16 部屋を捨てよ、野に出よう(3)
初めて森へ出掛けてから、半月が経った。天候にも恵まれて、ほぼ毎日森へ魔物を狩りに行っていたので、アイテムボックスには、かなりの獲物が溜まっている。
途中で、なんだかアイテムボックスが血生臭くなりそうだったので、獲物だけ別にしまえないかと考えていたら、データをフォルダ分けするみたいに、あっさりと別空間が仕分ける事も出来たので、結界師としての能力も地味にあがってきている気がする。
逃走資金も溜まるし、経験値も溜まるしで、最近は森が宝の山に見えてくるくらいだ。そして何よりも、レベルがあがってステータスが変化した事が何よりも嬉しい。
名前 : ニコラ・ヴォルフガング
種族 : 人間(転生者)
職業 : 結界師sss
LV 18
HP 90/90
MP 70000/70000
【固有スキル】結界
【派生スキル】時空間(多重)、造形、探知
【スキル】
言語理解
少し伸び悩んでいた諸々のステータスが、底上げされた事もそうだが、派生スキルが増えたのだ。
まず一つが時空間(多重)。
時空間さんも使い勝手が良いのに、その時空間さんに多重がついた。恐らくフォルダ分け出来た事で多重がついたのだろう。
食料ボックス、日用品ボックス、獲物ボックスと、現在三つのボックスにわけて使い分けている。時間経過はないとはいえ、魔物の死骸と食料品を同じ空間に入れておくのは抵抗があっただけに、地味に嬉しい。
空間スキルからスクスク育ってくれる事に感謝の気持ちでいっぱいだ。
そして二つ目が、待っていました探知スキル。
派生スキルがついていない状態の探知結界も充分仕事をしてくれていたが、レベルが18になった途端に、派生スキルに探知が加わり、予想通り個別判断が可能になったのだ。
探知できる範囲も広がり高性能化したお陰で、狩りの効率も段違いにアップした。
とはいえ、制限もある。
個別判断が可能なのは、一度私の探知結界で捕捉した事がある生き物だけのようで、人間であれば、お父様やお母様のように個人別。魔物であれば種別毎に、ホーンラビットとかフォレストフォックスなど。
一度探知したものであれば、生じた反応に意識の焦点をしぼれば、個別ないし種別名が脳内に浮かんでくるのだ。
仕組みは、よくわからないが、使えるものは使っていくスタイルなので、問題はない。
この探知スキルのおかげで、安全に効率良く魔物を狩る事ができ、アイテムボックスにはホーンラビットがいっぱいだ。
たまに未確認の反応が出てくるが、まだ出会っていない個体とわかるだけで、安全度の度合いが違う。
死角から一撃必殺スタイルに変更はない。
「よし、それでは今日も資金稼ぎに行きますか!」
そんな感じで、半月前よりも個人能力が底上げされたので、今日はまだ訪れていない、森の西部へ向かう予定だ。
北部や東部に比べて、やや魔物の強さがあがるらしいが、それだけに買取金額も高い。
とりあえず探知結界をフルに使って、危なそうなら戻れば良いだろうと、今日はいつもと違うコースを狩場にしてみようと思いついたのだ。
いつものように、結界で道を作り、塀の外に降りる。
森の西部に向けて探知結界をはるが、今のところは、ホーンラビットしか探知に引っかからない。
小さな虫型の魔物も探知に引っかかってはいるが、こちらは需要が無いので無視だ。とりあえずホーンラビットを狩りながら西部へ向かう。
「うん。見たことのない魔物も多いけど、まだ攻撃結界が通用する範囲だわ」
森の中を進むと、犬の魔物や大きな蛙の魔物を見付けたが、どれも大した脅威にはならなかった。
さすがに犬というか、遠くにいても臭いで気が付かれて、三匹に囲まれた時はヒヤリとしたが、一斉に襲ってくる犬の魔物に対して防御結界をイガグリ状に張って守ったところ、自爆して三匹とも串刺しになって生き絶えた。
その惨状にだいぶメンタルを削られたが、丁重に獲物ボックスへと収納させていただいた。
「イガグリ結界は、もう少しトゲを減らすとかしないとグロテスクだし、素材も穴だらけになっちゃうわね。うぅ、少し気分が悪い気がする。
