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第7話 「青の鉱物」

 エースは相変わらず足下をランプで照らしながらシリウスに聞いた。


「目的地はもうすぐですか?」


「うん。ここの奥に小さな泉があるんだけど、そこを目指してたんだ」


「そういえば、かすかに水の流れる音が聞こえますね?」


「地下水が染み出て小川みたいになっているところもあるんだよ。その流れは山の底まで続く亀裂に落ちていく。場所によっては大人もすっぽり入るくらいの大きな穴があいてたりするから、うっかり足を滑らせないように気を付けてね」


 それを聞いたセナはすぐさまミラを抱き上げた。静かに話すシリウスの声の合間に聞こえる水音が急に大きくなった気がして、ミラも少し怖くなったのかセナの胸に体を寄せた。


 天井が一番高くなっている中心部を抜けて行くと、頭の上が徐々に下がってきて圧迫感が増してくる。そこまでくると、明かり石の光を反射する水面の影が見えた。


 かつての聖域、その洞窟の最奥にある地下水脈。壁のひび割れから細く流れ出る水が地面の窪地に泉を作っていた。どこからともなく、囂々(ごうごう)と落ちていく滝の音が聞こえてくる。所々で白い靄が発生しているが、それは岩に当たって砕けた極細の水しぶきが舞い上がって漂っているからだった。あまり近づくと体温を奪われそうだ。エースはミラを抱えるセナに注意を促し、シリウスと共に泉の縁へとたどり着いた。


「さて。ここは僕一人で行くね」


 シリウスは泉に向かって一歩を踏み出し、水面はその靴底が触れた瞬間にたちまち凍り付き、まるで彼を迎えるかのように一本の道を作りだした。泉の中心には水中から立ち上がる台座があった。シリウスはそこにひっそりと置かれた鉱物を持って戻ってくる。


「これでどうだろうか?」


 足下の氷を融解させ、岩の地面に降り立った彼が差し出したのは青く輝く透明な石だった。一見すると色の付いた玻璃(ガラス)のようにも見える。


 しかしてその正体は……。


「シリウス様、それなぁに?」


「これはね……ソラは何て言ってたかな……ぶるうだいあ、だいやもんど?」


「マ゛ッッ!?」


 素っ頓狂を通り越して管楽器が破裂したような奇声を発したのはエースであった。声も奇妙なら顔も奇妙である。彼は整った美貌を奇抜なそれに塗り替えて驚きに髪の毛を逆立てていた。


 一気に挙動がおかしくなったエースに訝しい視線を送り、シリウスは言葉を言い直す。


「何のことはない。青い金剛石だよ」


「はいぃぃぃ!?」


 今度はセナが叫んだ。


「な、なな……な、何のことはないって? 嘘でしょシリウス様、アンタ馬鹿なの?」


「お父さん、不敬~」


「いや、悪い……。けど、これは仕方ねぇって……ホント……」


 ミラに頬をつつかれて口の悪さを指摘されたセナは意味のない言い訳をぶつぶつと呟く。


 シリウスがしれっと作り出したと言う「ブルーダイヤモンド」。


 金剛石(ダイヤモンド)はこの世界であれば山を一つ吹き飛ばすほどの高火力魔法にも耐えられる至高の魔鉱石であり、ソラのいた世界においては最高位の宝石として知られる。通常は黄色みを帯びていたり褐色に色づいているものが多いが、時には無色透明のそれも産出し、宝石としては透明度が高く光を煌びやかに反射する品が価値あるものとされる。


 その中でも稀少なのがブルーやピンク、グリーンなどの色が入った変わり種である。ダイヤ自体もその生成条件はかなり限られるが、さらに特異な環境下に置かれた、あるいは結晶構造に特別な性質を帯びたものにそういった彩りが見られるのだ。


 エースたちが住まうグレニス連合王国では緑に色づくそれが発見されており、王都の博物館で厳重に保管されている。一般公開は数年に一度で、その際は大陸のみならず、わざわざ国外からも来館者があるほどの盛況となり、集客力は抜群だ。青色のものが発見されたという報告はないが、世に出れば人々を騒がせる一大ニュースとなるだろう。


 その価値を重く受け止めた上で、それまで黙っていたケイがシリウスに今一度真偽を確かめる。


「シリウス殿、よもや我々をからかっているわけでは……?」


「さすがの僕も冗談や酔狂でこんな面倒くさいもの作らないよぅ」


 シリウスの手の平──つまりソラの手の四分の一ほどを締める大きさに、高さはだいたい人差し指の関節一つ分くらいはあろうか。馬鹿みたいに巨大ではないが、度肝を抜かれる程度には存在感がある。


 透明度も高く、また発色も良い。


 最高品質のそれを前にミラを除いた一同はごくりと息を呑み、寒々しい洞穴の中で冷や汗を垂らす。


「……」


「……」


「……あの、一応お聞きしておきたいんですが……どうやってこれを?」


 しばらく続いた沈黙を破り……聞きたいような、聞きたくないような……複雑な心境でエースが問う。


 対して、シリウスは得意げに答えた。


「光陰の魔力は星の内部を巡るものだからね。光の魔力を操る僕がちょちょいと手を加えれば、こんなもの一つ生成するくらいわけないんだよ。フフフ。具体的には炭の性質を持つものに高温かつ高圧の環境を与えてね、あとその他にちょっとした要素も追加して──まぁつまりあの台座の上に星内部の活動を再現して、現実に金剛石ができあがるまでの工程を縮めに縮めて作ったの」


