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第9話 「出立」

 それからまた三日ほどが経った日。いつにもまして日差しが暖かな昼のこと。ケイによって礼拝堂に集められた一同はいよいよ旅立ちの準備を本格的に始めることになった。


「ユエ殿には預けていた左腕を持って現地で合流するよう伝えた。後の連絡はエースに入れるようにも言っておいたぞ」


「シリウス様のこと、信じてもらえたんですか?」


 エースの問いにはシリウスが答えた。


「僕も一筆書かせてもらったからね。過去の文献とつきあわせてくれれば、その筆跡が青星のものと分かるだろう」


 それは四の五の言わずに持ってこいと脅したも同然なのでは? 端で聞いていたセナがそんな風に思ったのを察したのか、シリウスは鼻を高くして言い放った。


「キミ、大人しく腕を持ってくれば言い伝えの青星(ぼく)に会えるんだよ? こんな僥倖、逃す方がおかしい──なんてね、冗談だよ。半分くらいは本気だけど」


 ここ数日ですっかりシリウスの性格を把握してしまったセナは「でしょうねぇ」と意味ありげに肯定して目をそらす。何となく、騎士の職に就いていた頃の上司と相棒を足して割ったような彼には頭が上がらない。しかもそれがソラの顔でものを言うのだから、日が経った今でもセナは彼を遠巻きに見ているのだった。


 シリウスはそんな彼の気を紛らわせるように一度微笑みかけると、皆に向き直って話を続けた。


「まぁ、世界を救済した魔女の遺物となれば神体扱いだろうから、全てを渡せとは言わないさ。腕の骨だけ使わせてもらって、手の部分は返そうかと思っているよ」


「返すのですね……」


 それは不満か、ただの確認か。


 そのどちらも含んだ思いを口にしてしまったのはジーノだった。彼女は言葉が出た後ではっとして口を手で覆い隠した。


「ジーノは……ほしいのかい?」


「……いいえ。それはきっと東ノ国にとって聖なる遺物であると同時に、ユエさんにとっては……過去の出来事を象徴する戒め。私が持つあの短剣と同じものなのだと思います」


 ジーノの自室に今も仕舞われ保管されているそれは、兄と自分の忌まわしき──そして恥ずべき出来事を象徴するもの。決して忘れてはならず、繰り返してもいけない……自らを律するための訓戒。


 下を向いた彼女を励ますように、隣にやってきたエースがその手を取って手の平の中に包み込む。自分とはまた別の重荷を背負う妹をいたわり、彼は自らの思いを言葉にする。


()の左腕は歴史的に失われてはならない遺産でもあると俺は考えています。ならば、然るべき場所で適切に管理された方がいい」


「保存に関しちゃ、大陸よりかは東ノ国の方が適任でしょうね。価値──って言うと何か即物的な響きだが、それが分かってる奴に預けるのが一番まともだと俺も思いますよ」


 離れたところの長椅子にミラと一緒に座るセナもそう言い、ケイとスランも頷いたので、ソラの手を東ノ国に返却することは満場一致で決定した。


 そして、セナの隣からすっくと立ち上がったミラが手を挙げてはしゃいだようにする。


「とにかく、ソラ様のよりしろ作りだね! これがないと何も始まらないもん!」


「うん、ミラの言うとおりだ。腕だけあってもどうしようもない。というわけでセナに聞きたいんだけど、ロカルシュからお返事はもらえたかな?」


「ええ。アイツ、同じ神職の人間からは厄介者扱いされてた割に、市民との関係は良好だったみたいなんですよね。特にご老人方には子か孫のように可愛がってもらってたみたいで、その中に確か人形職人もいた気がするそうです」


「まだ探ってる状況ってことか」


「答えがあるまでここで待っててもいいですけど、東ノ国の方にも声かけちまったし、どうせプラディナムには行くんですから、その道中でやり取りすればいいんじゃないんですかね?」


「プラディナムに行くまでにも時間がかかるしね。先に行動しようか。そうなると、今回の行路に同行してくれるのは……」


 シリウスはエース、ジーノ、セナを見渡し……、


「ミラも行く!」


 少女は一生懸命に背伸びをして自らの存在を主張した。シリウスは彼女の親であるセナに目を向ける。それを受け、セナは仕方なさそうな顔をした。


「どうやら留守番をさせとくのは無理そうだな」


「そうです、無理なんです。だってだって、地の軸を作ったすっごい人と一緒に旅ができるんだよ~?」


「それは確かにそうなんだが……」


「ミラはお父さんとあちこち行ってたことあるし、長旅には慣れてるもん。大丈夫!」


「けどよぉ、遠出はだいぶ久しぶりだろ? 体力持つか?」


「ありあまってます!!」


 ミラは袖をまくって力こぶを見せる。セナが文献収集の旅で留守にする際、自宅の家事をほとんど自分一人でやっている彼女は年の割にたくましい腕をしていた。体力は全身にみなぎっているようだ。


「……ま、賑やかでいいかもな」


「そうだよ! ミラがにぎやかしてあげる~!」


 疲れたようなら自分が背負ってやればいいだろうとセナは考え、ミラの同行を認めた。


 一方で、老年の二人はそわそわともせず長椅子に座ったままで、はじめから行くつもりはないようだった。てっきりケイはついてくるとばかり思っていたシリウスは、目を丸くして意外そうにしていた。


