俺の婚約者は微妙に最高だ リカルドside
俺が侯爵家に引き取られてすぐに、父から俺には婚約者がいると言われた。
・・・何だよ、それ。
俺の婚約者の名前は、エミリア・スチューデント。
スチューデント伯爵家のご令嬢だそうだ。
そう、父が大好きな親友、エリオス・スチューデントという男の娘だった。
俺は、エリオス様に会うまでは、ハッキリ言ってエリオス様に良い感情は抱いてなかった。あの父の親友なのだ、父と同類のどうしようもない男なのだろうとしか思えなかった。
しかし、実際にエリオス様にお会いした俺は、その考えが間違いであったと知る。
エリオス様は本当に有能で洞察力に優れた男だった。
また、端正でキリリとした顔立ちや、逞しく雄々しい体格も、好ましかった。中性的な顔立ちで、あまり筋肉のつかない俺からすると、憧れに近い感情を抱いたし、父が心酔するのも・・・本当に少しだけ理解できる気がした。
俺のワイブル家を立て直したいという思いも、すぐに理解してくださり、エリオス様は力になるとおっしゃってくれた。
また、伯爵夫人である、ユリア・スチューデント様は名家と名高いロジスティック家のご出身ながら、それを鼻にかけるような方ではなく、とても優しくゆったりとした方だった。
穏やかで、品が良く物腰も柔らかで、俺の中でユリア様は「貴族」としてのあるべき姿、目標にしようと思った。
だから、俺はユリア様を手本にし、マナーなどで分からない場合は、ユリア様に確認する様になったし、そのお陰もあって、今では俺が庶民であったなんて誰にも気がつかれない程になった。
長男であるユリウス様は、見た目だけなら、ユリア様みたいな優しく穏やかそうな青年に見えるが、中身はエリオス様に似た、大変に怜悧で合理的な考え方をされるお方だった。
そして、年齢に差がありながらも、なぜか俺たちは気が合った。
俺たちは、打ち解けるとすぐにチェスやカードゲーム、乗馬などを共に楽しむ様になっていき、成長するに従って、それらはいつしか、政治学や経営学を一緒に学ばせていただく様になっていった。
ユリウス様と学ぶ事を、エリオス様が手配してくれ、学園に入る前から、かなりの知識を与えて下さった。
その中で、俺たちは、将来、伯爵と侯爵になった時に、助け合っていこうと話す仲となっていった。
そして、俺の婚約者、エミリア・スチューデント。
・・・俺は彼女に会えた事が何よりも幸運であると思っている。
茶色の髪に茶の目のちょっとつり目の女の子。エミリアは自分の事を地味だと言うけど、そんな事はない。エミリアは可愛い。
つり目でも、いつもボンヤリして妄想に夢中になってしまうエミリアは、全然キツくなんて見えないし、目元くらいキリっとしてないと、溶けちゃうんじゃないかと、俺は思っている。
そして、彼女は伯爵令嬢でありながら、なぜか庶民の様な気安い雰囲気を持つ女の子だった。
マナーや言葉遣いも油断すると簡単に乱れるし、感情がすぐに顔に出てしまう・・・。
これは、貴族としては少々難あり・・・なのかも知れないけど、急に庶民から貴族社会に放り込まれた俺にとって、腹芸のできない彼女は、唯一、気を許して本音で接する事ができて、一緒にいて癒される相手でもあった。
だから、俺は彼女と結婚できたら、外でだけで頑張れば良いのだと思って、この婚約が嬉しかった。
◇◇◇
ある時、俺は彼女の家に滞在中に熱を出してしまった。
俺は、それを知られたく無くて、平気そうに振る舞っていたが、エミリアはすぐに俺の異変に気がついた。
そして、熱にうかされ、昔、母を待ちながら寝込んでいた日々の夢を見てしまった。
俺はふと、母の様に簡単に自分も死んでしまうのではないか、誰もいない所で、誰にも気づかれずに、一人で死んでしまうのではないかという思いに囚われ、涙が止まらなくなってしまった。
熱にうかされながら、俺が泣いているのに気がついたエミリアは、俺の手を握りしめて、ずっと側にいてくれた。
その手のあたたかさに、俺は自分の囚われた思いを話してしまった。
エミリアは、その話を聞いて、俺が辛いときや病気の時にはいつでも「リカルド、私がいるよ。」と言って、手を握り、笑ってくれる様になった。
それは、少し情けなくて恥ずかしいと思ったが、エミリアになら、そんな自分でもいいと、俺は思った。
エミリアは、俺にとって心の支えだった。
俺はエミリアがいたから、頑張ってこれたのだと思っている。
◇◇◇
エミリアとの婚約は、俺に多くをもたらした。
・・・エミリアは、俺にとって精神的な支えとなってくれたし、エミリアの家族は俺に貴族としての色々な事を教えて、導いてくれた。
ただ、少し、スチューデント家の者たちは、エミリアに対して溺愛が過ぎると、俺は思う。
俺と婚約してからは、ますますエミリアに甘くなり、「エミリアにはリカルドがいるのだから・・・」と勉強やマナーについて、あまり煩く言わなくなってしまった。
そして俺も、彼女に勉強しろ、貴族的に振る舞え、マナーは完璧に!などと迫りながらも、まぁ、俺がフォローしていけばいいか・・・と、内心では思っているんだから、大概だ。
・・・そう、何だかんだ言っても、エミリアはずっと俺のもの。
ずっとそう思っていた・・・学園に入学するまでは。
だけど学園に入学してしばらく経って、俺は知ってしまった。
エミリアと俺の婚約破棄を望む者が、どれほど多いかを・・・。
たかだか伯爵家・・・と彼女は思っている様だが、それは違う。
ワイブル家・・・傾いた侯爵家と比べ物にならないくらい彼女の家の価値は、高い。
そもそも、彼女の母方の祖父母は、名家ロジスティック侯爵家だし、父親であるエリオス様は伯爵とは言え、軍でかなりの力を持っている。それに加え、ユリウス様も学園での優秀な成績から、将来が期待できると見なされている。
そして、伯爵家と言う、高すぎない身分もいい。下からも狙えるし、上からも狙える。
エミリアは貴族としては少し残念なとこはあるが、取り繕えない程じゃないし、性格も見た目も悪くはない。
・・・つまり彼女を欲しい奴は、沢山いたのだ・・・俺を陥れてでも・・・。