おまけ チェスの名手
ある休日。
私とリカルドは、結婚後の挨拶を兼ね、スチューデント家を訪れたのだが・・・どうやら来客中の様だ。
私たちが家に入ると、使用人達がバタバタしていた。
「誰かが来ているみたいね?」
「来る事は伝えた筈だが・・・急用でも出来たのかも知れないな。俺たちは、邪魔にならない様に、サロンにでも通して貰おうか。」
「うーん、あ、リチャード様んとこ、行かない?リチャード様にお客様が来てる訳じゃないだろうし。」
私がそう提案すると、リカルドは顔を顰めた。
そう、リチャード様は私の代わりにお父様の娘になった。
・・・突っ込み所しかないんだが、それがリチャード様だ。
今は、離れを改装して住んでいるはず。
リカルドが珍しく渋る。
「父上は、いいだろ。」
「え、時間あるんだし、ご挨拶しようよ。」
「いや、最初に会うと面倒くさいだろ?」
なんだ、リカルドにも面倒な事なんかあるのか?
私たちが、玄関ホールで押問答してると、応接室からお兄様が出てきた。
「エミリア、リカルド、よく来てくれた。・・・リカルドとは毎日会っているが・・・結婚おめでとう!」
「ありがとうございます、ユリウス様。」
「お兄様、お久しぶりです。」
「おかえり、エミリア。」
「お兄様・・・ただいま。」
私が挨拶すると、お兄様は私たちと、それぞれ抱擁を交わし、嬉しそうに笑う。
「やっぱり、セット商品はバラ売りできないな。」
満足気にお兄様は言ったが、意味が分からない。・・・まぁ、お兄様の話で意味が分かる事なんか、あんまりないけど。
「お兄様、誰か来てるの?」
私が尋ねると、
「実は突然、ロバート殿下が見えてね・・・どうせアメリア妃と喧嘩だろう。お忍びで見えてるんだ。」
そう言って苦笑した。
「わぁ、ロバート!せっかくだし、挨拶しよ!リカルド!」
「おい、エミリア、殿下だ。ロバート殿下!」
「リカルドは細かいなー。殿下が、プライベートならロバートで構わないよって言ったんだよ?」
「真に受けるなよ。」
リカルドは不快そうに顔を顰める。
お兄様は、クスクスと笑った。
◇◇◇
応接室に入ると、ロバートはソファーの中央にゆったり座り、お茶を飲んでいた。
「ロバート!お久しぶり!」
私が、入るなりロバートに駆け寄ると、ロバートは嬉しそうに笑った。
「エミリア、お久しぶり。結婚式、以来だね。」
私は嬉しくなって、ロバートの隣に座る。
「お式、忙しいのに来てくれてありがとう!すごく嬉しかったよ!」
「エミリアの結婚式だよ。僕が行かない訳ないだろ?」
私達はニコニコと笑い合った。
ゴホンッ
咳払いが聞こえて、ドアの方を見ると、お兄様がなんだか面白くて堪らなそうな微笑で入ってきた。
リカルドは遠慮してるのか、入口からこちらをジットリと見つめている。・・・なんだよ、来ればいいのに!
「エミリアと殿下は仲がおよろしい。」
「お兄様?何、その含みがある言い方?・・・お兄様と殿下だって仲がおよろしいのでは?チェス友なんでしょ?」
お兄様は相変わらず、微笑を浮かべている。
「そうだよ。エミリア。僕は寮でユリウスに随分と相手をしてもらったよ。」
「そうなんだ!・・・あれ?そしたらさ、ロバートとお兄様ではどちらが強いの?」
ロバートはニコニコして答える。
「もちろん、ユリウスだよ。」
「お兄様、強いのね・・・。ねぇ、リカルド!リカルドってば、そんな所にいないで、こっちに来なよ!むしろロバートに失礼だよ!」
私はいい加減、会話に加わりもせず、ドアの所で立ち尽くすリカルドを手招きした。
お兄様はやっぱり気味の悪い微笑を浮かべている。
「ロバート殿下、お久しぶりです。」
「え?リカルド?城内で、毎日の様に、君を見かけるが・・・?こ、こんにちは?」
リカルドの挨拶にロバートが戸惑っている。
・・・昔から、なぜかこの二人は、しっくり来ない。険悪ではないのだか、距離?違和感がある。
ロバートによると、リカルドが避けている???らしいのだ・・・もしかすると、リカルドはまだ陰謀論に囚われているのかも、知れない。
「あ、そうだ。リカルドとお兄様もチェスするよね?どっちが強いの?」
私はふと思った事を聞いた。
「もちろん、ユリウス様だ。」
そう言うと、リカルドは私の手を掴み、無理矢理立たせて、自分の方へ引き寄せた。
「じゃあさ、リカルドとロバートはどっちが強いの?」
私がそう言うと、リカルドとロバートは顔を見合わせた。・・・意外な事に、二人は対局した事が無かったのだ。
「エミリア、それは面白いね。せっかくだし、二人に対局して貰おう!よし、サロンにチェス盤を用意させよう!」お兄様は楽しそうにそう言うと、手配しに向かった。
◇◇◇
リカルドと、ロバートの対局は、白熱している。
実力が拮抗しているのか、一手一手に時間がかかる。
「お兄様、どちらが勝つと思います?」
「エミリア、それが私にも分からないから、面白くて堪らないんだよ。ほら、殿下は捻くれた手が多いだろ?だからリカルドは長考して唸ってるし、殿下はリカルドみたいな正攻法には裏を感じて読み違え、ペースが乱れてきてる。・・・ものすごく、面白い戦いだよ、これは。」
珍しく、お兄様が興奮気味だ。
「お兄様は、チェス強いんでしょ?」
「そうだな。まず、負けない。」
「お兄様より強い人っている?」
「父上は、強いな・・・滅多に勝てない。」
「え、お父様って、そんなに強いの?・・・あれ、そう言えばお父様は?」
そういえば、お父様はいなかった。お母さまは観劇に行くから夜まで居ないと聞いていたが。
「ああ、リチャード様と遠乗りに行った。そろそろ戻ってくるんじゃないか?」
お兄様がそう言うと、お父様とリチャード様が、楽しそうに話しながらサロンに入って来た。
「エミリアちゃーん。お久しぶり!僕の娘になってくれてありがとー!」リチャード様は、部屋に入ってくるなり、私に抱きついてきた。相変わらず軽い・・・!