「……」


「人工物かどうかと言えば、そうなるのかな? でも、座にあった過去の記録を基に時間だけ早回しして一から全て作り上げたものだし……何にせよこの透明度で、しかも色が入っている金剛石を人の手で作り出すなんてまだできないでしょ? だから価値はそれなりにつくと思うんだけど。どうかな?」


「どう、と言われましても……」


「ウウーン……。頭が痛い」


 エースとケイはそろって頭を抱える。セナは現実逃避なのか、ミラと一緒に辺りを散策し始めていた。


「もしかして、駄目だった?」


 シリウスはソラの顔に戸惑いと落胆の気持ちを浮かべ、エースに上目遣いを向ける。ソラであれば絶対にしない表情と仕草をみせる彼に、何となく呆れを覚えてしまったエースは頬を掻きながら言葉を濁す。


「駄目と言うか……アー、言いたいことは様々ありますが……。そのですね、これが真実ブルーダイヤモンドだとして、それを対価としてポンと渡されても相手は困るのではないかと……」


「ええー? そうなの? ソラは現金を作るよりいくらかマシかもって言ってくれたんだけど」


「どのくらいの大きさにしておくとか、ちゃんと聞きました?」


「彼女からは小指の先くらいの小さい欠片でも十分なんじゃないかって話を聞いたよ? でもさ、わざわざ作るんだしある程度の大きさはあった方がいいと思って」


「それで……この大きさに……」


「そう! なかなか理想通りの出来映えで、僕としてはとても満足!」


「……」


 幼くも見えるとびきりの笑顔を浮かべてシリウスは親指を立てる。そのサインはきっとソラから教わったのだろう。エースはこれ以上深く考えることを諦めて同じく親指を立てて答えた。そこで、現実逃避からミラと共に戻ってきたセナがその肩を叩く。


 彼はエースをシリウスから引き離すと、声を潜めて内緒話をした。


「なぁ、エースさん」


「何かな……」


「あの人、ちょっとアレじゃないです? 俺、何かもう尊敬とか畏敬とかそういうの一切感じないんだけど」


「……」


 分からんでもない、というか言いたいことは非常によく分かるのだが、何となくセナの言葉に頷くのは(はばか)られ、エースは口をモゴモゴとさせて言葉を飲み込んだ。セナの方は、腕に抱くミラに咎められながらも、もうすっかりシリウスを世間知らずの暴走老人のように思っているらしく、その緑の瞳からは敬意の色がきれいさっぱりとなくなっていた。


 シリウスはひそひそと話す二人を遠巻きに見つめ、手の中でブルーダイヤを転がしながら所在なさげにしていた。眉をハの字に下げてシューン……といった様子である。


 そのさらに外野で腕を組み、一人うんうんと考えていたのはケイだった。


「ハァ……作ってしまったものは仕方あるまいな。シリウス殿、私から一つ提案なんだが……」


「うん? 何だろう」


「その石、私が買い取ろうか? 口の堅い鑑定士に依頼して、その価値を算出してもらうのはどうだろう。と言っても、あまりに希少すぎて数字が出ない可能性もあるんだが……」


「面倒だから依り代のお代と交換でいいよ」


「それは駄目だ! あまりにも額面が釣り合わない!!」


「じゃあ、依り代のお代と見合うだけの欠片を買い取る、とか?」


「そういうことになる」


「そっか。……これをお代の代わりに渡しても相手を困らせるだけみたいだし、そういうことにしようか。そしたら余った石はどうしよう? 適当な穴に流しておく?」


「……できればシリウス殿にお持ち帰りいただきたい。ジーノのものだった魔鉱石の片割れや、エースの剣はソラと貴方がいる場所にあるようだし、持っていけないことはないのだろう?」


「そうか。そうだね。うん、分かったよ」


 変なところで見つかって争いの種になっても困る、とケイが付け加えれば、シリウスは少し苦々しい表情を浮かべて心底納得した。


「ところでケイ、キミは買い取ったこの石をどうするつもりなんだい?」


「個人で持ってると色々と苦労しそうだからな。ノーラ……知り合いの伝手で博物館かどこかに置いてもらえればと思うよ。借用料を取るかどうかはまだ考えていないな」


「抜け目ないねぇ」


「資産は持て余すのではなく、適切に運用するべきだろう?」


「まぁね。その通りだ」


 ウィンクをしてしたり顔で言うケイに、シリウスはくすりと笑う。


「これで話はまとまったね」


「ああ。依り代制作の資金はいったん私の方から出させてもらおう」


 どうなるにせよ、シリウスの金策が失敗に終わったのならケイは自分が出資者になるつもりだった。結局は超弩級の対価を手に入れることになったわけだが、大陸各地を旅して回り、何なら北極にまで赴き、数多の危機を乗り越えた冒険家兼剣士(兼医者)の彼女であれば、それを所持することで生じる危険も的確にいなせるだろう。新たな資金繰りについて考え始めたその顔は、あどけない少女のようであった。あくまでその頭で考えているのは金銭のやりくりだが……。


 そうして、洞穴の中の用事を終えた一同は冷えてきた体を震わせ、その場を後にした。

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