19 邂逅(3)
「我はそれで構わない。一人で只々時を過ごすだけの人生は耐え難い。久方ぶりに会話をし、誰かと共にいる喜びを思い出してしまった今では、もう孤独に戻る事など出来ないだろう。
ニコラ、と呼ばれていたな。ニコラ嬢、我は汝に忠誠を誓う。決して危害を与えないと約束しよう。制約が必要であれば、魂と血に誓う。どうか、汝と共に生きる事を認めてもらえないだろうか」
先に沈黙を破ったのは、岩さんの方だった。
正直、既に私は、この岩さんに情が移っている。一人でいる事の辛さは、よく知っている。
けれど、私は本当の意味で一人ではなかったのだろう。
罵倒、イジメ、褒められた接し方ではないと思うが、確かに私は認識をされていた。謝罪する相手もいた。怒りをぶつけてくる相手もいた。そういう意味で、私は誰かと関わりを持っていたのだ。
しかし目の前の彼は、本当に誰とも関わる事なく、恐らく気の遠くなる時間を一人孤独に過ごしたのだろう。
誰からも認識される事がない日々なんて、私なら耐える事が出来ないし、そんな日々に戻す事なんて出来ない。
「汝に迷惑がかからぬよう、人の姿になる事も出来る。決して魔物とばれぬよう、人の理も学ぼう。汝に危害が及ぶ時は、この身を犠牲にしてでも守ろう。だから、どうか我を解放してもらえないだろうか」
彼が一体どのような魔物なのか、全く想像がつかない。もしかしたら、面倒な事になるかもしれない。脱走計画に綻びが出るかもしれない。
それでも、彼の人生を犠牲にして生きる選択肢なんて考えられなかった。
「私、友達もいなければ、お兄様以外に味方もいないんです。しかも、この世界では迫害対象の防御系能力者で、現在、若死に路線まっしぐらです。
一緒に来てもらっても迷惑と面倒をかけるかもしれません。いえ、絶対かけます。そんな私ですが、それでも良いと思っていただけるなら一緒に来ていただけますか?
忠誠なんて、そんな大袈裟なものではなく、初めての友人候補という形で、一緒にこの世界を楽しんでくださいますか?私も……一人は辛いです」
もう、一人ぼっちは嫌だ。一人ぼっちにさせるのも嫌だ。情以外の打算もある。けれど、それを承知の上で、良いと言ってくれるのであれば、私は彼と共にこの世界を生きてみたい。
そう思った時だ。
突然、自分の身体と岩が銀色に輝き出し、私と岩とを光が繋ぐ。
「うん。無事に契約は結ばれたようだね。ニコラちゃんの従魔としてある事を、彼が承諾したみたいだ」
その言葉が言い終わるか終わらないかのうちに、光り輝く岩に細かい亀裂が次々と走っていく。卵から雛が孵るのを見守るような気分だ。「おおおおおおおお」と聞こえてくる、彼の歓喜の声が、私の胸を不思議と熱くさせる。
出ておいで、一緒に生きよう。
早く、早く。
そう願っていると、一際大きな亀裂が縦に走る。ユックリと岩が左右に割れていく様子は、時間にして一分も過ぎていないはずなのに、その何倍もの時間が過ぎていたかのようだった。
「嗚呼、久方ぶりに陽の光を見た。草や風が身体に触れる事の、なんと気持ちの良い事か。我が神、そしてニコラ嬢。本当に心から感謝申し上げる」
銀色に輝く光が消えた後、そこには陽の光によって金色に輝く彼の姿があった。
金色に輝くオールバックの髪。意志の強そうな彫りの深い顔。筋肉のついた逞しい上半身。イケメンというよりも、男前という言葉が似合う……そんな印象だ。
そして、そんな男前が霞んでしまう程にインパクトがある、獣の下半身。
「おおっ。レオントケンタウロスとは聞いてたけど、本当に上半身が人で、下半身が獅子なんだね!」
割れた岩でも交信は可能らしく、自称デキル神様が興奮して叫んでいるが、私は想像を超えた生き物を前にして、開いた口が塞がらない。
私でも知っている魔物、半人半馬のケンタウロスが、下半身だけ獅子のものと入れ替わった……そんな魔物が、今まさに私の目の前に跪き、頭を垂れていたのだから。
切りがいいので、今回は文字数少なめ