第5話 「遺物の行方」
「何にせよ、彼女の体の損傷は思いのほかひどい。僕の魔法で腐敗を止め傷口も接いではいるけれど、地上に出てきてしまった今、あまり時間がない。そこで僕から質問! キミたち、ソラの左腕の行方を知らないかい?」
「ソラ様の左腕、ですか……?」
眉間にしわを寄せて険しい表情をしたジーノは助けを求めるようにしてエースの方を向く。エースは妹と同じような顔つきになって首を左右に振った。
「宿借りの片割れ──ジョン・ドゥに奪われ持ち去られて以降、行方は分かりません。おそらくはどこかに遺棄され……」
「いや、それについては私が知っている」
話の途中で口を挟んだのはケイであった。エースは青い瞳をめいっぱいに見開いて驚愕を露わにする。
「え……!? 師匠、知ってるんですか!?」
「ああ。ソラの腕は北の軸を目指していた時点でツヅミが宿借り連中から回収していた。今も朱櫻に遺物として保管されていると思うぞ」
「なっ、なな、何でそれを……言ってくれなかったんです!?」
「私も取り返してお前たちの元に戻そうとも考えたんだが──」
南の軸でソラを見送り、戻ってきてからの兄妹の気落ちは見るに耐えなかった。思い出させるのも酷かと思い、ケイはその行方を黙っていたのだった。
ケイはエースとジーノに目で詫びつつ、シリウスに向かって伝える。
「それで、ユエ殿にそのまま東ノ国で預かるよう伝えたんだ」
「なるほど、なるほど。とにかく僕としては在処を把握しているのならそれで構わないよ」
「シリウス殿、貴方はそれをどうしようというのだろうか? もしよければ教えてもらいたいのだが」
「どうするっていうか……返してもらえないかと思っているのだけどね」
「なぜ?」
「依り代となる器を作るのに使うんだ。腕の保存状態は分からないけれど、骨を取り出し砕いて生地に混ぜてもらおうかと考えている。何の繋がりもない体よりは、ソラも使いやすいはずだからね」
「それは……もはや呪いのようなものだな」
ケイは片方の眉をつり上げ、肩をすくめてみせた。シリウスもその仕草を真似て小さく笑う。
その足下で、ミラが視線を頭ごときょろきょろさせて問う。
「はいはい! ずっと疑問だったんだけど~。シリウス様もソラ様も、軸から出てきて大丈夫なんですか?」
「いい質問だね。まずは僕の場合から答えるけど、もちろん大丈夫だよ。僕は弱冠百二十歳にして地の軸を作り出した、聖霊族の中でも天才的な魔法使いだし。軸が安定した今では、地上へ顔を出すのに特別な制限はない」
「ふーん。じゃあソラ様は?」
「彼女は魔力操作が下手っぴだからね~。依り代の扱いもそうだろうけど、こちらへ下りるのには一苦労すると思う」
「えっ!? じゃあもしかして、よりしろのほかにも何か必要なものとかあったりするんです?」
「フッフッフ……そこで役に立つのがこの魔鉱石なのさ」
シリウスは腰に差していた杖を取り出して、皆の前に掲げる。
「ジーノの杖の魔鉱石──この片割れは今も軸にあるんだ。その欠片同士で魔力を繋げば、ソラでも軸に意識を残しながら地上に顔を出すくらいはできるようになる。と思う。たぶんそのはず」
まだ試していないため推測でしかものは言えないが、最後の戦いでソラはジーノの杖を使って魔法を繰り出した。彼女の魔力は魔鉱石に刻まれ、縁として繋がったのだから、その一方がある場所であれば魔力の流れに沿って自然と姿を現すことができるようになる。というのがシリウスの考えだった。
「──というわけで、この杖はソラの依り代が完成した際には、それと離さずに置いてもらうことになる。だからジーノに杖を返すことはできないのだけれど……」
「構いません。魔法を使わない生活にはこの十年でもう慣れてしまいましたので」
「そうなのかい? ならよかったよ。アッ、でもエースの剣は持ってきた方がよかったかな? 何なら持ってくるけど?」
「いえ、俺も……今となっては必要としていないので。お気になさらないでください」
「そう? キミがそう言うならいいけど、必要になったらいつでも言ってね」
「……はい。ありがとうございます」
エースは微妙に視線を逸らしてひとまず礼を言った。お守りでもあったその剣を抱かなければ眠れない夜は、ソラに譲り渡したことによって越えた。今更またお守りに甘える自分に戻りたくない彼は、雑念を振り払うようにして頭を振り、これまでの話をまとめ始めた。
