表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
続・お祓い屋 京助 報復の城  作者: 浮子 京
16/17

忌みな夜

激熱の前兆

難を逃れた若い僧が、すかさずその場から一歩引いた。

天空の虫食い穴から、相も変わらず心細い星明りが、辛うじて此の場の闇を照らしている。


「何だぁ~、お前?・・・横槍入れやあがって、まあ、少しはやれそうな雰囲気ってかぁ」


影法師の一人が、目の先に立っている墨色の作務衣を纏った男に向かって言った。


「見た事も無い力の射出だな、何もんだ?お前ら」


青木の落ち着いた声が、暗がりの中に聞こえた。


上下黒のスーツ、中も黒のシャツを着ている二人の男達、そして暗がりの中、真黒なレンズのサングラスを掛け、異様な動きの中、その闇へと時折溶け入る姿が、薄暗いその場に見て取れた。

「けっ!これならどうだ!」


今一度、影法師、シャドーダイバーの一人から闇線が青木に向かって放たれた。

まるで、水平に走る漆黒の稲妻、チリチリと微かな音を立て周りの空気を凝縮させている。


「ふっふ、殺ったか」


放った男がほくそ笑んだ。と、その瞬間、我が目を疑うのだった。

その手から放たれた闇線は確実に目の先の男、青木に直撃した筈、しかし、その場に青木の姿はない。


「おいおい、何処狙ってんだ、俺が木偶の棒にでも見えたか?」


さらりと避けた青木が、冷ややかに言った。

そう、青木の真骨頂、ずば抜けた動体視力で難なく躱したのだった。


「お前、どけ!俺が殺る!」


的を外した男に向かって、後ろで見ていた男が言い放った。


「二つ坂のあにさん!両横から追い込み掛けましょうや!」


二人の若い僧が、青木の動きに反応した。


「否、いい、此奴等・・・人間じゃあ無い・・・離れてろ」


今にも間合いに入ろうとした僧達に、青木が言った。


「しかし・・・」


若い僧の一人が言いかけた時だった。


「ぐげぇ~!あああ・・・うっ」


先程仕掛けた影法師が、もんどり打って倒れ込んだ。


「青木さん!遅くなりました」


既に回り込んでいた物見衆、瀬田と横田が両横から放った気功砲二門、シャドーダイバーの一人に直撃!