「リチャード様。お、お久しぶりです。」
お父様は、背後でニコニコしている。
「エミリア、おかえり。」
「お父様、ただいま。」
「うわ、面白そうな試合してるね!」
リチャード様が、リカルドとロバートの様子に気づく。
「ほう、なかなか・・・。」
お父様も、興味深そうに覗き込む。
お兄様は、二人に今までの試合の経過を解説した。
私はふと、お父様を見る。
お父様は、目敏い。すぐに気付いてくれる。
「なんだい?エミリア。」
「あのね、お兄様から聞いたのだけど、お父様ってチェス、お強いんでしょ?」
「ははは。まぁな。王都の大会で優勝した事もあるんだぞ!」
「そうなの?!すごい!!!じゃあ、お父様がチェスは一番お強いのね?!」
私が興奮気味でそう言うと、お父様はちょっと困った顔になった。
「いや、リチャードに勝てる事は、滅多に無いんだ。」
え???
◇◇◇
対局の観戦に夢中になるお父様とお兄様をよそに、飽きてしまったのか、リチャード様はソファーに移動し、お茶を飲み始めた。私もリチャード様の側に寄った。
「リチャード様、もう見ないの?」
私がそう言うと、リチャード様は笑って言った。
「あと、12手でリカルドがチェックメイトだよ。」
「えっ?そうなの?」
「ま、リカルドが間違えなければね?」
「リチャード様は、チェスがお強いの?」
私がそう言うと、リチャード様は私をじっと見つめた。
「んー。エリオスの娘のエミリアちゃんには、トクベツに僕の秘密を話しちゃおっかなー?僕の娘にもなってくれたしねー。」
リチャード様の秘密・・・聞いて大丈夫だろうか?
爆弾発言な予感しかない。
「私が聞いて・・・大丈夫なんですか?」
「多分?あー、エリオスは知ってるよ。」
リチャード様の飼い主のお父様が知ってるなら、大丈夫か?
ヤバい事なら対処済だろうけど・・・うーん。
私が困った顔をしていると、リチャード様は軽くウインクして言った。
「そんなヤバい秘密じゃないよー。」
「あ、じゃあ聞きたいです。リチャード様の秘密!」
私がそう言うと、リチャード様はちょっとだけ真剣な顔になって話を始めた。
「・・僕ね、チェスの世界大会の覇者なんだよね。だから、そうそう僕に勝てる人はいないんだ。それが、この世界ではとっても残念でね。・・・エリオスくらいかな、打って楽しいのは。だから、チェスは・・・エリオスとしか打たないんだ。・・・悲しくなるからね。」
ん?
???
チェスの、王都大会はある。
お父様も優勝したって言ってた。
でも、世界大会なんて・・・あった?
近隣の国とは国交はあるけど・・・世界的なイベントなんか・・・あったっけ???
それに・・・『この世界では』???
どういう・・・意味?
私が、キョトンとしてると、リチャード様は笑って言った。
「僕ね、実はさ、人生2回目なんだよね。信じられないかも知れないケド、前世はさー、別の世界でチェスのチャンピオンやってたんだよ!・・・でもね、これ・・・秘密だよ。」
お読みいただき、ありがとうございました。
これにて「完結済」とさせていただきます。
リチャードがヤル気ないのも、なんかユルイのもエミリアと同じ転生者だったからなんですけど、その設定が使えないまま終わってしまったので、おまけとして投下しました。
この先は特に無いです。エミリアがえー!マジか・・・!と思っただけで終わりです。
ちなみに、エミリアはリチャードに転生を明かしたりはしないと思います。二人は性格が似すぎているので、なんだか居心地悪く、歳も違いすぎるので、多分このままです。
「おまけ」は気が向けば追加するかも???です。
設定だけ作って使わずに残ってしまった、リチャードとエリオスの話とか、ロバートとアメリアの出会いとか、その後のエミリアとリカルドの話とか、ユリウスの話なんかを書く・・・かも。
何はともあれ、お付き合い頂き、ありがとうございました。
はじめて書いたお話にもかかわらず、たくさんの方に読んでいただいて、嬉しかったです!
ブックマーク、誤字訂正、感想など、このお話を応援、お助けしてくれた方々・・・本当に、ありがとうございました!