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第3話 「すべての終わり」

 エースは今にも飛びかからん気配で警戒心を強める。その態度に焦ったのは──ほかでもない、ソラの姿を借りる彼の者であった。


「ちょっと、あの、言い訳してもいいかな? 僕は何もソラの姿を借りて悪さをしようってわけではないんだ。これにはちゃんと理由と目的があって……ソラもこのことを了承済みだし、僕の勝手でやっているんじゃないんだよ。それで、えっと……えーっと。その……とにかく、自己紹介させてくれない?」


 急に少年のような口調になり、彼女はついにソラであることを諦め、素直に自らの名を語った。


「僕の名前はシリウス。つまりキミたちが知るところの青星だ」


「青星……様……?」


「うんうん。そうだよ」


 気軽に、気さくに。それでいて彼は(しか)と頷き、言った。


 それを聞いたエースたちは、まさしく「そんなまさか」と言いたそうに目をまん丸にしていた。それらの顔を面白そうに眺め、シリウスは悪戯っぽく笑う。


「──とはいえ、僕が本当にシリウスであるかどうか証明するものは何もないのだけれど……。ん? いや、そうでもないか……教会には証石があったよね? それで魔力属性を見てもらえば、僕の発言が真実であると分かってもらえるはずだ」


 今、この世界において光の魔力のみを有する者はシリウスしかいない。その事実を元に、自分が証石で光の魔力属性を見せることができれば、東ノ国で聞いた史実を知るエースたちは「ソラの中身」がシリウスであると信じてくれるはずなのだ。彼は子どもっぽい顔つきになり、「さすがは僕! 名案だね!」。にっこりとして得意げに胸を張った。


 嘘を言って取り繕っている態度ではない。


 その仕草に拍子抜けしたエースは態勢を解いて小さく息を吐いた。ソラと同じ顔の人間を疑い身柄を拘束しようというのは、さすがの彼も気が進まなかった。ましてや、青星(シリウス)を名乗るその人に手を出すなど、畏れ多いどころの話ではない。


 エースはひとまず彼の話を信じるとして、不遜な行動に出なくて済んだことに胸を撫で下ろした。


「分かりました。では、礼拝堂に向かいましょう」


 ひとまず話を仕切ったエースはそう提案した。シリウスはそれに快く頷き──かけ、頭を中途半端な角度に傾げたままエースに対して人差し指を立てる。


「その前に一つお願いがあるのだけれど。いいかな?」


「何でしょうか?」


「今は魔法でそれらしく見せているけれど、実は服を……」


「服を?」


「着ていなくてね」


「なん──!? ちょ、エッ!?」


「つまりだね、僕は服を貸してほしいんだよ」


「ジ、ジーノ!!」


 途端にエースは落ち着きをなくし、そうかと思えば素早い動作でジーノと立ち位置を変わり、脱いだ外套を持たせてその肩をぐいと押した。ジーノもされるがまま、慌ててソラの姿をしているシリウスの前に立ちはだかり、兄から受け取った外套でその体を包み込む。


「さ、先に着替えて……それから礼拝堂ですね。急ぎましょう!」


「あとね。付け加えると、走るとか激しい運動もちょっと難しいんだけど……」


「え──っと!? お、お兄様!」


 ジーノの呼びかけにエースが頷く。


「失礼します! 俺が抱えていきます!」


「よろしく頼むよ~」


「私の部屋へお連れになってください」


「分かった」


 顔を赤くするやら青くするやらで忙しい兄妹に対し、シリウス本人はソラの顔にはんなりとした笑みを浮かべた。彼の行動はソラも了承しているとのことだが、本人がこの場にいたらまず間違いなく「人の見かけで何やってんの!?」「羞恥の一つくらい覚えなさいよ!!」とやかましく怒鳴っていたことだろう。


 外套に包まれたシリウスを横抱きにし、その体重をものともせず駆け出すエースと、それを追いかけるジーノ。二人の背中に、スランはのほほんとした声で呼びかけた。


「そうしたら、私は先に礼拝堂の方で待っているね」


「すみませんお父様。気をつけて戻ってくださいまし」


「はいはい。大丈夫だよ」


 ジーノは立ち止まって振り返り、兄の分も父に頭を下げてそう言った。雪道に置いてけぼりとなったスランは次第に青々としてきた空を見上げ、広い額に手を当てた。


「いやぁ……あの方の言が本当かどうかは別にしても、とんでもないことになったな……」


 彼の肝胆の呟きは、かつて地の軸が見えていた彼方へと消えていった。


 しばらくぼんやりとしていたスランが礼拝堂に向けてようやく動き出した頃、シリウスはちょうどエースによってジーノの部屋に放り込まれたところだった。


 エースはシリウスをベッドの上に座らせ、一目散に部屋を出ていった。後を頼まれたジーノが衣装箪笥を開けてどの服を貸そうかと吟味していると、彼女ははっとして扉を閉じた。


「あの……青星様……は、聖霊族の『少年』であったとお聞きしておりますが……」


「そうだよ」


「お召し物は兄のものを借りてきた方がよろしいでしょうか?」


「いや、別に女性もので構わないよ。足下の裾が広い服は僕らも男女関係なく好んで着ていた衣装だ」


「そうなのですか?」


「世界の平定のために存在していた僕らは服装などにこだわりがなくてね。中には今で言うお洒落に目覚めた者たちもいたけれど、それでもやはり聖霊族の服は割と簡単な作りのものが多くて。見た目も男女で違いはなかったんだ」