倒れ込んだ影法師が、尚も深い闇へと隠れ消えていった。

その場に残された男一人・・・


「まさか、こんなフォスが・・・此の時代にも・・・いたのか・・・」


喪失した戦意は戻りそうにないと判断したのだろう、この男も、自らの闇へと、その姿を消していった。

時は今、うっすらと、東の空が白んで来るのだった。


       フラッシュバック


「な、何やってんですか!二人とも、直ぐに本堂へって言ったじゃないの!全く」


母屋のソファーでまったりとしている一馬と京助に、物凄いけんまくで暮葉が言い放った。


「えっ、でも・・・晩飯は・・・まだ・・・」


二人が本堂に現れていない事を心配し、母屋に戻った暮葉の気も考えず京助が言った。


「あのねぇ~、何処のどなたか存じませんが、行けと言ったら行きなさいよ!静香に迷惑掛けるんじゃないよ!」


ブチ切れた目の前の女に、おっかないと本気で思う京助と一馬だった。


(何か・・・誰かさんに・・・似てるなぁ~)京助の独り言だけが母屋に残った。


連れてこられた本堂の大広間、整然と並べられた夕餉の支度を見て、胃酸の充満した胃袋が歓喜の悲鳴を上げている。


(おお~、在るじゃないかぁ~、美味そうな飯がぁ~)やはりこの男、飯には卑しい。


勝山こと、雨宮京助・・・。

物欲しそうにあたりを眺めていた京助がぽつりと言った。             


「おい、作家先生、何か・・・おかしくないか?・・・誰もいないじゃないか、俺達だけのようだが」


いきなり振られた一馬が振り向くと、不思議そうに辺りを見回している京助が尚も、


「僧侶さん達皆さん何処行ったんだ? 俺たち二人と、それに・・・御姉さん方二人、これしかいないじゃないか」


すると、


「勝山さん、早く御飯・・・食べてしまった方がいいかもですよ」


近くのテーブルに腰を下ろしながら、一馬が神妙な顔で言った。


「何だよ、どう云う事なんだ? 雰囲気・・・悪いな・・・」


現実的な理解が出来ていない京助にとって、此の場の雰囲気は異様とも取れるのだった。

ともかく席に着くと、目の前の料理に箸を付けた。


静かな食事が進む中、少し離れたテーブル席に座る暮葉と静香、その静香がゆっくりと立ち上がり、京助達の居るテーブルへとやってきた。


「少し、お話し宜しいですか・・・やはり、聞いて頂いた方が良いようですから」


そう言うと、静香が二人の前に座った。


神妙な顔つきで構えている一馬に対して、相変わらずの惚けた顔で、目の前に座った静香の顔をまじまじと眺める京助だった。

そして・・・


「話って、あれですか・・・面倒くさい事だったら、勘弁してください」


箸を置いた京助が言った。


「確かに・・・面倒な話かもしれませんが、それ以上に今、此処で起ころうとしている事実を、先にお伝えしなければと・・・何も関係ないあなた方を・・・巻き込む事態になってしまったようなので・・・」


それを聞いていた暮葉が、離れた場所から声を掛けた。


「静香、心配しないで、何が起ころうと、あなたのせいじゃない」


すると、それを聞いた一馬が、


「大丈夫ですよ静香さん、この雰囲気を察するに、只事じゃあない事ぐらい分かります、はっきり話してもらった方が変えって落ち着きますから」


そう言った一馬の視線が、横で無頓着に茶をすすっている京助に向けられた。


「おいおい、俺に振るなよ、俺は何も聞きたくないし、何も知らない方がいい、明日になれば此処を出るつもりだからな」


「分かってますって、でも、話くらいは聞いても・・・」


一馬の懇願するような視線を浴びた京助が、仕方ないと云う表情で、両肩をひょっことあげた。


「では、話して下さい、今、此処で起ころうとしている真実を、静香さん」


一馬の言葉に深いため息を一つすると、襟を正した静香が話し始めた。


「先生と暮葉には此処へ入った時、薙ぎの院が建立された歴史を少しだけ話しましたよね」


一馬が頷くと、離れた暮葉も頷くのだった。


代々、口伝により語り継がれた薙ぎの院の歴史、表向きは理不尽に埋め立てられた忌みな池の供養としているが、実は、此処の土地には隠されたもう一つの真実が在った。

建立された四百年前から、幾度となく混乱と災いを繰り返している薙ぎの池跡、そして、今回も前回同様、本堂裏手に在る池跡は庭石の変色から始まり、やがては液状化した枯山水が戻り池となり、悪水を貯え始め、地中深くからの忌みな力の源が、今にも這いずり上がろうと、その水面に恐ろしい波紋を移すのだった。

のた打つ波紋は悪臭を放ち、周りの木々は勿論、近づく者達さえも死に至らしめる程。

その度に、栃木県は那須に在る殺生石の礫を運び、此の池跡に敷き詰めるのだ。

そして、毒によって汚染された池跡の周りを浄化する為に、中国は山深く、仙人が済むと云う清らかな沢に生える布袋竹を茂らせるのだった。


殺生石、その昔、隣国中国より渡来し、凄まじい妖力をもって此の国を手中に治めようとした一つの邪悪な物、しかし、その悪行実らず、討伐の頭領が放った弓矢によって其の場所に封印された九尾の狐、未だ毒を吐き続ける石の力、そう、毒には毒を以って・・・と、云う事は、破壊の限りを尽くした九尾の狐と同等、否、それ以上の妖力を持った何者か。


しかし、今回は少し違った、深部に発生した忌みな渦は、此の池跡に悪水を噴出させることもなく、只々上昇を続けている、不気味な程静かに・・・。

そして、新エネルギー研究所が企む危険な計画・・・。

今回、池跡に忌みな変化が現れ始めた頃から、幾度となく此の薙ぎの院を訪問する一人の女がいた。その女の名は、白羽菫しろあ すみれと云った。

そう、白羽財団理事、スキアの名は、白蓮・・・。


「此の地、あなた方の言い値で譲って頂きたい、勿論、代替え場所も此方で御用意させて頂くつもりですからご安心を」


勿論、答えはノーだ。代々受け継がれる訳在りの地、そんじょ其処らの寺院とは訳が違う。

何度断っても諦めない此の女に呆れていた静香達だったが、ある日、突然姿を見せなくなった。

その頃から、不審な影が此の薙ぎの院の周りに現れ始めたのだった。


口元に運んだ湯飲みを軽く傾けると、包み込んだ両の手と一緒に、正座している膝にゆっくりと置いた。そして、


「俄かには信じられないでしょうけど、それも直ぐに分かると思います、とにかく、此の池跡の深くから何かが出ようとしている、それを連中が欲しがっているようです、とても強い力を感じるんです」


