俺の義兄は微妙に宰相だ リカルドside
俺の婚約者の兄、ユリウス・スチューデント様は、生徒会長をされている。
この学園で生徒会長に就けるのは、最高学年の首席の生徒だけだ。
しかし、ユリウス様はそういったレベルではない。
ユリウス様は、『稀代の天才』なのだ。
ユリア様似の優し気な面立で、常に崩さないアルカイックスマイルを保っているユリウス様だが、その表情は計算によるものだ。
俺は、子供の頃より、ユリウス様と共に学ばせてもらってきた。
そして、その凄さも実感してきた。
常に、ユリウス様を称賛する声は多かったし、彼の将来に期待をかける者も多かった。
ユリウス様は、常にそれらに答え続けていた。
俺は、そんなユリウス様と共にあれる事が誇らしかったし、右腕と言われた時は、今までの努力が報われたのだと感激した。エミリアの婚約者というだけでなく、正式に「俺」が認められたのだと・・・。
そして、それはエミリアがいてくれたからこそ、だ。
・・・しかし、それにしても、想定外だった。
まさか妹であるエミリアが、ユリウス様のそれに気が付いてなかったとは!
・・・驚きしかない。
あの天才が普通の兄にしか見えないとは、どういう感覚なんだ???生まれた時からだから、分からない?・・・そんな訳あるか!!!分かる・・・だろ?あれだけの天才だ。少し話すだけで、凄さが実感出来るんだぞ?まして、エミリアとユリウス様は仲の良い兄妹だ。エミリアは否定するが、ユリウス様があんなにかまうのは、エミリアと俺だけだ。交流が少ないから分からないなんて事は、ないだろう?!
・・・スチューデント家が、エミリアを甘やかしたからなのか???・・・まあ、ありそうな話ではあるが・・・。
それは、さておきだ。
俺は確信した。・・・エミリアは鈍い。それも、ものすごく、だ。
たぶん、エミリアは俺の気持ちなど、ちゃんと言葉にしないと分からない。
・・・いや、それですら、あやしいものだが・・・。
あいつの妄想はぶっ飛んでる。
誤解を与えない「分かりやすい」言葉で伝えなくては、理解されない。
それは、分かった。
しかし、実行するのは、俺だ。
・・・もうすぐ、度胸試しがスタートする。頑張れ、俺。
◇◇◇
ひょんな事から話してしまった、エミリアが発案した度胸試しと、その根拠である『吊り橋効果』はユリウス様にウケ、生徒会主催のイベントに昇格してしまった。
イベントの前日、ユリウス様は、エミリアにきちんと告白しろと示唆してきた。
わざとらしく、「愛しいエミリア、私の側にいて」などと言ったのも、エミリアの旋毛にキスしたのも、全部、俺を煽ってるし、俺の蟹デートでの不甲斐なさを弄ってる!!!
ユリウス様は時々、俺を揶揄う。それも、すごく楽しそうに。
こういう時のユリウス様の笑みは、まさに魔王の笑みにしか見えない。
でも、これを見抜けるのは、俺とエミリアだけだ。
他の人には、いつものアルカイックスマイルに見えるらしい。・・・つまり、俺たちは散々ユリウス様に遊ばれてきたという訳だ。
「本懐を遂げろ」なんて言われなくとも、俺は分かっている。いや、俺の方が分かってる!
しかし・・・だ。
俺は今まで、「努力すれば、大抵の事は出来る」を信念としてやってきた。ユリウス様と違い、俺は天才ではない。だから、それを努力で補ってきた。人より努力し、人より上にいく・・・ただ、それだけだ。
だが、認めよう。
努力では出来ない事もある。
特に、エミリアに関する事は、そんなものばかりだ!!!
さっき、アーノルド殿下がエミリアの髪にキスした。本当に、流れる様に、だ。
俺は、怒りより先に、驚いてしまった。・・・俺は、エミリアにそんな事・・・とても・・・出来ない!
もちろん、エミリアに『天使』だの、『美しい』など、思っていたって、絶対に・・・言えない!
そして、愕然となる。
こうやって俺がグズグズしている間に、殿下の様にサッと行動する奴が現れて、エミリアを奪って行かないなんて保証は、どこにある???
エミリアは、いつだって隙だらけだし、確実にちょろい。簡単に誑かされる!!!
あの、甘い言葉や髪へのキスだって、エミリアには効いているのかも知れない・・・!
