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優しいしるし  作者: 佐久間みほ
本編
8/15

07

「ごちそうさまでした!」

「いい食べっぷりでした」

「すごい美味しかった!」

「ご満足いただけましたか?」

「うん!また作ってねー!次は和食食べたい!」

「また面倒な・・・はいはい」


イタリアンのフルコースを一気に机に並べると、流石に圧巻の量だったけど、1品ずつがあと一口食べたいっていう絶妙な量のおかげで、お腹は満たされた。


「先生、一体誰に習ったんですか?」

「ん?料理?」


洗い物を終えた後、食後のドリンクをリクエスト。

カウンターキッチンの向こうでコーヒーの準備をしている先生を見ながら、

ようやく手元に戻った携帯に手を伸ばす。


「昔の彼女に料理研究家とかいたかな・・・健兄に聞いてみよう」

「おいこら。的確に健介だしてくるな」

「え?だってどう考えてもちゃんと把握してそうじゃない?」

「まあなってこら、送るな」


携帯の電源を入れて、思わず手が止まってしまう。

チャットツールの未読件数がおかしい。

普段可動してないに等しいのに。


「見てないぞーおれはなんも見てないぞー」


思わずジトッと後ろを振り返る。


「それって俺見ちゃったんだけどっていてるのと同じってわかってる?」

「っていうかな、俺には中身みれないだろう?」


まあ確かに、プライベート設定をしてある。

どのアプリで着信があったとかプッシュ通知内容も表示だけだし、中身まではわからないけど、この並び方は異常っていうのだけはわかると思うんだ。


「まあね。電源も切ってくれてありがと」

「どういたしましてー。はいコーヒーどうぞ。牛乳半分入ってるとコーヒーとは言い難いものだけどな」

「飲めればいいのよ」

「豆挽くところから入れたコーヒーなのになぁ」


渡されたコーヒーに口をつけ、深く香りを吸い込む。


「ん。おいひ。」

「さいですか」

「ありがとう」


牛乳が半分はいってたって引き立てのコーヒーの香りは残ってる。

というか、部屋全体がコーヒー屋さんの匂いだったりするけど。

携帯を脇におき、マグカップを両手で包むように持つ。


「その癖、ほんと・・・」


ん?と先生を見ると両手を顔で覆って大きなため息をついていた。


「癖?あ、マグカップ?」

「そう、なんで両手なの?なんなのほんと」


骨ばった左手で頬杖つきながら顎で私の手元を指す。


「え、両手だめ?片手だと不安定だから、つい小さい頃からのクセで両手で持つようになっちゃってねぇ。」


コーヒーカップやティーカップは片手だけど、マグカップはなぜか昔から両手で包むようにして飲む。

それを兄たちの前でやるとうるさいから放置してたけど。


「そう言われたら、マグカップで飲み物飲むの久しぶりかも」

「そう?普段何で飲んでんだよ」

「んー会社は紙コップかペットボトルだし、家だとグラス?」

「あーおまえ、不整脈出てないか?」

「へ?」


いろいろ思い浮かべても、今の所あのときのような息苦しさとか変な動悸とかは思い当たらなかった。


「うんにゃ?不整脈がどんななのか、いまいちよくわからないけど、前みたいな苦しさとかはないよ?」

「ほんとか?」

「うん、まあ天気が崩れそうなときとかは傷跡がしくしくするときあるけど」

「・・・ならいい。ちょっとでもおかしいなと思ったら即いえよ?」


頬杖をついたまま、カップをおいて、大きな右手が頭の上を二度ほどバウンドしていく。


「ほんと、なんなの・・・」


顔が赤くなってる自覚はある。

それを見られて更に赤くなってるのも。


「なあ、紗絢」

「んー?」

「お前はいつになったら俺のものになる?」

「・・・・」


直接的な言葉は多分これが初めてで、でもなんでだろうすごく胸の奥がキュッとして泣きたくなった。


「このタイミングで泣くなよ・・・」


苦笑いしながら、浮かんだ涙を骨ばった指で器用に拭っていく。

思わずくすぐったくて、笑ってしまった。


「あのね、昨日ね・・・」

「告白でもされたか?」

「・・・やっぱり盗聴器仕込んでるでしょ」

「ばあか。んなわけあるか。このタイミングで話そうって思ったらそういうことだろう?」


苦笑いを浮かべながらも、話を促される。


「まあ、はい。思わぬ感じで」

「で?」

「とても悩んでます」

「それは俺との関係もあってだろう?」

「・・・うぅ」


なんでもお見通しなのに、なんでそんな優しい目で見てくれるんだろう。

この人はわかってるのかな?

いま多分ものすごい数の女性をメロメロにさせるぐらいに優しい顔してることを。


「ねえ、先生?」

「ん?」

「一筆書いてほしいんだけど」

「なんだ婚姻届か?いいぞ?」

「なんでよ!っていうかええええええ!」


いきなり出てきた「婚姻届」という耳慣れない単語に思わず身を引いてしまった。


「なんだよ、俺はそのつもりだけど?お互いそれなりに適齢期だろう?」

「いや私若干すぎてるけど、ってそうじゃなくて!診断書的なのを書いてほしいの!」

「・・・なんで」


診断書という言葉を聞いた瞬間に、目が医者の目に変わった。

今は主治医と患者の関係。

少しだけ、ほんのすこしだけホッとした。


「先生にお世話になる前の部署の上司から、戻って手伝ってほしいってオファー受けたの」

「は?」

「でも、以前より体にかかる負担は少ないと・・・思う、多分、そう願いたい」

「なんだそれ」


言い切れないのが辛い。


「仕事内容は前のと違う。これはちゃんと確認した。ただ・・」

「ただ?」

「前の仕事の上の立ち位置なんだよね・・・」

「おまっそれは・・」


大きくため息をつき、オフのときは何もつけていないサラサラな髪をガシガシとかき乱す。


「話はわかった。で、紗絢はそれをどうしてもやりたいわけな?」

「はい」

「会社から、また倒れられたら困るから、医者の承諾書をもらってこいとか言われたんだろう?」

「そのとおりです」

「はぁぁぁぁぁ。一個人としては書いてやりたいと思う。紗絢が頑張りたいと思ってることも、前の仕事に未練があることも頑張ってたってことも知ってるしな。ただな、主治医としては今すぐの判断はできない。ひとまずこの前の結果数値を見てからになるな」

「・・・わかった」


すんなりもらえるとは思ってなかったし、きっと無理だろうなとも。

それでも、ちゃんと私の気持ちは理解してるということを言葉で伝えてくれたのが嬉しかった。

頭ごなしに無理だと言われると思っていたから。



骨ばった手で頬杖とか頭ポンポンとかマグカップ両手でもつとか、詰め込みすぎた感。

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