ああ、面倒くさい!逸脱するなんて!
あれからすぐに、私たちは寮に戻った。
寮に着きラウンジに入るとリカルドは、
「夕食後にここで待ち合わせて学習室へ行こう。そろそろ中間考査の対策を始めてもいい時期だ。」と通常運行で言った。
私はもう疲れていたし、『リカルド、サイテー』な気分だったので、短く「嫌だ。」と言って、自分の部屋へと逃げ帰った。リカルドはラウンジから私が出ていくのを、文句でも言いたいのか、じっと見てきたので、それも何だかイラっときた。
で、部屋に戻って、今に至る。
寮の個室は狭い。
ベッドと机とクローゼットがあるだけなのに、とても窮屈だ。
とは言え、学園生活では非常に貴重なプライベートゾーンでもある。
当たり前だけど、招かない人は入ってこないのだから、たとえ狭くても、リラックスできるし、ゆっくり考え事だってできる。
あー、疲れた・・・。
制服のまま、ベッドに突っ伏して、リカルドの先ほどの話を考えはじめた。
◇◇◇
リカルドは「私と絶対に婚約破棄をしない。」と言い切った。
私の家の後ろ盾狙い・・・という事はさておき、つまり、これはハッピーエンドが確約された、という事になる???
婚約破棄=バッドエンドだと言うのなら、いまの状況は喜ぶ・・・べき???
いや、まって。
ちょっと冷静になろう。
ラノベでは・・・そう、エミリア(小説版)はリカルド(小説版)と一緒に努力していて、いつしかお互いを大切に思い合うようになっていった。
だから、いつかリカルド(小説版)をヒロインに奪われてしまうかも・・・という恐怖を、エミリア(小説版)は常に抱いて、それで益々頑張って素敵なご令嬢になっていったし、リカルド(小説版)は自分の為に頑張るエミリア(小説版)にだんだん惹かれていき、大切に思う様になっていったから、少しこじれたり、色々な困難が二人にはあったけど、思い合って、やっと結ばれて結婚っていうのは、まごうことなきハッピーエンドだった。
そこで、私はふと思う。
いやいやいや・・・ちょっとまて。これ、誰の話だ。
これ、もはや別人のお話じゃーないですか!
小説版リカルドは、私の実家の後ろ盾が欲しくて結婚したがってないし、そもそもエミリア(小説版)が大好きだ。小説版のエミリアも、とーっても頑張り屋で、リカルドに熱い思いを寄せている。
・・・もはや、私ともリカルド(リアル)とも違いすぎて、原型を留めてないのでは?
現実は、ラノベのストーリーから著しく逸脱してしまっているんじゃない?
つまりは・・・ラノベのハッピーエンド=私のハッピーエンドじゃないって事!?
私は、ガバッとベッドから跳ね起きて、青ざめつぶやく。
「リカルドとの結婚がハッピーエンドとは限らない???」
そうだよ、よく考えてみたら、『私の実家の後ろ盾狙い』と堂々と言っちゃう男との結婚がさ、ハッピーエンドな訳、あるかーーーいって事ですよ!!!
むしろバッドエンド寄りじゃない?これ?
あ、でもなー、リアル貴族って、こんなもんかもなぁ・・・。
政略結婚で、すごい年に差あったりするのは珍しくない話だし、顔を知らないで結婚したって話も聞かない訳じゃない。
・・・そう考えると、リカルドは年も同じだし、イケメンだし、マシっちゃーマシか・・・。
真面目にやれば、大切にするって言ってるし、好きな人をつくってもスキャンダルさえ起こさなきゃOK!みたいな事も言ってたな・・・。ある意味、理解あるのか?リカルド。
いやいやいやーーー、私、浮気とかする気とか全くないけどさ・・・ない、けどね、でも、でも、そんなのその時になんないと分かない・・・の、かも。やっぱ絶対とかないな。
だってさ、恋はするもんじゃなくて落ちるものらしいし!!!
・・・って、私、なんかさっきのリカルドと同じ事言ってるじゃーないっすか・・・。
ある意味お似合い?・・・いや、こんなの・・・似合いたくない・・・!
◇◇◇
そんな風に考えていると、お腹がキュルル・・・と悲鳴をあげた。
「お腹、すいた・・・。」
部屋にある時計に目をやると、10時を指している。
確か、まだ食堂は開いているはず。
遅くまで勉学に励む上級生も多いから、夜食を11時くらいまで出していると聞いた。
「夜食、食べに行こう・・・。」
私は、若干シワになってしまった制服から普段着に着替え、食堂へ向かった。
◇◇◇
人気のないラウンジを抜け、食堂に入ると、食堂も人はまばらだった。カウンターに近づくと、愛想の良いおばさんが、夜食を出してくれる。
サンドイッチと野菜スープだ。
私は夜食を持って、窓際の席に座る。
はぁ、お腹すいた・・・。
私は野菜スープを一口飲むと、ふぅっと息をついた。
おいしい・・・。
それではそろそろサンドイッチを・・・とサンドイッチに手を伸ばそうとすると、誰かが隣に立っている。
ふいと横を見ると、夜食を持ったリカルドがそこにいた。
「なんなの?リカルド、今日はよく会うね?これはやっぱり運命?」
あまりのリカルド遭遇率の高さに、私は思わず言ってしまった。いくら逸脱しているとはいえ、さすがに主人公とヒーローってとこか。
「運命・・・なんだよ、それ・・・さっきまで俺は、勉強してた。それで、疲れたから夜食を食いにきただけだ・・・なんだよ、運命って・・・。」
リカルドは雑にドサリと椅子に座り顔を顰める。
「え、リカルドと私は運命って事でしょ。あ、スープすごい美味しかったよ。」
私がそう言いながらスープを全力でオススメしてみる。ふと、隣でスープを飲み始めたリカルドの顔を見ると、微妙に赤いのに気がついた。
「ねぇ、リカルド、大丈夫?疲れてるの?なんだか、顔が少し赤いみたいだけど?風邪なんじゃない?あんまり頑張りすぎちゃダメだって。もしかして熱とか・・・」
私がそう言いながら、リカルドの額に手を伸ばそうとすると、やんわりと阻止されてしまった。
・・・熱、あるのか、あるんだな。
だから阻止したのか?そこまでして勉強したいのかっ!!!
「本当にもう!リカルド、健康はお金でも努力でも買えないんだよ!」
私がそう叫ぶと、リカルドはなぜか間抜けな顔になった。
美形の間抜けな顔、なかなかレアだ。