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第13話 「既視感のある作家」

 やや曇り空となった朝。


「さてさて。依り代になる器を探すとしよう」


 部屋で大人しく本を読んで過ごしたシリウスはあくびもなく元気一杯にそう声を上げ、掲げた拳でツンツンと空を突き、宿から一番に飛び出した。それにミラが続き、大人たちがぞろぞろとついて行く。


 ロカルシュからもたらされた作家の情報はこうだ。


 色を自在に操る天性の才能と、新しい感性を持つ新人。経験は十数年と名だたる職人と比べればまだ浅い方だが、化粧の腕は確かだ。また人当たりもよく、分野の異なる相手の話も熱心に聞き、その技を研究する努力家である。プラディナムにやってきた当初こそ「厚かましい」という印象を持たれていたが、時が経つにつれ、周囲の人間も彼女の人形作りに対する並々ならぬ熱意に当てられ、じわじわと受け入れられていったのだという。


 その師は前々から何か大きな仕事を任せたいと思っていたらしい。


「俺の魔女に関する論文も全て知っていたらしくて。熱の入りようは並大抵じゃないみたいですよ」


 ミラと手をつないで歩くセナがそう言う。シリウスは歩きながら上半身だけ振り返って嬉しそうな表情を作った。


「それはいい。やりたいって思ってる人に任せられるのが一番だからね」


 彼はあくまで憂いなく言う。その後ろで、縦長の桐箱を抱えるジーノは不安そうな顔をしていた。いくら魔女に対する理解があったとしても、材料に人骨を混ぜることを打ち明けたら、さすがに怪訝な顔をされそうだ。


「ソラ様のお骨の件、受け入れてもらえるでしょうか?」


「それは確かに心配ではあるけど、隠していても仕方ないしね。職人の一人にくらい、正直に話したらいいんじゃないかな?」


「そう、ですね……。ですがもしも、そこでつまずいてしまったら依り代の製作は振り出しに戻ってしまうことになりますね」


「たぶん、あんま心配することないと思うぜ……?」


 そう言ったのはセナだった。彼は昨日、作家について語ったときと同じ顔つきになっていた。


「そうなのですか?」


「包み隠さず話せば、そうですか~! って案外あっさり分かってくれるんじゃねぇかな」


「……どのような方なのでしょう?」


 首をひねるジーノに、セナはそれ以上を言わなかった。


 一行は宿の前の広場を横断し、都の南端へと向かう。職人の工房は焼き物の材料となる土が取れる山の麓に密集していた。人家からやや離れたところでは煙が上がっており、今この時も何かしらの器を焼いているようだ。


 工房の在処を示した地図を持っていたエースは、通ってきた道と紙の道とをつき合わせて、小さな木陰にひっそりと建つ丸太作りの建物の前までやってきた。


「ここですね」


 不躾とは思いつつ窓から家の中を窺うと、やや高めに作られた天井から何体もの人形が吊されていた。関節の隙間に鉤を入れて引っかけ、人を模した体の一部が空中にプラプラとする様は、夜中に見たら悲鳴を上げてしまうかもしれない。


 ゴクリと唾を飲み、旅の仲間を代表してエースがその玄関戸の前に一人で立つ。そして扉に取り付けられている真鍮製の金具を打ち鳴らし──と、中からガタガタと騒音が聞こえ、何かの気配がものすごい勢いで扉に向かってきたことを知り、エースは反射的にその場から退いた。猫が驚いて飛び上がるのと似たような仕草に、ほかの皆はぎょっとしてその場に固まる。


 エースが地面に着地すると同時に、扉が内から開いた。


「いらっしゃいました!? いらっしゃいましたのかしら!?」


 何となく、どこかで聞いたことのあるような声……。


「あの、その……私たちは王都のロカルシュさんからご紹介をいただいた──」


 家から出てきたその人は、話すエースの顔を見るなり、頬を両手で覆って奇声に近い歓声を上げた。


「あらあらまぁまぁ! 本当にいらっしゃっていただけるなんて、夢のようですわ! わたくしの方から神子様に宛てたお手紙では少し熱く語りすぎてしまった気がして、呆れられたのではと心配だったのですけれど、神子様はこの溢れんばかりの思いをきちんと汲んでくださったのですね! ああ、嬉しい。わたくし感激ですわ!」