「ケイは一緒に来ないのかな?」


「さすがの私もこの年だ……長旅の連続は堪える」


 それを聞いて、ケイの隣に座っていたスランが笑った。


「お前もすっかりおばあちゃんだねぇ」


 その言葉にケイはムッと口を尖らせた。


「……そうでなくても私はこのじいさんの足腰を診てやらないとなんだ。一緒に行けはしないよ」


「そうそう……本当に、最近じゃ膝が言うことをきかなくてねぇ」


「お前……どうせまた偏った食事をして、一日中本を読んでいたんだろう? 痛いからって足の運動も勝手に休んでたな?」


「そんなことは……、……。……ないよ?」


「ふむ。その答えで十分に現状が分かったぞ、スラン。明日から機能改善の特別フルコースだ」


「ふるこぉすか。何だか分からないけど遠慮したいなぁ」


「ちょうどエースたちも家を空けるんだし、帰ってくるまで住み込みでみっちり指導してやるから覚悟しろ」


「ひぇぇ……」


 弱々しく悲鳴を上げたスランはエースとジーノに助けを求めて視線を向けたが、エースは厳しい表情で、ジーノは無慈悲な笑みを浮かべて、「頑張ってください!」。容赦なく父親を谷底に突き落とした。


「お父様、私が帰ってきたときには、どうぞ元気はつらつなお姿を見せてくださいね!」


「……本当にやらないと駄目かい?」


「駄目です」


「……」


 愛娘に釘を刺され、スランはしょんぼりと肩を落とす。それを見ながらケイはしめしめとしていた。彼女はその表情のままエースの方を向いて、


「エース。金の話はお前に任せるからな」


「……分かりました」


 人を救う旅を共にしてきたこの十年、ケイはエースに自分が持つ技術を教え、築いた人脈も引き継がせてきた。ゆくゆくは資産も彼に譲るつもりだった彼女は、今回の件をきっかけに金銭の管理にも慣れてくれればと考えているのだった。


 旅の準備はほんの一日もかからずに終わった。だが、村を出るのには時間がかかった。


 山間に位置するソルテ村を出るにはまず天候の安定を待たなければならない。真っ青に晴れる必要はないものの、下山の途中で雪に降られても困る。セナなどはいつぞや吹雪の中で狼の寝床に避難したことを思い出し、あんな経験は二度とごめんだと言っていた。しかも今回は獣使いのロカルシュはいないし、ジーノの魔法にも頼れない。シリウスも自分の体の維持に手一杯のようだし、そうなるとなおさら天気を読むことには慎重になっていた。


 とはいえ山を下りるチャンスは案外早く、準備が終わった二日後にやってきた。昇ったばかりでまだ山の陰にある朝日が、青空を薄く覆う雲を白い絹地のように照らした早朝。ソラの顔と、彼女が「救世の魔女」であることを知っている村の人間に会わないよう、プラディナム行きの一行は静かに村を発とうとしていた。


 膝が悪いスランとは教会で別れを済ませ、シリウスたちはケイと共に村の入り口広場にある噴水のところまでやってくる。


「それでは、行ってきます。師匠」


「お父様のことをお願いいたしますね」


「俺たちの家のことも頼んだぜ、先生」


「スランおじいちゃんの膝のりはびり? がてらにお掃除とか、お願いしまーす」


「ああ、分かった。お前たちも気をつけるんだぞ」


「それについては大丈夫さ。旅の心配はないよ。いざとなれば僕がこの身を投げ出しても守るから安心してくれ」


「……シリウス殿。ミラもいるんだ。くれぐれもスプラッター紛いの振る舞いは避けてくれよ」


「了解了解~」


 本当に分かっているのだろうか。ミラでなくとも、知り合いの体がとたんにバラバラになったら衝撃を受ける。ケイはシリウスにもう一度よく言い聞かせ、軽い口調を改めさせた。


 そして、「行ってきます」。五人は改めて手を挙げ、村を後にする。山は徒歩で下りるため、シリウス以外の皆はミラも含めて多くの荷物を背負っていた。その逞しくも見える姿にケイはニカッと笑い、大手を振って見送った。


 ところが、村を出て山道に入る手前で、大人びた顔見知りとすれ違う。


「え? ソラ、姉ちゃん……?」


 それはソラの背丈を超すまでに成長したベリックだった。実家である宿の手伝いで、朝早くから何らかの仕事に取りかかっていたのだろう。


 彼に対しシリウスはソラの顔つきで、口の前に人差し指を立てて静かに微笑む。


「これは内緒だよ。今はまだ……幽霊を見たんだと思って」


 シリウスは小高い坂の上でそう囁き、白く強い輝きを放つ朝日に姿を透かしながら、その先へと消えていった。エースたちも事情を話すことはせず、そそくさと彼の後を追って道を下っていく。ベリックは一人立ち尽くし、頬をつねって「痛い……」と呟いていた。


 シリウスは危なげなく歩きながら、誰にともなく聞く。


「そう言えば、彼のほかにもソラと交流のあった子どもがいただろう? どうしてるんだい?」


「ミュアーとユナは氷都ペンカーデルの学校で勉学に励んでいます。カムとセトルは一緒に西側の麓の街で親戚の手伝いをしていますね」


 エースがそう答える。学校はまだ休講期間ではないし、自分たちは南側の麓へ向かって下りているので、彼らに会う可能性はないだろう、とも。


「そうか。ソラを埋葬する時には戻ってきてもらえるといいな。見送ってくれる人が多いのは、彼女としても嬉しいだろうから。まだ先の話だけどね」


「分かりました。頃合いを見計らって手紙を出しておきます」


 穏やかに、柔らかに。


 心静かに終わりの話をするシリウスに、エースたちは少しだけ鼻の奥がつんとする思いをした。

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