03
「なんでそんな嬉しそうなの」
『ん?うれしいから?』
会社携帯に知らない番号からかかってきてたのに気づいたのは長丁場のミーティングのあと。
取引先からだとまずいので、会議室からの戻りに折り返しをしてみたら、先生だった。
「もしもし?お電話を頂いていたようなのですが」
『あ、紗絢?』
「せん・・・!?」
『携帯、忘れてっただろー』
「あ、え、うん?なんでこの番号?」
『忘れてった携帯が鳴ったら、会社携帯って表示で電話があったから、かけてみた』
「いやうん、確かに出たらいいなぁと思って電話かけたけど」
『流石にでれないだろー』
「たしかに。っていうかなんでそんな嬉しそうなの」
『ん?うれしいから?』
「なんで」
『電話で話したの、これが初めてだぞー。嬉しくないわけ無いだろ』
「青春か!」
思わず突っ込んでしまったら、電話の向こうでゲラゲラ笑っていた。
人数は少ないにしても、人通りのある会社の廊下では誰に見られるかわからない・・・と目線をドアに向けたら、こちらを見ていた彼と目があった。
勢いでごめんと手を上げると、口だけで「だいじょうぶ」と笑ってドアに消えていく彼。
まさか一番見られたくない人に見られていたとは・・・。
はあ、とため息を付き携帯をピックアップする算段を立てる。
「とりあえず、今その携帯ってどこにある?」
『俺んち』
「まじか・・・。先生今日の勤務は?」
『残念なことに当直なんだよねーそしてすでに出勤済み』
「まーじーかー」
『幸いなことに、康介が俺の自宅による予定がある』
「いややめようそれ」
『そうか?』
「目に浮かぶ。なんでここにさあちゃんの携帯があるの!って喚いている姿が」
『ははは、たしかにな!俺殺されるかも』
「やるのはきっと健兄だよそれ」
『たしかに必殺仕事人だもんなー。』
「もう今日明日は諦める。さして連絡来ないだろうし。帰ってからでいいから電源落としておいてもらってもいい?」
『どうすんだ?』
「今日当直ってことは明日休みでしょ?帰りに取りに行く」
『それなら迎えいくわ。終わるの何時だっけ?』
「19時定時だけど、時間わかんないから」
『だめ。明日くらい定時で上がれ。いいな?』
「いやせめて20時で!」
『19時半』
「・・・・わかった」
先生のゴリ押しで明日の退社時間というお持ち帰り時間が決められてしまった。
『んじゃ、俺これからオペだから。タイミング良かったなーじゃあなー』
「あ、うん忙しいのにごめん。明日よろしく」
って言ってる間に電話切るとかどうなの!って会社携帯を睨みつけてもどうにもならない。
明日のことは明日のこと。
とりあえず会議を入れられないように19時からブロックしなきゃ、と席に戻ってやることリストに追加した。
****
「さっき、廊下で「青春か!」って突っ込んでませんでした?」
ニヤニヤした顔で椅子ごと移動してくるのは、新卒から3年目のゴシップ大好きガール。
「あーうるさかった?ごめん」
「いえいえー。喜沢さんがあんなおっきな声で突っ込むのって初めてみたかもーっておもってー。彼氏さんですか?」
「そう?テンポよく会話してくれたらいくらでもノリツッコミするよ?」
苦笑いしつつ、手は動かしつつ、適当に答えたら、声が降ってきた。
「ほんとですか?じゃ、おれも喜沢さんにノリツッコミしてもらえるかな」
「いや無理だろ」
「ってお前にノリツッコミしてもらってもうれしくねえ!」
3年目トリオ。
まあこの3人も仲がいい。同期ってやっぱり絆が強いものなのかもしれない。
「ほら、そこの3人、仕事してねー」
ミーティング終わりなのか、パソコンを小脇に抱えた彼が通りすがりに声をかけてきた。
声の主に目をやると、目線で近くのミーティングルームに来いと言われる。
小さく頷き、手元の資料をまとめながら、パソコンのコードを引っこ抜く。
「ほらほら、仕事したまえ君たち。まずはそこからだ」
「やばい喜沢さんかっこいい・・・」
男が混じってても姦しいって言うのかしら、とかぼんやり考えながら呼び出されたミーティングルームに向かった。
西日が差し込む少し眩しいそこは、だだっ広く取られた業務フロアの窓側にずらっと作られた個室の一つ。
6名強が入れるちょうどいい部屋だった。
使い勝手のなれたそこに入ると、彼はすでに別の仕事をしていたようで、眉間にシワを寄せつつキーボードを叩いていた。
「おつかれさまー」