「……この話し方……ものすごく既視感があるんだけど」


「私もです、お兄様」


 兄妹が真っ先に思い浮かべたのは、西の片田舎で小さな教会の祠祭をやっている女である。


 エースは勢いよく後ろを向いてセナを見る。彼は両目をつぶりしかめっ面を作っていた。その様子から察するに、おそらくエースたちの予感は正しいのだろう。だが、確認は必要だ。


 エースは片手を上げ、おずおずと聞く。


「あの、カシュニーで祠祭をされているお知り合いなど……ありますか?」


「知り合いというか、妹のアリーシアがそうですが。アッ! 実はわたくしカシュニーの出身でして、それなのにプラディナムで人形作家をやっているのも妙な話に思えるかも知れませんが、幼い頃に師匠の作品を見てわたくしったらすっかり魅せられてしまって! 本当は妹ではなくわたくしが祠祭の任を引き受けるはずだったのですけれど、そちらは妹にお願いして実家をピュンッと出まして、師匠に弟子入りしたのですよ~」


「これは……、うん。間違いない……」


「職人さんはあの祠祭様のお姉様だったのですね……」


「──ハッ!? そう言えば自己紹介がまだでしたわ! わたくしルーシアと申します。このたびは当工房を訪ねてくださり、本当にありがとうございます」


 ルーシアは扉の内に身を引いて、来訪者を家の中へと招き入れる。入ってすぐの作業場には、仕事の光景を見に来た観光客を受け入れる一角があり、ルーシアはそこに皆を案内して座らせた。丸太を加工した椅子を人数分そろえ、彼女はお茶を入れてくると言って家の奥に消えていった。それから数分後、盆の上に白い薄手の器を乗せ、湯気を揺らしながら戻ってくる。


 各人はそれを受け取り、シリウスも形だけはもてなしを受ける風にして器を手に取った。


「ルーシア。喜んでいるところ悪いけど、まだキミに頼むとは決めていないんだ。他の職人からの推挙もある程度の指標にはなるが、何よりキミ本人の人柄やこれまでの作品作り、仕事に向き合う姿などを見てみないと……と思っている。その点は分かってくれているかな?」


「ええ、ええ。それはよくよく承知しております。ですが、わたくしは必ずや指名を勝ち取れると信じていますの。わたくし、弟子入りした当初から今まで全ての作品に全身全霊を捧げてきましたから。師の言葉を聞き、技を見、他の様々な技法も勉強し取り入れて、それはもう貪欲に転びそうなほど前のめりになって腕を磨いてきましたわ」


「ふーん。キミは自分の作品にとても自信があるようだね」


「もちろんです! もっとも、この態度がもとで傲慢だ慢心だ、謙虚さが足りない、と怒られたこともありました。けれど、自分に自信がなく卑下しているよりはまともな作品が作れると、わたくしは思っております。この世に駄作はありません。全てが優れた作品で、その中でもわたくしは一等優秀な物作りをすると認められたい……いいえ認めさせてみせる! という気概と向上心でここまできましたから、まぁそういう性格なのだと思って諦めていただくほかありませんね」


「アハハ! キミは驚くほど自分が好きなんだね。あ、これは悪い意味じゃないよ? そういう他者を貶めない自信の持ちようは、僕も好きさ」


「ありがとうございます。わたくしの気持ちを誤解なく受け取っていただけて、嬉しいですわ」


 盆を作業台の上に置いたルーシアはやんわりと両手を合わせ、小首を傾げて微笑む。


「師匠や他の工房の方々がわたくしに期待を寄せてくださっているのもよぉーく分かっておりますから、ええ、皆様の気持ちを無駄にしないためにも、わたくしは絶対にこのお仕事をもぎ取るつもりでおりますのよ。がっちり食いついて離しませんから、お覚悟を」


