エバネセントの光
四百数十年の時を過ぎ、因果の渦に巻き込まれ翻弄されるとも知らず、此処に、集まりし者達の、生き残りを賭けた壮絶な戦いの幕が今、切って落とされようとしていた。
「さてと、後は専務に見てもらうとして、あ、そうそう、さっき西側の祠で気になる事があってさ」
神妙な顔つきとなった渡辺が、先程感じた違和感を口にした。
「何?気になる事って」
すかさず近藤が聞き直す。
「う~ん、気のせいかもしれないんだけど、何か、祠の位置が微妙にずれている様な気がしてな、多分気のせいだろうけど」
「否、お前が感じたんだ、それ、専務が来たら話した方がいいぞ」
「ああ、話してみる」
それを聞いていた京助が口を開いた。
「その専務って人は、どんな人なんだい?」
渡辺と近藤が顔を見合わせながら、困った表情に変わった。
「え~っと、何て言ったらいいか・・・うちの会社の社長の弟さんなんですよ、実家ってのが此の北側の山奥にある町で、何か、社長、ケガしたみたいで、それで弟の専務が見舞いがてら今度の案件の打ち合わせ兼ねて戻ったらしいんですが・・・あ、名前は彰さんて言います」
何とも歯切れの悪い話し方で説明してはくれたのだが・・・。
(な、何だって!与一の弟だって云うのか、って事は・・・そいつも)
「へ~、社長さんが怪我をねぇ~、どうしたんだろうね」
すっとぼけた京助の顔色が青ざめていった。
京助達が話し込んでいる頃、薙ぎの院では・・・。
「彰君、久しぶりね、元気だった」
屈託のない笑顔で出迎えた静香が、彰の正面でもう一度微笑んだ。
「静香、久しぶりだな、そっちこそ元気そうじゃないか。あ、そうそう、兄貴が此方に行けなくて済まないって言っていた」
「それで、よっちゃん、大丈夫なの?昨日聞いてびっくりしたわ、この件が済んだらお見舞い行こうと思っていたのよ」
「ああ、そうしてくれ、兄貴も静香の顔みりゃ、治りも早い、はっははは」
「何か、大丈夫そうね、流石、根岸与一ってね。あ、ごめんなさい、ささ、座ってよ、今何か飲み物用意するから、冷たいのがいいよね、まだまだ暑いから」
そう言うと、そそくさと静香が厨房の奥へと入って行った。
「三年ぶりか・・・あれから」
ぽつりと言った彰が、微笑んだ。
エバネセントの光
静岡新エネルギー研究所、第一実験棟前のワークオアシスに、森田と望月の姿があった。
「とんでもない事になったようだ、あいつら、只者じゃあなかった。隠してはいたが、常人の域を超えてやがった」
興奮しているのだろう、珍しく森田の声が上ずっている。
「どう云う事だ?そこの奴らの力って事か・・・しかし、フォスには、間違いないんだろ」
森田の姿に動揺を隠せない望月が言った。
「ああ、確かにな・・・だが・・・」
「だが、何だ?」
「近いんだよ・・・俺達スキアと・・・な」
「な、何を言っている・・・えっ!それって・・・まさか」
みるみる青ざめてゆく望月の表情から、嗚咽が聞こえた。
「信じたくはないが・・・間違いないだろう、あいつらの隠された力は・・・
エバネセント・・・だ」
「な、何てことだ!見えない光を・・・操る奴らか!過去に痛い目にあった連中の生き残りだと・・・」
古より続く月夜野は天ノ宮一族、事満神社を保護する神官の血筋。
二つ坂、根岸一族、月夜野、葛城一族、此のどちらにも属さず、単独で守護する者達。
その隠された力は、此処の者達にしかわからない、しかし、あまりにも危険な力の為、掟によって封印された。そう、その力を手にしようと、あの剛座も近づいたのだった。
「わ、分かった・・・直ぐに知らせる、白蓮様にな、それと、幹部連中を招集しないと」
明らかに焦っていた、何か言をうとした森田に背を向けると、一目散にその場を離れた。
「やれやれ、とんでもない事になったぜ、よりによってなあ・・・」
海岸線が見える窓際に立ち、ネクタイを緩めながら大きくため息をつく森田だった。