「姉」前編
お暇つぶしにどうぞ。
「お姉ちゃんなんだから。」
その言葉が、すべてを招いてしまったのだろう。
思えば、両親も決して私を粗末に扱っていないつもりだったのだろう。
ただ、妹だからといっておさがりを着させられたり、そういった不平等をしないように注意しただけだったのだろう。
そして、姉であるから成長が早いのは当たり前なので、大丈夫だと思ったのだろう。
姉もまだ、子供であったことに気づけなかっただけで。
私はだから、両親を恨むといった感情はない。
ないのだ。
「それくらい譲ってあげなさい、お姉ちゃんなんだから。」
妹である麻里が、私のショートケーキの苺をねだった。
見れば、妹のものはすでにない。食べてしまったのだろう。
私が少し渋ったのを見て、母が言う。
私はそれに反論せず、ただ黙って麻里に苺を渡した。
途端に喜ぶ麻里に、両親は笑顔で「よかったね。」と喜ぶ。
いつもの風景だ。特に何も感じることはない。
私は苺のなくなったケーキをほおばった。
「それくらい我慢しなさい、お姉ちゃんなんだから。」
運動会で、私は少しばかり派手に転んでしまった。
騎馬戦だった。上に乗っていた私は、いささか頑張りすぎたのだ。
つい相手のハチマキを奪うのに夢中になっていて、大きく体制を崩したことに気づかず、結果、したたかに大地にたたきつけられたのだ。
このようなことは、よくある話。
麻里は不思議そうに、さすがの痛みで動けない私を見ている。
その時、母は私にこう言ったのだ。
もうすぐ麻里のお遊戯の時間だった。父はカメラを麻里に向けているだけだった。
「お留守番できるわね? お姉ちゃんなんだから。」
麻里は両親の容姿の良いところを受け継いだようで、なかなかの美少女である。(ちなみに私は両親の平凡さを受け継ぎ、美少女ではない。)
街中を両親と歩いていたところを、地方雑誌のモデルにスカウトされたらしい。
麻里をきれいに飾り立て、父と母はこう言い残し、私を置いて撮影所に向かった。
麻里は、私に「行ってきます!」と元気に笑顔で出ていった。
私はカップ麺をすすった。
「一人でも大丈夫ね! お姉ちゃんなんだから!」
麻里が熱を出した。高温だから、インフルエンザかもしれない。
両親は前日から元気のなかった麻里を心配していたが、昼になってこの様子に慌てふためいた。
急いで母がアイスノンを用意し、父が車のカギを手に、二人で麻里を病院に連れて行った。
朝から調子の悪かった私は昨日の夕食の残りを食べ、おとなしくベッドに入った。
夜、私の熱が出た。
両親は麻里の世話で大変だったらしい。どうやら麻里は心細かったようで、両親が一晩中そばにいたようだ。
そんな日々に変化が訪れたのは、私が高校に、麻里が中学に上がった時の話。
両親が新しい弟を連れてきたのだ。
「瞬よ。仲良くしなさい。」
笑顔の両親と、硬い表情の瞬。
私は中学のころから全寮制の私立に通うようになり、久しぶりに帰った我が家で目を丸くした。
だがそれは、家から公立の中学に通っている麻里も同じだったらしい。驚いた顔で瞬を見ていた。
瞬は母の姉の息子、つまり私たちのいとこ。
姉夫婦が亡くなり、その面倒を見ることとなった。
だが、名前は知っていたが、私たちは瞬と顔を合わせたこともなかった。
なぜか。それは姉夫婦が親戚付き合いがなかったからだ。
我が家もあまりある方ではないが、姉夫婦は半分駆け落ちに近かったためか、ほとんど親戚との縁を切っていたような状態だったらしい。
交流がなかったためか、どの家も扱いに困ったらしく、瞬は親戚中にたらいまわしにされていたようだ。
瞬は小学生ながらも、将来を感じさせるほどの美貌の持ち主。
それでも誰にもかたくなに心を開かない、そう、いわば孤高の美少年か。
その心をほぐし、開かせてやろうと両親は意気込んでいるのだ。
麻里は衝撃から立ち直った後、「よろしく。」と瞬に笑いかけた。
私は無感動に、それらを眺めていた。