まとった悲しみと、苦悩の日々、この現実が幻と願いながら過ごした時間、全てが今、此処に居る者たちの胸に去来する・・・確かな現実として。


「まさかな・・・九尾の狐まで出てくるとは・・・」


聞き終えた京助が思わず口走った。


「九尾・・・ですか・・・」


一馬が後に続いた。


(まさか、こんなところで・・・姫の話を聞くなんて・・・)


座り込んだ一馬が静かに目を閉じた。


「ほっほほほ、こっちじゃ、こっちじゃ、広常、そんな御腰では魅を打てはせぬぞえ~

、ほっほほほ」


「謀りおって!定めた矢の先、とくと見よ!お前の眉間、貫いてやるわ!」


ひらりひらりと舞い踊る妖艶な黒髪が、まるでもて遊ぶように、目の前で矢先を揺らしている若者を、からかっているかのようだった。

枯れた木立の中、二つの影がまるで戯れる蝶のように見え隠れしている。


「広常、広常、ほれ、こっちじゃ、魅は此処におるぞえ」


美しさの中の狂気を纏った深い闇、赤く縁どられ、其処儚さを見せる漆黒の瞳。

真っ赤な紅を引いた口元が嬉しそうに笑っている。


「もう良いとするかのう・・・広常、しかと、狙え・・・外す出ないぞ、」


引き絞り切った弦が、広常の耳元でギリギリと音をたて波打った。


「姫!いざ、射る!お覚悟!」


目の前が滲んでいた・・・噛み締めた唇から、鮮血が細く迸る・・・。


ギューン!甲高い音と共に放たれた矢が瞬時に胸を貫き、身を預けた岩に突き刺さった。


「・・・広常、愛おしい・・・愛おしい・・・方、魅は此処に眠るぞよ・・・広常、

呼べ、魅の名を呼べ・・・さすれば、時を超えてでも、参じようぞ、愛おしい方」


深い亀裂の中、静かに消えた。


上野介広常、時は平安時代末期、若くして帝の護衛頭となり、幾多の危機を防ぎ切り、帝からの信頼は東西唯一。ところが、ある時、中国より渡来した妖によって、都は壊滅状態となる。その妖は鳥羽上皇の姫君を乗っ取り、その妖艶さで時の帝を誑かした玉藻前姫。

その正体こそが九つの尾を持つ、白面金色九尾の狐。


鳥羽上皇お抱えの陰陽師、阿部泰成に正体を暴かれた九尾は、栃木県は那須に逃げ込んだ。

上皇より命を受けた上野介広常、三浦介義純率いる討伐軍八万の兵を以って九尾に立ち向かうも、九尾の力凄まじく、八万の兵でも敵う事ならず、戦は数か月にも及んだ。


「おい、どうした、呼んでいるだろ、寝てたのかぁ~、呑気な奴だ」


呆れ顔の京助に言われ、我に返った一馬の瞳から頬に伝う一滴、直ぐに拭った。


「と、言う事は、その訳の分らん連中が武力を以ってしてまでも、此処を奪いに来る理由とは、さっき話してくれた他には?・・で、静香さん、俺達はどうすればいい?」


京助の問いに、静香が答えた。


「はっきりとした理由と言うのは…でも此処、本堂は鉄壁な守りとなっております、滅多な事では破られはしません。ですから、絶対に此処を出ないで頂きたいのです」


言い終わらないうちに、今にも泣きそうな顔で暮葉が近づいて来た。


「静、あなたは大丈夫なの?」


「私は大丈夫、暮葉、有難う、そして、御免なさいね、巻き込んじゃって」


「何言ってんの、私達はいいのよ、でも、やっぱり何が何だか」


困惑している暮葉を抱きしめると、にっこり笑いながら、静香が言った。


「大丈夫、大丈夫だから、此処の僧侶は特別だから、それに、彰君もいるし、そう、よっちゃんの双子の弟だから、とっても強いんだよ」


「な!何だと!」


悲鳴に近い声で、京助が叫んだ。


「あ、いえ、此処の僧は特別な修行をしてきているので、常人を超えた力が」


言い終えて、しまったと云う顔をした静香だった、そう、普通では考えられない事だからだ。


「違う、そっちじゃなくって!あっ!」


「どうかしました?勝山さん」


「あ、いえいえ、何でも・・・ないです・・・」


(危なかった、もうちょっとで、言っちまうとこだった、しかし、どうりで似てるわけだ、

双子じゃあなぁ、そいつもやっぱり、与一と同じ力の持ち主ってか)


明け始めた空に太陽が昇るまで、さして時間はかからなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