ああ、面倒くさい!事件が起きるなんて!
雰囲気の違う、シリアス回です。残酷さはありませんが、流血や事故の表現があります。ご留意下さい。
私とリカルドが、慌てて礼拝堂に駆けつけると、そこには、ぐったりとして血を流すアメリアと、それを抱きしめて真っ青になっている、ロバートがいた。
何?一体何が起きたの?何故、こんな事に???
・・・しかし、そんな疑問よりも、私の頭の中が急速に冷えていくのを感じた。そして、アメリアの血を見た私の心は凍っていった。
『どうして、こんな辛い目に・・・。
今度は、動ける私がなんとかしなくちゃ・・・。』
・・・頭の中で、いつもの私とは違う私が、私を動かすのを感じた。
私たちの直ぐ後からも、悲鳴を聞いた生徒会の役員の方々が慌てて駆けつけてきた。
リカルドは役員の方達に指示し、お兄様を呼びに行かせたり、ここを封鎖させたり、医務室にアメリアを運ぶ担架を用意させたりと、取り仕切りはじめる。
私は、急いでアメリアとロバートに駆け寄る。
ロバートは、アメリアを強く強く抱きしめている。
もはや、目に光がなく、焦点が合ってない。
だめ、絶望はいけない!
「ロバート!そんなに強く抱いてはダメ。アメリアが痛いわ。早くお医者様にお見せしなくては!」
私が優しく声をかけると、ロバートは呻き、アメリアを床にそっと下ろした。
アメリアは背中を何かで斬られた様に見えた。
そっと手を握る。アメリアの体温を感じる。
「頑張ろ、アメリア。すぐお医者様が助けて下さるわ。」
私は、そう声をかけた。
担架を持って来てくれた役員の方によって、アメリアは医務室へ運ばれた。
アメリアは意識はないが、かすかに目蓋が動いている。
助かる、生きているんだ。
・・・絶望はいけない。
ロバートは、床に崩れ落ちた。
「アメリア・・・アメリアは死ぬ。また僕のせいだ・・・!やっとアメリアに会えたのに・・・!」
ロバートは、そう言うと嗚咽を漏らした。
私は、ロバートが言う事の意味など訳が分からなかったが、辛そうなロバートの背中を撫でた。
「アメリアは死んでいなかったわ。」
ロバートは、顔を上げる。
「さっき、ちょっとだけ動いていたもの。だから、死ぬとか、不吉な事を言わないで。ね、ロバート?」
ロバートはヨロヨロと立ち上がろうとした。
私が手をかすと、ロバートは戸惑いながらも私の手を取った。ロバートの腕にも斬られた様な傷がある。
「ね、ロバート、医務室行かない?ロバートも怪我してるし、アメリアの事も聞けるわ?」
私がそう言うと、ロバートはコクリと頷いた。
私がロバートを連れて、礼拝堂の入口の方へ向かうと、お兄様が慌てた様子でやってきた。リカルドもお兄様が来たことに気付き、駆け寄ってきた。
お兄様は、周りを確認し、小さな声で、
「よかった・・・ロバート殿下、ご無事でしたか?」
そう言った。
リカルドと私は、顔を見合わせた。
◇◇◇
私たちは、医務室に向かうと、アメリアの無事を確認した。
怪我は小さくは無かったが、命に別状はなく、処置も終わって、今は鎮静剤で眠っているとの事だった。
病室に入ると、アメリアはぐっすりと眠っていて、それが思った以上に安らかな顔で、私はホッとした。それを見たロバートも、安堵感からか、その場で座り込み、ひたすら黙って涙を流した。
私は、ロバートの隣で屈んで、やっぱり背中を撫でてあげた。
お兄様とリカルドはそれを黙って見つめていた。
ひとしきり涙を流したロバートは、私に「ありがとう。」と言うと、立ち上がった。
その目にはもう、光が戻っていた。
「ユリウス、話をしましょう。場所を用意して下さい。」
ロバートがそう言うと、お兄様は頷いた。
アメリアの病室は、厳重に警備される事になっていた。
いつの間にか、お兄様が手配したらしかった。