「では……、シリウス様はソラ様が地上に下りるための依り代を探していて、それを見つけた後でソラ様のご遺体をここに埋葬したい……ということなんですね?」
「その通り。僕が求めているのはその二点だ。とはいえ僕一人ではなかなか骨が折れる。できればキミたちにも協力してほしいのだけれど、どうだろうか?」
「もちろん。お手伝いさせていただきます」
一も二もなく頷いたエースに、ジーノも身を乗り出して首を縦に振る。
「お頼みされなくてもお手伝いさせていただくつもりでした」
「ここまで詳しく話したんだから、そうくると思ってましたよ」
セナは予想通りだと言いたげに口の端をつり上げる。
「……となるとだ。早速ユエ殿に連絡を取らねばならんな」
そう言って真っ先に動き出したのはケイである。幸運にも、彼女は宿に置いてきた荷物の中に、未だユエに宛てる「鳩」を持っていた。返信の用紙も包んで飛ばせば、数日中に返事が来ることだろう。彼女はすぐさま立ち上がると、年不相応に軽い足取りで宿へと戻っていった。
それにつられたわけではないが、セナも椅子から立ち上がり、
「依り代となる器は……人形でいいんですね?」
「うん。何か伝手とかあるかな?」
「その手の工芸品はプラディナムでよく作られてますね。質はピンキリですけど」
「腕のいい職人さん、知らない?」
「うーん……」
魔女研究のために方々を歩き回っているセナであるが、あいにくとそういった知り合いはいない。人形にしても詳しいわけではなく、東方プラディナムでミラの土産に一度買ったことがあるくらいだ。
そこで、キラッと目を輝かせてミラがひらめいた。
「プラディナムのことならロカルシュおじさんに聞いてみればいいんじゃない?」
「ああ! なるほど、そうだな。一応アイツの出身地だし、元神子でもあったわけだから……話の取っかかりくらいは掴んでくれるかもしれないな。さすがだぞ、ミラ」
「エヘヘ~。でもさ、どう言ってソラ様のよりしろさん作ってもらうの?」
「救世の魔女が降臨した村で慰霊の祭りを行うから、その姿を模した人形を制作する依頼……とか? 祭事にお祀りするものがねぇのは格好つかないからな」
「突拍子もなくはあるけれど、無理な話ではないね」
それまで黙っていたスランもにっこりとして、深く頷く。これを機にそういった祭礼を持つのもいい、と彼は言った。
世界の情勢が落ち着いた今、個人だけではなく村一丸となって御霊を慰める頃合いなのかもしれない。ソラやシリウスだけではなく、これまでこの世界のために犠牲となった者たち──それこそ「始まりの魔女」も含めた全ての魂に安らぎが訪れることを願って……。
「ねぇねぇ、お父さん。魔女さんのこと好きなプラディナムでお人形作れるの、運がいいかもしれないね! ミラたちのお話ちゃんと聞いてくれそう」
「俺の論文もあっちじゃウケがいいしな。カシュニー相手よか話は楽そうだ」
「ねぇ~!」
ミラは自分のことのように安心し、セナはそんな彼女を抱き上げて笑った。
その二人を後ろに、スランは困り顔になって少々聞きにくいことを口にした。
「ところで、シリウス様。ご存じとは思いますが、依り代を作るにも対価が必要となります。お代の方はどうお考えで……?」
「お金の話だね。心配ないよ、スラン。それはこっちに来る前にソラにも言われたから、僕の方でちゃんと用意した──っていうか、今ちょうど用意しているところなんだ。あと少し……んーと、三日くらいかな? そのくらいにはできあがると思うから、ちょっと待ってて」
「シリウス様、お金を作ってるの?」
こてんと首を傾げたミラの言葉を受け、セナは顰蹙を露わにシリウスの方を見た。
「あの、シリウス様……それはちょっと困りますよ……」
「大丈夫ダイジョーブ! 現金を作ってはいないよ。それは違法だとか何だとかって、こっぴどくソラに怒られたもの」
「じゃあ何を作ってるんです~?」
「それは内緒。できてからのお楽しみ」
「そうなんだ。そしたらお楽しみに待ってます!」
「本当に大丈夫なんですかねぇ……?」
セナは半眼になって疑うような視線を送る。どうにも浮き世離れした雰囲気があるというか、常識が通じなさそうなシリウスは、ふとした時にトラブルを引き起こしそうな予感がした。セナはその目つきのままエースを振り返る。彼もまた同じようなことを危惧しているようで、心配そうにシリウスの言葉を聞いていた。