「おつー。んーちょっとまって、これだけメール送りたい!」
「どうぞどうぞごゆっくり」
持っていたパソコンをテーブルの上に置き、パチパチとキーを叩く彼の後ろ側に周り、ブラインドを調節する。
「眩しいなあと思ったけどそれかぁー。ありがと・・・っと送った。よしじゃお話しましょうか」
そう言うと、彼はパソコンをパタンと閉じてしまった。
「さーちゃん最近体調どう?」
「体調?あー昨日ちょっと説教された感じではあるけど、自覚なしなところを説教されたから大丈夫じゃない?」
「それ大丈夫じゃないでしょ」
苦笑しながら困った顔を浮かべる彼の後ろから、ブラインドの隙間の西日があたる。
「まあ・・でも今の所すぐ入院とかそういう感じじゃないから大丈夫だと思うけど、なんかあった?」
「んー・・」
パソコンの上で指を組んで、一息すると言いづらそうに言葉をこぼした。
「実はね、前の部署から打診が来てるんだ」
「・・・打診?」
「そう、ラストスパートまであと少し、手伝ってほしいって」
「手伝いって・・・」
「プロジェクト、あとちょっとでゴールじゃん。やっぱり立ち上げからやってたさーちゃんに携わってほしいところがあるんだってさ」
「え、でも立井さんにちゃんと引き継ぎしたよ?」
「あ、引き継ぎが不十分とかじゃなくて」
「んんん?」
話をまとめると、立ち上げメンバーでずっと走ってきた私が倒れ、一度はプロジェクトの進行に待ったがかかった。
ただ、そこそこ大きめのプロジェクトであったことと、他部署や他社などもすでに絡んでいた状況を鑑みて、スピードを落としてでもゴールさせるために現在動いている。
が、どうしても全体を把握していて、かつ決定権を持つ人間が足りなく、このままだとゴール時期を変更しなければならなくなっているという。
「その時期になると、あそこが別件入ってるから動けなくなるっていわれたからあのゴール時期だったはず・・・」
「そう、だから半年間だけでもヘルプで入ってもらえないかっていわれてね」
そう、他社のうちの一つが動けなくなるからという理由で決め直したゴール。
他の競合他社を調べてみたけど、クオリティが担保できない。
そこがいないとプロジェクトが完成しないからどうしてもってなったはず。
なるほどね・・・。
「半年かー」
「返事は・・」
彼の言葉を遮るように、「今やってる仕事どうすればいい?」と伝えた。
私の中ではもう決まったことだった。
体を壊して何が悔しかったかって、愛着を持って、熱をもって携わっていたプロジェクトから外されることだった。
自己管理ができていないというレベルのことではなかった分、周りからは体を心配される言葉や同情の眼差しをもらったが、やはり悔しい以外ない。
ある意味不完全燃焼の状態で今の部署に来たため、燻っている状態を均すのに時間がかかったのも事実。
ようやく最近、冷静にプロジェクトの進行具合を人づてに聞ける状態になっていたのだ。
そこに再チャレンジの席を貰えるという話。
あのときの熱量に持っていけるかの不安よりも、走り抜きたいという気持ちのほうが強かった。
「さーちゃん、半年だけど大丈夫なの?」
「半年って決められてるっていうのもそうだけど、何よりやりたいし、求めてもらえたことが嬉しい。」
「・・・そっか」
彼が、今現在の仕事よりも私の体を心配してくれているのは十分にわかる。
いつもニコニコして、物腰柔らかく、人当たりもいい彼は、よく見ると何を考えているかわからなくなる闇を抱えていると思う。
勝手な印象だけど。
それに気づいて、どうアプローチしたらいいのかがわからなくて、時間だけが過ぎていったのだ。
だけど、長い間仲間として時間を過ごしていた分、彼の優しさはわかる。
「さーちゃんの気持ちはわかった。ただ、会社としては勤務が可能かどうかの判断が難しいんだ」
「あ、あれか、医者からの書類がほしいってことか」
「うん、もらってこれるかな?」
「あーちょうど明日会うから、聞いてみる。っていうか無理やり書かせる」
「無理やりって」
苦笑を浮かべながら、じゃあよろしくね、と腰を上げてパソコンに手をかけると「そうだ、今日夜あいてる?」と聞かれた。
「今日?うん、特に予定はないよ?家帰って洗濯するくらいかな」
「じゃあちょっとご飯、いかない?」
「うん、いいよー」
もう、その時は脳内で20時に上がるための仕事の算段をつけ始めていた私は、彼の表情には気づけていなかった。
先生が可愛すぎて辛い