あれ?二人で過ごす時間は面倒くさくない?
私が寮に戻ると、リカルドはラウンジで本を読んでいた。
ソファーに座り、長い脚を組んで、読書に耽るリカルドは、たいへん絵になる。
もう制服から私服に着替えていた。シンプルな、白シャツと黒のスラックス姿なのだが、スタイルと品の良さで、モデルの様な佇まいだ。
「リカルド、ただいま!」
私が声をかけると、リカルド顔をあげ、少し笑ってパタンと本を閉じ、「おかえり。」と言った。
私はなんだか、そのやり取りがくすぐったくって、へにゃっと笑った。
「エミリア、今から少し出ないか?明日は試験休みだし、外で夕飯にしないか?シーフード料理の店が近くにあるらしいんだ。」
「シーフード!!!」
私は、全力で首をコクコクと縦に振った。
こっちの世界・・・いや、この国は、ほとんど海に面していないせいで、シーフードをあまり食べない。
ごく、たまになら出てくるが、大抵はお肉料理だ。
日本人の記憶がある私は、滅多に食べられないシーフードにめちゃくちゃ執着している。
だから、私の誕生パーティーはシーフード料理だ。
ケーキなんかいらん、海老、蟹、魚!!!
毎年そんなんで、家族やリカルドは呆れながらも付き合ってくれている。(あ、リチャード様も)
「好きだろ。」
「うん、ありがとう。ちょっと待ってて、急いで着替えてくるね!」
私はそう言って、自分の部屋へ駆け戻った。
急いで部屋に戻ると、カバンを机に置き、制服をベッドに投げ捨て、クローゼットから、最近お母さまが仕立ててくれた青いワンピースを出して、着替えた。
手鏡を出して、髪をさっと直して完了。
急いで、リカルドの元へ戻る。
私が駆け寄ると、リカルドは驚いた様に目を見開くと、
「・・・その服、いいね。」
と褒めてくれた。
「でしょ?この前、お母さまが贈ってくださったの!リカルドは、こういう感じの服、好き?・・・そういえば、リカルドはお母さまとセンスが似てるものね。」
「俺は・・・色々とユリア様を参考にさせて頂いているからね・・・。あ、いや、それもあるけど、エミリアはその色が似合うなって思ってさ。」
「青が似合うって事???・・・私、あまり何色が似合うか、意識した事なかったなー。そっかぁ・・・そんなに褒められるなら、これからは青い服を買おっかな!」
「それが良いと思うよ。・・・さあ、行こう。遅くなってしまう。予約してあるんだ。」
褒められて、大満足な私は、リカルドが差し伸べてくれた手を取った。
「二人で出かけるなんて、初めてだよ、ね?」
歩きながら、私が問うと
「言われてみると、そうだな・・・。」
と、リカルドが答えた。
「だいたい今まで、出かけるってなると、お兄様も一緒だったじゃない?」
「そうだな。」
「リカルドとお兄様ばっかり盛り上がっちゃってさー、私、不満に思ってたんだから!」
私がそう言って睨むと、リカルドは苦笑して
「今日は二人っきりだ。婚約者殿。デートだからね。」
・・・なんて言ってくるから、私は赤くなってしまった。
デ、デートって・・・!
赤くなっているのを、リカルドに見られたら悔しいので、プイッとそっぽを向いて、「反省してよね。」と言ってやった。
◇◇◇
デートで蟹は、無し中の無しだと思う。
だって会話が弾まないじゃない?!
かくいう私たちも、さっきから蟹と無言で格闘している。
「ねぇ、そう言えば話があったんじゃない?」
私は目的を思い出し、リカルドに尋ねた。
リカルドは格闘していた蟹爪とスプーンを皿に置くと、
「ああ・・・。」と苦しそうに答えた。
リカルドの表情はかなり険しい。しかもなんだか、話す決心がつかないのか、目が泳いでいる。
私は、嫌な予感で、サーっと青ざめる。
え?あれ?
まさか!婚約破棄ーーー???
もしかして・・・今?今、されちゃうの?
だ、だから、最後に私の好きな蟹を食べに来たの?
私の事、捨てちゃうから、罪滅ぼし的な???
考えたら、さっきから、リカルド変だった。私のワンピースを褒めたり、デートって言ったり、そうエスコートもしてくれてた!
・・・やましい事があるんだわ。
そう言えば、前世で読んだ雑誌に、浮気すると男は優しくなるって書いてあった!
浮気・・・いやいや、本気か、婚約破棄だもんね、婚約破棄・・・。
やっぱり、マーガレットちゃんと盛り上がってきて、私が要らなくなったんじゃ・・・?!
先日、『絶対に婚約破棄しない!』なんて言ったものの、やっぱりマーガレットちゃんに誠実に生きることにしたとか?!
・・・だから、あんな言いにくそうにして、蟹まで食べに連れてきた・・・?!
・・・そ、そうだよね、そうなのかも。
可愛くって優秀なマーガレットちゃんの方が、いいよね。
私は、怠け者で成績も悪いし、立ち振る舞いも残念だし、何もしてないマーガレットちゃんに嫌な気持ちを抱いてしまうくらい、性格も悪いし。
「・・・エミリア、ちょっと落ち着いて聞いてほしくて・・・。」
リカルドは決心がついたのか、言いにくそうに始める。
これは・・・これは・・・確実にやばい。
・・・ああ、婚約破棄でもいいって思ってたはずなのに、リアルでそれを前にしたら、これはかなりキツいや。もう泣きそう。
いや、ダメ、泣いては!!!
先日も人前で泣くなって注意されたばかりじゃない!
・・・はぁ、こういう所だよ、私。
無言で見つめ合う。
リカルドは、切り出したものの、話を続けられずに、そのサファイアみたいな青い目が揺れている。
泣かない様に、私は目に力を込めて、なけなしのプライドで堤防を築く。ちょっと睨んでいる様に見えてるかも知れないけど、構わない。
見つめ合っていると、リカルドとの思い出が走馬灯の様に蘇ってきて、ギューっと胸が締め付けられた。
ずっと一緒にいたのに・・・これからはもう・・・そう思っただけで、頭がガンガンして、胃がギュッとなって、もう吐きそうだ・・・。
リカルドは、気遣うように、テーブルの上で握り締めている私の拳を、そっと撫でてきた。
・・・そしたら、私はもうダメだった。
私の涙を止めていたプライドという堤防は、呆気なく決壊してしまった。
◇◇◇
「え、え、何?え、何で?どうして泣いてるの???エミリア???」
私がボロボロと涙をこぼし始めると、リカルドが焦った様に立ち上がり、私の隣にやってきて、私の手をしっかりと握った。
ん?
あれ、何か違う???
あれ???
オロオロとするリカルドを見つめ、私は少し冷静になり、リカルドに思い切って聞いた。
「リカルドは、婚約破棄したくて、私を蟹に誘ったんじゃないのかなって思ったんだけど・・・もしかして違う・・・の?」
「え?」
リカルドはポカンとした顔になり、その後、思いきり破顔した。
「どうして、そうなる?!」
呆れた様に言うリカルドだけど、さっきまでの不安な顔はなく、笑ったままだ。
「・・・でも、婚約破棄がエミリアにとって、泣くほど悲しいと思ってくれてたのは、嬉しいかな・・・。」
そう言うと、リカルドは手を伸ばし、私の頬にそっと触れた。
リカルドの手は蟹臭かった。