「なるほど。そうしましたら、私の衣服をお貸しするということで……構いませんね?」


「ああ。できれば腰回りをキュッと締められるものがいいかな」


「承知いたしました」


 相手の意向を聞き出したジーノは、ベッドに腰掛けて待つシリウスの隣に次々と候補を並べていく。最近では自分も使っていなかった腰を細く締める下着と、それに似合う服を一式である。シリウスはその中から淡泊な緑色の一着を選び、ジーノに着付けてもらうべく羽織っていた外套を肩から落とした。


 彼は「それらしく見せていた」という純白の服を解き、素肌をさらす。


「本当に……何も着ておられなかったのですね……」


「ははは。まぁ最後の戦いでボロボロになってしまったからね。服も、体も……」


 白い体の至るところに走る光の軌跡。それは彼女が負った傷で、髪に隠れた頬、腕、胸に細く小さく輝く痕があり、腹部の損傷はとりわけ激しいようだった。右の手の平についても、その中心に十字の傷が見えた。そのうちの一つはジーノが悔いるべき過去であり、忘れてはならない過ちの証だった。


 彼女の苦しげな表情を横目に見たシリウスはその手をさりげなく隠し、「手袋も貸してもらえる?」。そう言ってジーノに白い手袋をはめてもらった。


「──後で皆にも説明するけれど、この体はソラのものなんだ」


「え……?」


「彼女はとても頑張ったんだよ」


「……」


 背中を向けてしまった彼は穏やかに声だけで微笑んだ。


 それからほどなくして着替えは終わり、部屋の外で待っていたエースに案内されてシリウスは礼拝堂へと向かった。


 堂では既にスランが待っており、シリウスが顔を出すと立ち上がって迎えた。シリウスはそのまま証石が置いてある祭壇まで直行するかと思ったが、彼は手近な長椅子に腰掛けて一息つきたいようだった。


「ごめんね、魔力のやりくりに思いのほか疲れちゃって……少し休ませてほしい」


「構いませんよ」


 スランは柔らかな表情のまま了承し、シリウスを椅子に導いた。そのまま腰を下ろしたのでは冷えるだろうと、ジーノが堂の入り口付近に置いてある籠の中から膝掛けの毛布を持ってきて座面に敷く。礼を言ったシリウスはまるで年寄りのように──それこそスランよりも緩慢な動作でその上に座った。


「そういえば、この村にはケイとセナもいるんだよね?」


 彼は背もたれにゆったりと寄りかかって顔を上げ、そう聞いた。その問いに答えたのはエースだった。


「はい。セナはここソルテに娘のミラと一緒に住んでいますし、ケイ師匠もしばらくはこちらに滞在する予定になっています」


「そうか。どうせいろいろと話すのなら、彼らにも一緒に聞いてもらいたいと思っているのだけど……?」


「了解です。私が呼んできます」


「お願いするよ。何だか手間をかけさせてしまって悪いね」


 エースは首を振ると、足早に礼拝堂を出てその二人を呼びに行った。彼がそれから時間をかけて戻ってきたのは、シリウスが十分に休めるよう気を使ってのことだった。


 外から礼拝堂へと向かってきた足音は四つ。扉が開く前にそれを察したシリウスは「おや」と声を上げ、座った体勢のまま後ろを振り返った。それと同時に、堂の扉が開け放たれる。


「ミラが一番乗り~!」


「おい、ミラ。あんまはしゃぐなって。転ぶぞ?」


「そんなにドジじゃありませ──」


 言ったそばから快活な少女の声が途切れ、床を擦る音が聞こえる。


「ものの見事にすっ転んだな」


「イタタ……」


「大丈夫か? 立てるか?」


「だいじょーぶ。自分で転んだのに泣くほど子どもじゃないもん」


 少女は気遣う父親の手を制止して、自分で手を踏ん張って起き上がった。彼女の体制が整ったところで、やってきた四人はそろって堂の奥へと向かう。


 急に賑やかになった空気にシリウスは笑みをもらしつつ、ゆっくりと腰を上げて皆の方を見た。エースが連れてきたのはケイとセナ、そしてミラの三名だった。そのうち大人の二名はシリウスの姿を見て驚きの声を上げる。


「貴方は……!?」


 中でも動揺したのはセナだった。目を皿にしたもののすぐに達観した表情を作ってみせたケイと違い、彼は今にもその場から逃げ出しそうな足取りで一歩、二歩と後退した。ケイはそんな彼の腕を掴んでその場に引き留める。


 ケイは目の前の光景に怯むセナに視線を送り、励ますように目を細めると、シリウスを見て問うた。


「キミは……ソラなのか?」


「ソラ? それって魔女さんのお名前だよね?」


 その言葉を受け、ミラが首を傾げながらケイとシリウスを交互に見やる。答えを求められたシリウスは少し困ったように眉を下げ、


「うん。まずはその誤解を解くとしよう」


 そうしてジーノが持ってきてくれた器から証石を取り上げて、いよいよ皆の前で自らの正体を証明する。


「この通り、光陰二属のうち光の魔力を持つ僕はソラではない」


 一点の曇りもなく白い輝きを放つ金紅石。彼の手の中にある証石は、まさしくその言を裏付けていた。


「彼女は黒き力を司る陰……僕と対を成す者として、今も軸の座に存在している」


「では、貴方は……」


 ソラが地上に舞い戻ったのかと思えば、彼女の顔で自分は別人だと言う。唐突な話に目を白黒させるケイたちであったが、その一方で、先んじて彼の正体(自称)を聞かされていたエースらも彼の持つ証石が示した事実には畏れおののいていた。


 シリウスは面々の珍妙な顔つきにニヤリとし、恭しくお辞儀をして自らを語り出す。


「改めて、僕は青星。ここのところすっかり馴染んでしまった名前を名乗るとすれば、シリウス。つまりね、僕はこの世界を支える軸を作り出し、千年の時を待った聖霊族の……亡霊なのさ」

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