 淑やかな仕草をしたかと思えば、彼女は両手の指を牙に見立てて握ったり開いたりした。


「まずはどんな作品を作っているのか見てもらわないことには話が始まりませんね! いくつかこちらに持って参りますので、しばしお待ちを!」


 ルーシアは再び家の奥へと消えていった。


 その背中が見えなくなったところで、ミラが立ち上がってセナに向かい合った。その際に器から茶がこぼれかけたが、セナがとっさに手を添えて支え、事なきを得た。


「気をつけろよ?」


「うん。ありがと、お父さん」


「で? どうしたんだ?」


「お姉さんすごい! どんどんしゃべって、言葉いっぱい知ってるんだね!」


「そう……だなぁ。うん……」


「ミラの知らない言葉もあるかも~?」


 興奮気味に言う娘にセナはどう言ったものかと考えているようだった。そこに、助け船を出すようにしてジーノが受け答える。


「ええ。ルーシアさんのおしゃべりを聞いておけば、お勉強になるかもしれませんね」


「……言葉を知るのは大切だし、娘の成長を阻むようなことはしないつもりだが、ミラにあの洪水みたいなしゃべり方が移るのは勘弁だぞ」


「それは……」


 難しい顔をするセナに対し、ジーノは「考えすぎでは?」と言う。それはエースも同じだった。


「ミラは賢い子だし、大丈夫だよ。今のところセナの粗暴な言葉遣いも真似してないからね」


「ええ! その通りですね」


「……」


 痛いところを突かれたというか、エースの悪意なき的確な物言いに若干のショックを受けながら、セナは自らの口が悪いのを後悔する。


 むしろ自分こそ気をつけなければならない。ミラがよもや「テメェ」などと言い出したら、あまりの動揺に泣いてしまうかもしれない。可愛い一人娘には、可憐でありながらも慎ましい淑女に育ってほしい──と、そこまで考えたセナははたと気づき、隣に座るジーノを見る。


 それなら長期の留守の際に娘を彼女に預けるのは、教育上あまりよろしくないのではないか?


 その邪念を感知したジーノはひっそりとセナの足を踏みつけた。


「イッテェ!!」


「今、とても失礼なことをお考えになったようなので」


「そういうのミラに教えるなよ!?」


「貴方が不作法をしなければいいのです」


「アアン!?」


「もぅ! 二人とも、けんかしないでよ~」


 ぷいっとお互いにそっぽを向いてしまったジーノとセナに、ミラは呆れ顔で頬を膨らませる。彼女は「はいはい、仲良し。仲直り」と二人の手を取り握手させた。娘の手前、その手に力を込めて握ることができないセナは、力任せに掴んでくるジーノの手をブンブンと上下させて振り払う。


 本当にろくでもない女だ……と、自分の手を大事そうに抱えながらセナは思う。顔はいいが性格は最悪、と評した過去の自分は間違っていなかった。セナが恨みがましい目でジーノを睨みつけていると、奥からルーシアが重ねた箱を重たそうに持って戻ってきた。


 エースとセナは今にも転びそうな彼女から荷物をもらい、作業台の上に静かに置いた。


「ほんの一部ですが、この子たちがわたくしの作品になります」


 ルーシアは留め金を外して、順に蓋を開いていく。大小の旅行鞄のようなケースに入れられた人形は人を写実的に模したものではなく、そのリアルさをやや絵本っぽくデフォルメしたような顔立ちであった。だからといって子どものおもちゃという風ではなく、きちんと芸術作品としての美を持ち合わせている。身長は全体に人間の三分の一サイズで、模した年齢によってその大きさが異なっていた。


 艶を消した肌は淡く色づき、要所の関節には血色を表す朱が差されており、爪の先にも細かな装飾が施されている。頬はほんのりと赤く、唇も紅で強調しすぎず。うっすらと開いた口には裏から別の部品が当てられているのか、自然な歯並びをかいま見ることができた。睫毛などはまるで本物のように細くしなやかにカールしているし、眉毛も筆で一本一本丁寧に描かれていて、まさに執念を感じる出来映えであった。


「こちらの洋服なども、ご自分で作られたのでしょうか?」


 そう聞いたのはナギだった。


「いいえ、さすがにそこまでは……。王都にいらっしゃる腕のいい仕立屋さんに、こんな服を作ってほしいと希望を伝え、交渉を重ねて作っていただきましたの。お靴や髪の毛についても、ほかの職人さん方に関わってもらっていますわ。実際にわたくしが手を加えているのは、お顔や体のお化粧だけなんですの」


 しかし、作品の着想や企画、行程の管理、職人との交渉など、各部品の製作以外は全てルーシアが一人で担ったと言う。


「わたくし一人ではここまで成し遂げられなかった……皆さんのお力があってこそ完成した作品ですわね」


「素体も衣装も、かつらについても、緻密に作られておりますね。特に体の方は……肌のきめが細かく、色も自然に近い。成形もそうですが、焼きの技術は目を見張るものがあります」


