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優しいしるし  作者: 佐久間みほ
本編
9/15

08

ネガティブ沼にようこそ

ああ、見てるのは夢なんだって漠然とわかった。


それはいつもの飲み屋でいつものメンバーでワイワイしてたまだ若かった頃。

そうそう、仲間内第一既婚者になったカズの奥さんの話で盛り上がってたときだった。

何を言ってもちゃんとノロケで返してくるカズの口の旨さは、天性の営業マンなんだろうってみんなで言ってたっけ。

居心地が良かったんだよな、あの空気感が。

誰が結婚しても、誰が付き合っても別れても、そこは変わらない空気と距離感があって、どんなに仕事が辛くても、リフレッシュできてた。

それでも仲間内で恋愛事になることはなかった。

本当に同士のような関係性だったから。


彼はどうして私に想いを伝えてくれたんだろう?

あの空気感が変わってしまうことは怖くないのだろうか?

それとも誰にも言わないつもり?

部署も変わるし、上司と部下の関係からも開放されるから?


わからない。

私は彼ではないし、私は私の気持ちに蓋をしてしまった後だったし。

蓋をする前だったらどうだったんだろう?

連休にみんなで冬の海に行ったり、夏休みをあわせてみんなでキャンプしたり、学生の延長のように楽しい時間だった。

ふとした時に見せる嬉しそうな笑顔とか、酔っ払ったときのちょっと甘える感じとか、細い体だけど意外と力持ちだったりとか。

ああ、そうだった。

小さな何かを見つけるたびに大切に記憶の箱の中に入れて蓋をしてた。

脳裏に表情を焼き付けて、形に残せないのが悔しいなって思ったっけ。

でもその記憶も引っ張り出さないと出てこなくなってきてたのかーー。


****


「ーーや、紗絢?」

「・・・ん?」


少し体をゆすられるようにして、強制的に起こされる。

頭の位置をずらし時、自分の目尻から涙が耳にツーっと落ちるのがわかった。


「どうした?」

「ん・・?ゆめみてた?」

「そっか」


言いたくないのがわかったのか、顔を隠すように頭を抱き込んでくれた。

いつもなら滑る肌がしっとりと少し湿っていた。

顔をあげて頭を見ると、若干濡れている。


「おふろ?」

「ああ、ごめん濡れたか?」

「ううん。かぜひくよ?いしゃのふようじょうってやつになっちゃうよ?」

「紗絢、まだ覚醒してないだろ?」

「ん。ねるから、はやく。」

「わかった、髪乾かしてくる。お前はねてろ」


ベッドから滑り出るように移動し、私の額にキスを残して部屋から出ていった。

先生の代わりに、先生の匂いがほのかにする枕を抱きしめ、大きく深呼吸する。


私はいったいどんな決断をすべきなのだろうか。


****


ふっと意識が鮮明になってくる。

目の前の窓から差し込む強烈な日差しで、大体の時間を把握する。

休みだからって寝すぎたかもしれない。


その後感じる違和感。


いつもなら、腰回りにある筋肉で硬い腕がない。

そっと後ろに体重を移動させても、支える胸がない。

ぱたんと仰向けになった体。

自分の右側にある場所はすでに温度を持っていなかった。


「そりゃそうだ」


大きく一つ深呼吸して体を勢いよく起こす。

時計は11時を少し過ぎていた。


寝室の扉を開けると、ソファの背中が見える。

昨日食事したダイニングテーブルには一人分の食事にラップがかかっておいてあった。


「どんだけ主婦・・・」


構いたがる人だなとは思ってたけど、単なる世話好きなのかもしれないなと、食事の隣においてあった紙を見る。


そこには、きれいな文字で簡潔に、気になる患者がいるから、少し早めに行くということと、スペアはお前が持ってろってことが書いてあった。


それを見て、思わずしゃがみ込む。

さらっとなんてことを書いてくれるんだ。


「スペアって・・なんなのほんと」


これも先生なりの意思表示なのだろう。

俺を選べっていう意思表示。


鼻の奥がツンとするような変な感覚が体を巡る。


その感覚が落ち着いて、両手で顔をパンとたたき、気合を入れる。

椅子に座り、腹ごしらえをして、お風呂に入る。

それから、この部屋にある私のものを片っ端から片付けていった。


洗ったお皿を食器棚に戻すときに目に入ったマグカップ。

ちょっと考えて、そのままにする。


ソファに座って、いつも抱えてたお気に入りのクッションを一撫でして、置きっぱなしにしていたDVDを回収する。


寝室のクローゼットにある、置きっぱなしにしていた部屋着やこの前の服も。

振り返って、さっきまで寝てたキングサイズのベッドを整える。


洗面所に行って、小さな化粧品ボトルが入っている引き出しを整理する。

歯ブラシ立てには最初から1本だけ。

お風呂から上がるときに出しておいたシャンプー類もまとめてビニール袋に入れて回収した。


部屋を全部見回して、残したものがないかを確認し、先生が書き置きしてくれた紙の余白にメモを書いた。


荷物を全部もって、玄関で靴に履き替える。

私専用のスリッパもちゃんと回収して、扉を開けた。


病院近くのタワーマンションの上階にあるこの部屋からマンションの出口までは、すべて内廊下でできている。

エントランスフロアにある彼の家のポストに、封筒に入れた鍵を入れる。

自動ドアから一歩外に出ると、この時期にしては珍しいほどの日差しがさしていた。


自分の気持ちをフラットにするための行動。

思うところはあるだろうけど、多分先生もわかってるとおもう。

スペアを置いていく時点で、きっとこういう行動にでるというのも、わかっていて置いてくれたんだと思う。


次に会うのは主治医と患者の関係ーーー。




私、夢の中って映像見ながらダラダラ考えてしまうのです。だから起きてもすごい脳内に残ってる。


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