あれ?吊り橋効果は面倒くさくない?
「リカルド、『吊り橋効果』って知ってる?」
昼休み、人の少ないカフェテリアの席で、向かい合って座るリカルドに、私は聞いた。
「???なんだそれ?聞いたことがないな。」
リカルドは、ランチのハンバークを優雅に食べながら答える。
先日の、蟹デート以来、私たちは一緒にお昼を食べる事になった。
・・・リカルドが陰謀論に侵されているからだ・・・!
ちなみに、「今日から、婚約者とお昼を食べる事になったの。」と言った時の、アメリアの生暖かい半笑いと、ロバートのかみ殺した様な苦笑は、微妙に・・・キタ。
マジで・・・穴があったら入る・・・どこじゃなく!埋まりたかった!!!
そしてだ!
満を持して、私はあの晩から考えてきた、『エミリア・プロデュース!ロバート&アメリア・ラブラブ大作戦』をリカルドに発表する事にした。
『吊り橋効果』を知らないとは、リカルドは優秀とは言え、まだまだ子供・・・!
いや、正確には『吊り橋効果』は前世の記憶だから、所詮、人生一ターン目の三下・・・。
そう、私は違うのだよ、なんてったって人生2回目ですからねぇ・・・これが経験値の差!!!思い知るがいい!!!
私はドヤ顔でリカルドを覗き込む。
「なんか、ムカつく顔なんだけど。なんだよ、吊り橋って。」
リカルドは、食事を終えると、ナプキンで口元を軽く拭きながら、片眉を上げてこちらを見る。
さすがリカルド、お上品だ。
「仕方ないわねー。知らないなら教えて上げるわ!『吊り橋効果』よ。えっと・・・なんていうのかな、吊り橋を渡るとドキドキするじゃない?それを異性と一緒に渡ると、吊り橋にドキドキしてるのか、その異性にドキドキしてるのか判らなくなって、あ、恋してるのかも?って思ってしまうという、恋愛の高等テクニックなのよ!!!」
「え?そうなの・・・???」
「そうなの!心理学的に、そうなのよ!!!」
リカルドが驚いた様に目を見開く。
そして、考えて言った。
「・・・ねぇ、エミリア、殿下やロバートと吊り橋に行っちゃダメだからね?!」
「いや!そうでなくて!!!」
私は、ハッとして叫ぶ。ダメだ、またリカルドの陰謀論を刺激してしまう!
「んん?・・・あ、吊り橋なんか、王都にはないか。」
「だーかーら、私が殿下やロバートと吊り橋に行くんじゃないわ!アメリアとロバートに行かせるの!」
「はぁ?なんでアメリア嬢とロバート?またなんか変な風になってない?・・・てかさ、さっきも言ったけど、王都に吊り橋なんかないだろ?」
「そうじゃない。そうじゃないのよ。・・・えーとね、ロバートとアメリアが恋人になったら良いと思わない?ほら、リカルドとかお兄様とかの疑惑?も晴れるし、そしたら私がロバートと一緒にいても安心でしょ?」
「・・・ん?んんん?」
リカルドが固まる。腕を組んで考え込んだ。
「ロバートは・・・アメリア嬢なんかと付き合うかな?」
「え?・・・なんかって、何よ。アメリアはいい子だし、可愛いでしょ?」
「可愛きゃ良いってもんじゃないだろ?・・・アメリア嬢は学年最下位組だし。」
リカルド、ずいぶん成績にこだわるわね・・・!
何?やっぱり優秀な女・・・マーガレットちゃんみたいのがいい訳???
私はなんだかイライラしてきた。
「でも、成績だけじゃないでしょ?人の価値って、それだけじゃないでしょ!」
「それはそう・・・だけど。」
チラリとリカルドが私を見て、フーッとため息をついた。
「まぁ、そうかも知れないね・・・。」
そして、柔らかく笑った。
え、何?
何か今、私を見て言った?
・・・私の成績が悪いけど、婚約してやってるから、まぁ気持ちわかるわぁ・・・って事?
なに?それ???