・・・天真爛漫なエミリアは、好きな奴なんかが出来たら、きっと行ってしまう。
俺を振り返りもせずに・・・。
だから俺は・・・ちゃんと伝えねば。
俺が、ずっと大切に思っている事を・・・。
俺を嫌いでもいい。好きな奴が出来ても仕方ない。
でも・・・せめて、振り返って惜しむくらいは、して欲しい。
◇◇◇
「リカルド、・・・暗いね。ランタンあっても、こんなに暗いって・・・怖いよね。」
エミリアが不安そうに俺の腕にすり寄ってくる。・・・可愛い・・・けど、そんな事は、やはり言えない。
「エミリア、足元に気をつけて。」
「うん・・・。」
「・・・。」
「・・・。」
エミリアの口数が少ない。これは、本気で怖がっている。
少し、リラックスさせようかと思い、口を開く。
「・・・エミリア、大丈夫?」
「ダメ・・・。無理・・・!リカルド、ほんとに怖い・・・!」
更に俺の腕にギュっと捕まったエミリアが上目遣いで見つめてくる。
涙目だし、さっきからガタガタ震えてる。
あ・・・やばい、これは、本当に可愛い。・・・どうしよう、本気で可愛い。
頭の中で、「エミリア可愛い」が溢れ出して止まらない。
『庇護欲が搔き立てられる』とか、今までよく分からなかったが、もう分かった。庇護したい。
「エ、エミリア・・・なんか別の話でもしてさ、き、気分を紛らわそう?な?」
「リカルドも、怖い?」
「いや・・・俺は大丈夫。」
エミリアは気遣ってか、力なく笑いかけてくる。・・・はぁ、可愛い。しかし、やっぱり口には出せない。
「あ、そうだ、リカルド、ハサミ持ってる?」
は?
エミリアはいつも突拍子がない。
「え、何?武器にでもするの?ダメだよ、お化け役の人は、生徒会の役員さんなんだから。」
そう言いながらも、俺はゴソゴソとバッグを漁る。
スタート地点で支給された、小さなバッグには、ランタン用の替えの蝋燭とマッチ、ちょっとした救急用品なんかが入っていた。
「えっ?そんな事しないって!・・・ね、ある?」
バッグの中には、小さい糸切バサミが入っていた。
「こんなのなら、あるけど?・・・護身用には、ならないんじゃない?」
エミリアにハサミを渡してやると、嬉しそうに笑う。・・・うん、可愛い。
「えーと・・・確か・・・。うん、この辺!」
エミリアは、おもむろに自分の髪にハサミを入れた。
「え、えええーーー!!!ちょっと、エミリア!!!何やってんの???」
「え?髪、切ってるよ???それ以外にどう見えるの???」
エミリアの柔らかそうな髪がひと房、はらりと下に落ちる。
俺は、あわててそれを拾ったが・・・もう、くっつく物でもないだろう。
その髪を握りしめ、呆然と立ち尽くす。
「リカルド、触っちゃダメだよ!それ、汚いから!」
「へ?」
「殿下が、口つけたんだよ。バッチイから、ポイして、ポイ。」
「は?」
「気持ち悪いじゃん???」
エミリアは、俺の手から強引に髪を奪うと、繁みの方へポイッと投げ捨てた。
「リカルド、あのね・・・。」
エミリアが思い詰めた顔で話し始める。
「ん?」
「殿下、気持ち悪かった。」
「え?あ、そっか・・・。」
「リカルドは、ああいうのを、甘い言葉だって言うのかも知れないけど、うっとりしなかったよ。気持ち悪かった。」
「うん・・・。」
「髪にキスされたのも、ぞーってした。」
エミリアは泣きそうな顔で言う。・・・辛い思いをさせてしまった。
隣に居たのに、守ってやれなかった自分が不甲斐なかったし、一瞬でもエミリアが殿下にときめいたかも知れないなんて思ってしまった事に、俺は顔を顰めた。
「私ね、リカルドがいい。」
は?
エミリア、今何を言った。
俺は、驚いた顔のまま、エミリアから目を逸らせない。
エミリアは眉を下げた、少し悲しそうに見える顔をのまま、俺に言った。
「私ね、実家の後ろ盾狙いで、愛がなくても、リカルドがいい。」
エミリアが儚く笑った。
・・・いや、ある、愛は、あるんだ、愛しかないんだ、エミリア。
俺はそう言いたかったが、口をパクパクさせただけで、音にならなかった。
・・・これは・・・今だ、今しかない、言おう。
頑張れ、俺・・・!
俺が心を決め、言葉を口に仕掛けた、その時。
俺たちの前の方・・・礼拝堂の中から、悲痛な叫び声が聞こえてきた。
「今の、何?・・・変だよね?行こう、リカルド。」
エミリアは、俺の腕を掴むと、俺の返事などお構いなしに礼拝堂へ走り始めた。
・・・俺は言葉を飲み込んだ。