくるくると回しながら、闇戯れと名乗った男が言った。


天空の三日月が薄い雲に隠れた・・・瞬間、深い闇が目の前の男を隠した。

見失った京助が悪態をつく・・・。


「ちっ!逃げたか・・・それにしても何だあいつは・・・間違いなくとんでもない力の持ち主ってか」


隠れた三日月が顔を出し、京助の姿を照らした。


その頃、間借りしている部屋の布団の中、寝つかれず、右へ左へと寝返りを打ちながら、

深く溜め息をつく一馬がいた。

何かの気配を感じ取ったのだろうか、パチクリパチクリと開けては閉じる目が、南向きの腰高窓に集中した。


「くっ、何だかんだと言いながら・・・来たではないか・・・なあ、響馬よ」


暗闇の中、一馬の寝ている部屋に、いとも簡単に入り込んだ影・・・。


「やっぱり現れたね・・・」


布団から起き上がった一馬が、闇に向かって言った、そして・・・。


「言っておくけど、あの人が言ったからじゃあないからね、今度の事は僕自身が決めたことだから・・・それに、面倒は・・・嫌だから・・・誰も邪魔しないでよね」


「そうかい、承知したよ・・・只・・・な、いくらお前が襲様の弟と云っても、あたしにゃあ、関係ないからな・・・やるときゃ、やらせてもらうぜぇ~・・・くくく」


闇の中、低い笑い声だけが聞こえる。


「おっと、そうだった・・・響馬よ、お前知っているのか・・・近くにとんでもない奴がいるぜ、危うくヤバい事になりそうだった・・・」


「もしかして、あの人と会ったんだね・・・どんな力の持ち主か分かったの?」


「否、ハッキリとは分らんが・・・とにかく、気を付けろ、あいつ、只者じゃあないぞ、

あの所作から察するに・・・言霊使いかもしれん・・・厄介だな・・・」


「なっ・・・、言霊使い?・・・そんな人間が今の時代に居るの?そんな馬鹿な事、

もう、随分前に滅び終わってる筈・・・」


「ああ・・・あいつらの仲間だったら、まずい奴だ」


「違うと思うよ・・・どうみても人だよ、フォス(日の民)だよ」


困惑する一馬の表情を見て、闇戯れと呼ばれた男がにたりと笑いながら暗闇の中へと

消えていった。


そして、時は三日月を西へと流し、東の空が赤く染まり始めていた。


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