人の価値は、成績だけじゃなくって・・・後ろ盾だよねーって事ぉ?!!!
リカルド・・・最っ低!!!
・・・おおっと、また話が逸れてしまった。
私はコホンと咳払いし、仕切り直す。
「アメリアとロバートをくっつけます。だから協力して、リカルド。」
「・・・まぁ、そうなってくれるのは・・・ヤブサカじゃないけど。・・・ロバートって、手強そうだし。穏便にエミリアから手を引いてくれるなら、俺としても助かる。」
「そこでの、『吊り橋効果』な訳よ。」
「でも、吊り橋なんてないぞ?」
「吊り橋である必要はないの!」
「は???え???」
「ドキドキする状況に、二人をおけばいいのよ!」
ふと見ると、リカルドが困った顔で考え込んでる。
「リカルド?」
「エミリア・・・殿下とロバートとドキドキする様な所へ・・・」
「無いわよ!!!」
私は、リカルドの話を打ち切る。陰謀論、恐るべし、だ。
「そもそもね、私は『吊り橋効果』を知ってるのよ?そんな、ちょっとやそっとのドキドキじゃぁ、簡単に、ときめかないわよ。」
「え・・・?エミリアは『吊り橋効果』は効かない・・・???」
ちょっと、どうしちゃったのリカルド?何だか悩ましい顔になってる?
簡単には効かないって言ってるんだから、喜びなさいよ?
あなたの大好きな陰謀論に、簡単に利用されないって言ってるのよ???
そうして、ハッとした様に私を見ると、
「あ、でも、ものすごくドキドキしたら・・・エミリアにも効くのか?」
そう聞いてきた。
「え?・・・そんなの、分からないわ。・・・そりゃ、ものすごかったら効くんじゃない???」
「ふぅん・・・。」
リカルドは何かを考え始めた。
ああ、もうリカルドと話してると、進む話も進まないわ。
もういい、さっさと話を進めよう。
「・・・そこでですね、この、天才な私は考えました。」
「ん・・・?」
リカルドはまだ考え事に夢中なのか、生返事だ。
「もうすぐ夏休み、ですね。」
「そうだね・・・。」
「そこで、うちの領地にある、通称『呪いの教会』で度胸試しをすのよ!」
「え?!度胸・・・試し・・・?」
リカルドはゴクリ、と唾をのみ込んだ。
『呪いの教会』っていうのは、うちの領地の高台にある、棄てられた教会だ。
正式名は別にあるけど、不気味な建物だから、みんなそう呼んでる。
何でも、百年前にいわゆる「邪教」を信仰していた?・・・みたいな教会で、今、この国で一般的に信仰されている宗教の教会とは、明らかに雰囲気の違う建造物だ。
・・・とても珍しい建築で歴史的価値が高いとからしく、お父様の方針で保管・保護されている。
まぁ、よく宗教学者や建築学者が見学に入っているので、危ない所ではないのだけど、か・な・り・おどろおどろしい。ここに、度胸試し(肝試しって本来は言いたいけど、通じるかわからなもんね。)ってことで、二人に行ってもらう。そして、最奥にある祭壇から何か(たとえば蝋燭とか!)取ってくる・・・!
うん、完璧なプランだわ。
私はリカルドに度胸試しの内容を説明する。
「たしかに、ドキドキしそうだね。あそこ・・・雰囲気あるもんなぁ・・・。」
「で、しょー?」
「でも、それって・・・俺達も参加するんだよね?」
「え?」
「二人にだけ行けって言うの、変じゃない?イベントにしてやらないと、素直に行ってくれないんじゃないか?」
今度は私が固まってしまう。
・・・私は怖いのは・・・本当に苦手だ。
自分は行かないつもりだったから、こんな計画を思いついたけど・・・!
「リ、リカルド?私、こういう怖い系って、無理なんだけど?!リカルドだって、知ってるよね???」
私は焦って、リカルドの袖口を掴む。
リカルドはちょっと小首をかしげ、少し考えるみたいなそぶりをしてから、笑って優しく私に言った。
「俺が、ついてるよ。一緒にドキドキしよう?ね、エミリア。」