リカルドは、警備だけでは不安だろうから、自分もアメリアに付いていると、名乗りを上げてくれたが、私は、どうせお兄様やロバートの話を聞いても何も分からないから、私がアメリアの側にいたいと言った。
その代わり、リカルドに話を聞いて来て欲しいと言うと、お兄様は私の頭を撫でてくれた。
その日、アメリアは目を醒さなかった。
だけど、私はアメリアの手をずっと握っていた。
手を離して、アメリアが遠くに行かない様に、私が握っていなきゃと、ボンヤリと思っていた。
◇◇◇
「エミリア、エミリア、起きて・・・。」
リカルドの声で目を醒ます。
「私・・・眠ってしまってたのね。」
私は、ハッとして手を握ったままの、アメリアの様子を確認する。
アメリアは、安らかに寝息を立ていた。
「アメリア・・・良かった・・・。あ、リカルド、お話は終わったの?」
「ああ。」
カーテンの外は、もう明るくなってきている。
「もう朝、だね。」
「ああ、少ししたら、ユリウス様とロバート殿下が来る。そうしたら、俺たちは寮に戻ろう。」
「・・・うん。」
◇◇◇
寮に戻ると、昨日の事件の事で、寮生たちが大騒ぎになっていた。ただ、誰かが怪我をしたらしい、とか野犬に襲われたらしいとか、詳しい内容をみんなは知らない様だった。
お兄様が手を回していたのか、私とリカルドは、寮にある貴賓室に案内された。他国からの高貴な短期留学生や、講演に来た名高い先生などが利用する部屋だ。セキュリティも良いらしい。
部屋に入ると、リカルドはすぐに鍵をかけた。
部屋にはリビングの他にベッドルームが別にある、豪華な作りの部屋だ。ソファーセットや家具も贅沢な物が置かれている。
「エミリア、話す?それとも、休む?」
「少し、休みたい。」
私がそう言うと、リカルドは私をベッドルームまで連れ行ってくれ、私をベッドに横たわらせた。
「エミリア、ゆっくり休んで、俺はリビングにいるから。」
そう言って、私をポンポンとすると、部屋を後にした。
リカルドがドアを閉める寸前の所で、私の心は・・・とうとう爆発してしまった。
突然、声を上げて泣き出した私を、リカルドは戻ってきて、慌てて抱きしめ、私がよくするみたいに、背中を撫でてくれた。
リカルドの手の暖かさが気持ちいい。
リカルドの体温が安心させてくれる。
事故で死んだ記憶がある、私には、今日の事は負担が大きかった。
多分、私は死んだとき・・・即死じゃなかった。大きな事故、だった・・・。絶望感に包まれ、周りには血を流し苦しむ人が沢山いた。その中で、死にゆく私の背中を撫でてくれた人がいて、声をかけ続けてくれた人がいた・・・それだけが、救いだった・・・そんな気がした。
アメリアの血を見て、彼女が死ぬかも知れないと思った時に、私の心は凍ってしまった。
頭の芯が冷えて、すごく怖いのに、とても冷静で、そんな冷静な自分も、自分じゃないみたいで、すごく怖かった。もしかすると、エミリアではなく、前世の人格が前に出てきていたのかも知れない。
だけど、リカルドと、こうしているだけで、心が溶けてく。
そう、私はエミリアとして生きてる。
私はエミリアだ・・・。
そう思うと、安堵感で力が抜けていった。
「リカルド。」
私が呟くと、リカルドは私を撫でたまま、
「エミリア、大丈夫だ。」
そう言ってくれた。
私は、それだけで、もう、良かった。
私は、そっとリカルドの顔を見上げた。
私を安心させるかの様に、穏やかな笑顔を向けている。
・・・リカルドが私を見つめ、ゆっくりと顔を近づけてくる。
リカルドの青い目は綺麗だな・・・。
私はボンヤリとそれを見つめて、そっと目を閉じ、そして・・・そのまま、静かに眠った。
「え?エミリア?寝た?の?」
薄れてく意識にリカルドの焦る声が聞こえたけど、それすら私には安心感を与えてくれた・・・。