 カエンもまた作品群をのぞき込み、許可を得て手に触れ、その精巧さに舌を巻く。


「ルーシア殿。貴方は化粧だけをしたとおっしゃいますが、これだけのものを企画し、方々の職人に声をかけて納得させ、見事作り上げたのは……間違いなく貴方様の才覚でありましょう」


「まぁ! 異国の紳士にほめられてしまいましたわ! とても嬉しいお言葉、ありがとうございます。いつかは全ての行程を自分でこなし、一人の子を作ってみたいとも思っていますのよ。といっても、そのためには様々な技術を習得しなければなりません……夢のまた夢ではありますが、死ぬまでに一人くらいは完成させたいと思っておりますわ!」


「是非とも見てみたいものですなぁ」


「あら、そうしたら急がないといけませんわね……!」


「そうなのですよ。私もまだまだ現役でいるつもりではありますが、年のせいか最近はあちこちガタが来ていまして。老い先短いのが残念です」


 ワハハハと笑うカエンを、ナギは少し遠慮気味に肘でつつく。


「おや? どうされました、若様?」


「言葉には神秘の力が宿ると言います。冗談なら長生きをする体で言ってくださいな」


「おっと。これは失礼いたしました」


「いえ、いいのです……。ところでルーシアさん」


「はぁい。何でしょうか?」


「そうなると今回の依頼、エースさんたちは王都の方にも赴く必要があるのでしょうか?」


「こういった持ち込みの依頼を受けることは滅多にないものでして。これまでの例であれば、わたくしの方で皆様のご要望をお聞きし、図案にまとめ、知り合いの職人に発注していましたが……そこはできる限り依頼主様の意向に沿いたいと思っております」


「依頼主、ですか……」


 ナギをはじめ、エースたちはこぞってシリウスを見た。


「大切なものだからねぇ。僕はできれば、ある程度は自分の目で見て決めたいんだけど」


「左様でございますか。うーん、そうしましたら……ご依頼の方は確かシリウス様であるとお手紙でお伺いしていましたが?」


「僕のことだね」


「そちら、お時間はおありですか?」


「あり余ってるねぇ」


「それはいいことですわ! であれば、とことん製作に関わって口を出していただきましょう」


「キミはそれでいいのかい? 煩わしかったりしない?」


「煩わしいと思うかどうかは、そちら様次第でございますわね! 少なくとも、今のわたくしはやる気満々ですので」


「アハハ! キミの言う通りだ。僕も厄介な老人にならないように気をつけなきゃ」


「いやですわ。まだ老後を心配するにはお早いでしょうに」


「あ。そう言われればそうだった」


 シリウスはとぼけたような顔をしてルーシアの笑いを誘った。ルーシアはひとしきり笑うと、机の上の作品を前にして話の核心に迫った。


「そうしましたら、わたくしの仕事はシリウス様のお眼鏡に適いましたでしょうか?」


「うん」


「そうですか……まだですか──、え?」


「僕はキミに任せようと考えているよ」


 シリウスはぴしっと人差し指でルーシアを指さし、にこりとした。


「ほ、本当に? わたくしをご指名ですの? 冗談ではなく?」


「違うよ」


「もしも冗談でしたら、わたくし貴方のことしこたま叩きますわよ?」


「本気だってば。僕はキミに依り代の製作を頼みたいの」


「し……、し……」


「し?」


「ししし師匠!! わたくしやりましたわ!! まるっと二年ぶりに一仕事もぎ取りましたわよぉぉぉ!!」


 ルーシアは途端に喜びの絶叫を上げ、客人を放り出して別の工房にすっ飛んで行った。おそらく師と仰ぐ者に報告しに行ったのだろう。今朝会うまで顔も知らなかった他人を自分の仕事場に取り残し、相当な値が付くであろう作品をそのままにして。


 猪突猛進というか、目の前のことしか見えなくなる性質であるらしい彼女は、まさしくあの妹の姉であった。


「彼女、やることめちゃくちゃで面白いねぇ~」


 シリウスはケラケラと腹を抱える。その横ではエースとジーノ、そしてセナが視線を泳がせながら、「ソウデスネ……」。か細く、食傷気味に答えたのだった。

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