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優しいしるし  作者: 佐久間みほ
本編
3/15

02

昨日のお寿司は美味しかった。

やっぱり美味しいものは他人のお金で食べるべきだと思う、うん。

そんなことを思いながら、顔を上げる。


寝ててもイケメンはイケメンなんだな。腹立つくらいには。

さすが外科医だけあって良い筋肉ついてる、とむき出しの肩と腕を見る。

あのスクラブからもわかる、今目の前にあるこの胸筋たまらないんだよなぁ。

なんて考えてたら、頭上から腰に来る寝起きの少しかすれた声で「おはよ」といわれた。

・・・なにここ天国なの地獄なの?


「・・・おはよ」

「紗絢はほんと、俺の筋肉すきね」

「うん、好き。筋肉ラブ」

「筋肉だけ?」

「骨格も好きよ?」

「そこじゃねー・・・」

「スクラブ越しの背中とか抱きつきたいし、鎖骨とかすんすんしたい!」

「すんすんって・・・ところで今何時?」


半分まだ眠ってる状態の先生越しに壁掛け時計を見る。


「7時ちょい前」

「いい時間だな、起きるか」

「先生まだ寝てて大丈夫なんじゃないの?」

「・・・送らせてくれないわけ?」

「どこに?」

「会社」

「・・・馬鹿なの?」


思わず冷たい目線と低い声が出てしまった。

いや馬鹿でしょう?会社とか何考えてるの。


「紗絢が冷たい」

「いやだって、うち始業10時だし、一回家帰って着替えたいしなんで会社?せめて家じゃない?」

「じゃ、家」

「やだ」

「ほら、紗絢は絶対家まで送らせてくれないじゃん」


当たり前じゃない。だって付き合ってるわけじゃないんだよ?なんて言えるわけない。

まるで付き合ってよって言ってるのと同じだから。

私に心がない状態でそれをいうのはルール違反だ。


「わかったわかった」


頭を抱きかかえるように抱きしめ、おでこにキスを落としてくれるこの人は、温かい心を持った人だ。

思いをこんな私に端々で伝えてくれる。

主治医と患者になる前から、私が人恋しくなるタイミングを見計らって、大きな体で優しく抱きしめてくれる。

泣きたくなるくらいに、優しく。

それが逆に残酷で、抜けられない沼のようで。

多分きっと、なにかきっかけがあれば頭の天辺まで浸かれるくらいには、存在が大きすぎる。

男性にしては少し高めの体温を分け与えてくれる胸に擦り寄り、涙をこらえた。

それでも気づかれてしまったのか、強く抱きしめられる。


「好きなだけすんすんしとけー」

「・・・バカっ」


この人の手によってつけられた痕が、少しだけ疼いた。


****


朝の挨拶が飛び交う時間。

早めに出社して、昨日の残処理をこなし、買ってきた梅のおにぎりを食べて、いつもの薬を飲む。

いつもと変わらない朝。

ただちょっと違うのは、なんでか、今日は先生に押し切られ、先生の家に置きっぱなしにしてた洋服で出社させられたこと。

しかも送迎付きで。

いや、別に洋服はフリースタイルな上場IT企業なので、ジーンズにスニーカーでも怒られない。

なんだったら社長は短パン・アロハシャツにビーサンだったこともある。

たまたま置きっぱなしにしてた洋服も若干部屋着感あるけど、なぜか先生にこれ着てけと渡されたデニム生地のYシャツ。

それを羽織るだけでおしゃれに見えるのがまた、イケメンくそっと悪態ついて笑われるくらいにはマッチしてた。

車の中でも、医者はみんな外車なのか!国産もいい車あるよ!とずっと助手席で言ってたけど、あの人鼻歌歌ってたわ。

早い時間だから、ほとんど人の出入りがないビルの前で別れ、ビル下に入ってるコンビニでおにぎりを買って、エレベーターホールに向かうと、年下上司がいた。


「さーちゃんおはよ」

「おはよー。今日は早いね」

「そう?いつもこれくらいだよ?」

「そう?」


エレベータホールはふたりだけで、6機あるエレベータはなかなか来ない。

会話が途切れるなと思ったら、「そういえば」と続けられた。


「ん?」

「今朝の人って、お兄さん?」

「んん?」


そっか、見られたか。そう思ったらまたカチリと鍵がかかった。

平静を装うってこんなに難しいことだったかと、1年前の自分に問いたい。

でも同時に、ああ好きってこういうことだったなって思い出す自分もいる。


「車、あれさーちゃんじゃなかった?」

「ああ。兄関係」

「そうなんだ」

「うん、そうなの」


この話はおしまい、とエレベータが軽い音を立てて開く。

上昇する機械音しか響かない個室に二人きり。

ほんの数ヶ月前だったら、きっと狂喜乱舞してただろうなぁとか考えられるくらいには心が凪いている。

だからか、いらないことを言ってしまったことに気づかなかった。


「なんで医者はみんな外車なんだとおもう?」

「なに、急に」

「いや、兄も外車だからさぁ」

「あぁ、今朝の人、お医者さんなんだ」

「うん、兄の知り合いはだいたい医療関係者だしね」

「そっか」

「ああでも・・・ハイブリットとか乗られるとそれはそれで気配ないところとかそのままで気持ち悪いからある意味外車が正解なのかも・・・」


ふと、思ったことを口にだしてしまったら、ふふふと笑われた。


「なにそれ、面白い考察だね」


エレベーターは降りる階に到着し、社員証で解錠し、オフィスに入る。

オープンオフィスには、まばらに人が出勤していて、すでに空気は動いていた。


「いやだって、外科医ってさ、すっと後ろにいたりするから怖いんだよね。救急医もだけど」

「そんなもん?」

「家にいるとほんと怖いよ、びっくりする」

「それ医者になる前からじゃないの?」

「・・・たしかにそうかも。双子だから特にそうかも」

「さーちゃんのお兄さん、双子なの?」

「うん、あれ言ってなかったっけ?」

「初耳。どちらもお医者さんなのかー」

「そう。小児科医と救急医。」

「ふーん・・・小児科医と救急医、ね」


ちょうど、席が分かれる分岐点。

「じゃ!」と考えもなく自席に向かう私の背中を、見られてることにも気づかず。



おにぎりを食べ、薬を飲み、一息つくと携帯を取り出そうとしてカバンを探る。


「あああ・・・忘れてきた・・・」


思わずデスクに額をゴンとぶつけたためか、「どうしたん?」と通りすがりの彼に声をかけられた。


「自分の携帯、忘れてきた・・・。まいっか。会社携帯もタブレットもあるからなんとかなるでしょ」

「大丈夫?緊急で連絡とか来ない?」

「いや、緊急だったら来るかどうかわからないから」

「たしかにそうだ」


あははとお互い笑い、ひとまずメールで連絡取るように伝えるからと話を終わらせた。

多分、間違いなく先生の家のベッド脇に置きっぱなしにしてるはず。

はぁ・・とため息を付き、会社携帯を握りしめた。


胸筋、いいっすよね・・かすれ声、いいっすよね・・・(煩悩のまま書いた前半)さて、年下上司のターンです。

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