やっぱり、気が付かれずに死角から一撃作戦が一番。私の体臭が外に漏れないように結界に設定を与えられれば、少なくとも臭いでバレる事はないかしら。犬や狼系の魔物対策として、次の課題ね」
最早、魔物を倒す事に罪悪感はないが、視界いっぱいに血が飛び散るのは、見ていて気持ちいいものではない。
気分直しに水を口に含み、気持ちを切り替えて、私は次のターゲットを探す。
とりあえず、犬の攻略法は浮かんだが、能力の方が追いついていないので、探知結界の端に反応している犬はパスだ。ノーモアグロテスク。
とすると犬の反対側、さらに西へ進む事になるのだが、そちらはどうかしらと探知結界を向けると、変わった反応がある事に気が付いた。
反応している熱量はとても小さい、それこそホーンラビット以下なのだが、その個体の大きさが今まで見たどの魔物よりも大きいのだ。
例えるなら、牛を更にふた回りほど大きくしたくらいの大きさ。
パッと考えられるのは、強い魔物が弱って今にも死にかけている可能性。恐らく元気な時は、体の大きさにあった熱量だったのだろう。
それでなければ、図体は大きいが力はない魔物という事だ。余程その魔物が不味くない限り、餌として恰好の的が生存競争的に生き残れるとは思えないので、可能性としては低いと思うが。
例えば後者であれば、ホーンラビット以下の強さの魔物に脅威はない。
また前者であったとしても、最早命が尽きかけている状態だ。近くに他の魔物の反応もないし、狩れるようなら狩っておきたい。
少しでも危ないようなら、その魔物の周りに結界を張り、他の魔物に手出しされないようにしてから、また明日来てもいい。強い魔物を安全に手に入れるチャンスなんて早々ある事でもないだろう。
これは様子を見てみるだけでもありなんじゃないかしら?と、少し迷いはしたが、結局はその謎の反応を確かめる事に決めた。
「なんだか森が明るくなってきてる?」
暫く歩いていると、進むにつれて段々と視界が明るくなってきた事に気が付いた。
この森は針葉樹林が所狭しと生えている上に、今は緑生い茂る夏なので、木の高さと茂った葉に阻まれて、地表まで届く光は少ない。
まだ太陽が高い位置にある今でさえ、森の外と比べると、だいぶ暗かったはずなのだが、目標に近付くにつれて、段々と視界が明るくなってきたのだ。
木が、少なくなってきてる。
疑問が浮かべば、答えは直ぐに出た。先程まで、所狭しと生えていた木が、まばらになってきたのだ。その分、空いた隙間から、陽の光が地表を照らしている。
一歩、また一歩と進むにつれて、その光は徐々に明るさを増す。そして、目標が視認出来る範囲まで近付いた時、視界がサッとひらき、煌々とした陽の光が真上から差し込んだ。
「なにこれ、凄い……」
突然の眩い光に驚けば、その次に視界に入ってきた光景には言葉を失う。
神秘的とか、幻想的とか、月並みだがそういう言葉しか浮かばない程に、目の前の光景は現実とかけ離れていたのだ。
今まで生い茂っていた木々が、そこだけ刈り取られたかのように、円形に大地が広がっている。
その中心に、苔生した巨大な岩が鎮座し、真上から降り注ぐ太陽の光を浴びて、キラキラと輝いていたのだ。
「凄く綺麗だけど、この岩が探知結界に引っかかっていた物?大きさ的に、周りにこの岩以外一致する物はないから、多分合ってるとは思うんだけど……。
これって生き物なのかしら?それとも、この岩が特別な何かで、その何かに探知結界が反応したとか?」
恐る恐る近付いてみたが、どこからどう見ても岩であった。
もしかして、この大岩は隕石で、含まれている何かしらの成分に反応してるとか色々考えてみたが、その割には大地は綺麗に整っていて、綺麗に整えられた場所に、そっと大岩を置いたようにしか見えない。
どこか変わったところはないかしらと、大岩に触れ、確かめようとした、その時である。
「お前、どうしてここに入る事が出来た」
気のせいではない。
目の前の大岩が、私に向かって低い声で話しかけてきた。