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優しいしるし  作者: 佐久間みほ
本編
12/15

11

番号を呼ばれて診察室に入ると、黒のスクラブの上に白衣を羽織った先生が紙に何かを書いていた。


「こんにちわー」

「お。きたな」


紙から目を外さずに返事をされて、違和感を感じる。

思わず同じ空間にいるもうひとりの吉澤さんに目を向けると、苦笑いされた。


「先生?」

「んーちょっとまて」

「待つけど・・」


よしできた、と書き上げた書類を吉澤さんに渡して、事務局に回すように伝えた。


「さて、検査結果。」

「はい」

「数値はまあ許容範囲だったから、今の所薬とかも変わらずってところかな」

「経過観察ってやつですかね?」

「そうだな」

「先生?」

「ん?」


「こっち見て。子供か。こっちみてちゃんといって」


ずっとパソコンを見てる先生に、焦らしたように私が先生の腕を握ってこちらを向かせる。

思わずムッとしてると、


「お前のが子供だ、ばーか」

「ひどい」


奥のカーテンから、事務局から戻ってきた吉澤さんがくすくす笑っていた。


「昨日、喜沢さんの上司って人が来たのよ」

「上司?」

「そう、しかも時間差で2人。どっちがホントの上司?」

「二人?!」

「一人は人の上に立つのが定めって感じの人で、もうひとりは若いこだったわ」


衝撃の事実を言われて、思わず呼吸を止めていると、先生に「息しろー」と言われる。


「どっちも上司っていうか、最初の人が元上司でこれからの上司になるかもしれないひとで、若い方が今の上司ですね。たぶん。何しに来たんだ・・・」


剛健さんはなんとなくわかるけど、なんで彼が?


