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第14話 「依り代」

 ルーシアは途中で転んだのか、それとも客をそっちのけにしたことで師匠に喝を入れられたのか、頭にたんこぶを作って戻ってきた。痛そうに頭を撫でる彼女は、その一方で嬉しさのあまり締まりのない表情でシリウスたちを見渡し、問うた。


「では早速なのですが、魔女様のお姿を描いたものなどはお持ちですかしら? やはり目に見える絵などがあると、わたくしとしても着想を得やすいですし、作業の助けになるので──」


「僕」


 シリウスは片方しかない手を胸に当て、自らの存在を示した。


「え? っと……? あのぅ、どういうことで……?」


「僕のこの姿をそのまま、いい感じに再現してくれたまえ」


「なん……?」


 その言い様をソラが聞いていたらどんな反応を示しただろうか……顔を真っ赤にしてシリウスの首根っこをひっ掴み、額にぐりぐりと握り拳の尖ったところを押しつけていたかもしれない。


 何にせよ、シリウス以外の旅の一行は皆一様に──東ノ国の二人でさえも、「言い方……」と内心でため息をついていた。仕方なく、エースがシリウスの意図するところをルーシアに説明し始める。


 彼女はあらかじめ、ロカルシュとのやり取りで依頼主であるシリウスの名前だけを知らされていた。彼の素性は青星であることを含めて全て伏せられており、もちろんソラのことも(その『名前』が救世の魔女を指し示すこと以外)ルーシアは知らないでいたのだ。


 エースは十年前のことからかいつまんで、ソラとシリウスのことを全て打ち明けた。ルーシアは目を白黒させつつ、突然明かされた真実を理解するべく必死に自らの言葉で確認し直した。


「──え、えっと……では……この御方こそが救世の魔女様ご本人で……? 将来、実際にその御霊が下りる依り代を作られるために、ここを訪ねていらしたと?」


「中身は違うけどね」


「は、ははぁ……なるほど。なるほど……?」


「分かってくれたかな?」


「コホン……、申し訳ありません。少し取り乱してしまいました。何せお手紙では、慰霊祭でお祀りする御霊代の製作とだけお聞きしていたもので……。まさかご本人がいらっしゃるとは……つゆも思いませんでしたわ……」


「うん。中身は違うからね? そこは大丈夫?」


「あ、ええ……はい。青星様──いえ、シリウス様についても、論文の方で触れておられたので……存じてはおりますけれど……」


 そこでルーシアはアッと悲鳴のような声を上げ、大きく開いた口を手で塞いで顔を青くした。


「こ、ここ、こここれってわたくし、とんでもない大仕事に名乗りを上げてしまったのでは!?」


「怖じ気付いたかい?」


「……」


 彼女は思わず黙り込んでしまう。


 ──が、次の瞬間、ルーシアはシリウスの手をがしっと掴み、目をきらきらと輝かせて彼を見た。


「怖じ気付いただなんてとんでもない! むしろその逆です!! 絶対にやり遂げてみせますわ!」


 ルーシアは片方の手を高々と掲げ、何なら膝丈の台の上に片足も乗せて、依頼の完遂を約束した。


 思い切りと威勢の良さ、物怖じしない精神力……ルーシア本人も言った通り、それらは時に傲慢や慢心として人の目に映るのだろう。だがシリウスにとって、他者を貶めずに自らを鼓舞する彼女の性格は実に好ましいものだった。


 それに加えて繊細な作品を作り上げる腕前もあるとなれば、今から依り代の完成が楽しみである。ソラも、入るのなら見目の麗しい物の方が嬉しいだろう。


「いや、キミの器量が悪いと言うつもりは決してないけれどね?」


 誰にともなく、失礼なことを言ったシリウスは天に向かってペロッと舌を出した。



 それから数日、プラディナムに滞在することとなった一行は宿とルーシアの工房を行き来したり、観光をしたり、迷宮の路地で迷子になったりしていた。


 依り代の素体であるが、器を作る土や体の型は既製のもので構わないということになり、顔だけをオーダーメイドで作ってもらうことになった。ルーシアがいくつか造形の案を出し、シリウスとエース、ジーノが主に確認し、造形が決定したらそれを元に他の職人が型を作成し、素体作りの窯元が焼き上げるというわけである。


 また、個人の要望に合わせた特注品も扱う柔軟な対応を活かして、シリウスは指の可動性についても相談していた。それを聞いたルーシアは最初こそ難色を示したが、シリウスの巧みな話術に乗せられ、「何事もやってみないことには無理かどうかも分からない」と、これをきっかけに新しい技法を開発してやろうと自ら設計に乗り出した。


 どうせなら従来の関節も可動域を広げてみてはどうかとか、瞼も閉じられるようにしたらいいのではないかという話になり、次第に、ルーシアたちの取り組みを物珍しげに眺めていた周囲の職人たちも首を突っ込み始めた。


 設計段階で、手は第一から第三関節の再現に目処がつき、足の指もその付け根のみが動くようにして、つま先立ちができる案を採用することになった。瞼についても、薄い半球状の板をスライドさせるようにすれば開閉可能だろうという結論に至った。


 あとは実際に作って試行錯誤していく段階となった。そうなると、依頼主は次いで王都へ向かう準備を始めていた。進捗の報告などは密にしつつも、素体作りは専門家に任せ、シリウスたちは衣装や髪、瞼の下にはめ込む瞳などを調達しに行こうとしていた。


 ルーシアから素体の体型などを詳しく記した仕様書と紹介状を書いてもらい、


「さぁて。いざ王都へ向かうとしよう!」


 真っ青に晴れた空が機嫌を損ねない内に近間の街まで下りてしまおうと、一行は早朝にプラディナムを発った。

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