「お前の体調の確認だよ」

「え?」

「元上司の方は、普段なにに気をつけてやればいいか、どういう症状が出たらやばいか、応急処置はどうしたらいいか。熱心に聞かれていったわ。」

「受け入れ準備完全にしてやらんと、承諾してもらえないでしょう?って熱い人だな、その上司」

「うん、だからあの人の下で働きたいって気持ちがどうしてもあって・・・」

「さっきの書類、会計で受け取って。数値も今の所は大丈夫そうだったし、会社の理解もあるならいいぞ」

「・・・ほんとに?!」


思わず先生を凝視してしまったけど、それだけ嬉しかった。


「ああ、思う存分頑張ってこい」

「先生ありがとー!!!今すごいハグしたい!」

「お!するか?」

「しないよ、大人ですから!」

「ムキになってる時点で子供だ、こども。」

「で、もうひとりも健康状態の確認?」


思わず確認すると、吉澤さんが苦笑いを浮かべる。


「あれは、ちょっと違うかな?会いに来たのは会いに来たんだけど、ここじゃなくて駐車場スペースでばったりって言ったほうがいいですかね?先生」

「あー、うんそうね、そうね。もういいよその話は」

「え、お二人でうちの上司にばったりあったってことですよね?駐車場で」

「そうなの。ちょっと用事があってね、乗せてもらって出勤したのよ」

「そうなんですかー。何という上司の間男感」

「あはは。まあ傍からみたらそうなるのかしらね?先生めちゃめちゃ睨まれてたから余計にそう見えたかも」

「へー・・・」


吉澤さんを車に乗せて一緒に出勤か。

まあそういうことなのかもしれない。

先生の顔は派手だし、一度みたら忘れられないくらいには記憶に残るから、彼にもわかったんだろう。

吉澤さんも美人さんだし、お似合いだろうなあ。

そんなことを考えてたらキュっと胸の奥が締め付けられた。


「はい、もういいから。今日の診察はこれで終わり!」

「せんせー照れ隠しですかー?」

「おま・・・お前がそれをいうな」


ここが病院で診察室だから、こんなこと言うのに。

思わずムッとしてしまう。


「次はいつ来ればいいですか」

「来月だな。でも予定わからんだろう?」

「そうですね、場合によってはもう新しい部署でバリバリ仕事してると思います」

「じゃあ無理やりでも越させないとダメだな」

「なんで?」

「絶対数値悪くなってるからだ、バカ」


パソコンで予約状況を確認してる先生が、手をとめて呆れた声で怒る。

まあ、間違いないと思います。そうなってる自信があるのはどうかと思うけど。


「予定分かり次第、また連絡します」

「そうして。んじゃ帰りに書類もらうの忘れないでな」

「はい、ありがとうございました」

「はーいおだいじにー」


診察室をでて、会計に向かう道すがら、いろいろ考える。

剛健さんの何とかするっていう言葉と、行動してくれるフットワークの軽さ。

そして自分への期待。感謝。それに対する自分の力不足からくる不安。

期待に答えられるように頑張らなきゃ、と腹をくくる。


そして彼がなぜこの病院に足を運んだのか。

話した内容はわからない。

まだ彼と話す前のことだし、なおのことだ。

でも、彼が昨日言っていた『支え』が、先生だって言いたいのかもしれないなとふと思った。


会計を終わらせ、封筒を受け取り、病院の外にでる。

日が落ちるのも早いこの季節は、外もだいぶ気温が下がっている。

バスの時間を確認すると、流石に本数が少ない。

時間を確認しようと、携帯の電源を入れると、未読のメッセンジャー表示があった。

アプリを開くと、先生からだった。


ーーー駐車場で待ってて


表示は10分前。

診察が終わってからすぐ入れたんだろうなと、推測できた。

バスも出たばかりで待つので、少し歩いて駐車場に移動することにした。


駐車場は似たような車がズラッと並んでる。

もちろん、職員用の駐車場なので、関係者だらけだ。

いつも止めている場所なんて知らないし、似たような車がいっぱいあるなかで、先生のそれを見つけるのは至難の業。


ーーー駐車場ついた

ーーー今向かってる


メッセンジャーで送ると、速攻で返信があった。

そして、職員用の扉から、先生が私服で出てくるのを見つける。

そしてその後に続く吉澤さんの姿。


「・・・そういうこと」


少し、本当に少し期待してたのに。

やっぱ外科医はモテんだろうな。

しかも心臓外科医とかって脳外と同じレベルでモテそう。勝手なイメージだけどね。

思わずその場でしゃがみこんで、先生達がこちらに来るのを観察していた。


「だから俺に言われてもだなってあいつどこ行った」

「どなたかと待ち合わせですか?」

「ああ・・・いた。何しゃがんでんだ。待たせすぎたか?すまん」


死角になる場所にいたのに、見つけられて、目の前にしゃがみこまれた。

それに普通に心配してくれる。

もう訳がわからなかった。


「喜沢さん?」

「お疲れ様です、吉澤さん」

「ごめんね、ちょっとだけ先生借りてもいい?」

「だから、俺を巻き込むなっての!」

「一言、一言だけでいいので!」

「やだよ!」


なんだかよくわからないけど、目の前でちょっとした修羅場になってて・・・


「あのー・・せんせ?とりあえず寒いんで車のキー。あと車どこ」

「ああ、気が回んなくてごめん。和心(なごみ)はちょっとまってなさい」

「先生、ここ病院です」

「あーもうめんどくせえな!吉澤さんはそこでステイ!わかった?・・紗絢こっち」


腕を取られて急に立ち上がったからか、めまいがすごかった。


「せんせ、ちょっとまって・・ちょっとだけまって・・・」

「どうしたってあーごめん貧血か・・っとこれでどうだ」

「ってなんでこうなった」

「こうすれば早く移動できる」

「せめてお姫様抱っこが良かったなあ・・・」

「ーーーーーーーーーーー」


目を瞑ってめまいをやり過ごしてると、絶句する内容をつぶやかれた。

車の助手席に放り込まれて、車の中から先生の背中を見ることなく悶てた私、悪くないと思う。


抱き上げられた状態で、耳の近くには先生の顔。


ーーーおとなしくしてればいつでもしてやるよ


ってあの声で言われてご覧よ。

腰が抜けた状態なのもバレバレだったようで、地上に足をつける間もなく助手席に放り込まれたのでした。

いい年して恥ずかしすぎる。


しかし、先生が吉澤さんを下の名前で呼ぶくらいには関係性があるってことだろうな。

もしかして、イタリアン教えたのって吉澤さんなんじゃないか・・・

なんてことを若干冷静を取り戻した頭で考えてたら、二人で戻ってきた。


最後の最後に願望を入れてくる私

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