09
週明け、いつものように自席でおにぎりを頬張り、週末も飛び交っていたメールを確認する。
今日の仕事のスケジュールを社内ツールで確認し、ミーティングの時間と移動の時間を計算し、残りの時間で仕事の割り振りをする。
マルチタスクは得意だけど、以前よりスピードが落ちたなと思ったからこその追い込み。
そうじゃないと、戻ったときの負担がすごいことになるとわかっているから。
「おはよ」
ふと後ろから声をかけられて、振り向くと彼が居た。
「おはよー。例の紙、今週の病院のときになる。まだ確約できなさそうなんだけど・・」
周りにまだ人が居ないのをちゃんと確認して、診断書の進捗状況をつたえた。
「わかったー。じゃあこっちから連絡入れておくね」
「うん、よろしく。私からも剛健さんに入れておくけど」
「おっけー」
その後も湧き出るように執務室の入り口から人が入ってくる。
いつもの朝だ。
****
ミーティングを3本終わらすと、だいたい遅いランチ時間になる。
今日はゆっくりする時間がないと思ってたけど、これなら外で一息つけるかもしれないと、誰かに捕まる前に財布と携帯を小さなバックに入れてビルから飛び出した。
お気に入りのカフェに行き、お気に入りのサンドイッチとアイスティーを頼む。
顔なじみの店員さんと軽く会話をして、簡単に食事を済ませた。
お皿をテーブルの向う側に起き、ソファの背もたれに体を預けて携帯を手にする。
携帯のロック画面に出てるのはアプリやニュースのプッシュ通知だけ。
メッセンジャーやチャットツールの未読通知はない。
自分で選択したことを後悔することはよくある。
これでよかったのだろうか、ああすればよかったんじゃないか、やめておけばよかった。
でも、もうすでにそれはやってしまったこと。
過去は変えられない。
それは倒れたときに嫌という程理解したはずなのに、それでも振り返ってしまう。
ストローを無意味に動かし、氷がグラスに当たる音をなんとなしに聞いていた。
「やっぱここにいた」
上から降るように聞こえた声に顔を上げると、彼がいた。
「あれ?今お昼?」
「というか、今ようやく戻り」
「あー今日外出だったのかー」
そういえばそんなこと朝会で言ってたなと思い出す。
「そーだよー。すいません、カレーください」
「またカレー?辛いのだめでしょ?」
「いやなんか、さーちゃんの顔みるとカレー食べなきゃいけない気に・・」
「わー意味わからないーしかもナチュラルに同席してるしー」
「え、あ、ダメだった?」
「いや?大丈夫よ。でも私先戻るよ?」
「え、一緒に戻ろうよ。マッハで食べるから」
「あと15分ですが」
「この後ミーティング?」
「そー。剛健さんにさっきしれっと入れられてた」
「あー・・うん、了解。どうぞお先に。」
剛健さんが苦手なのか、すごい苦い顔をしてどうぞどうぞとドアへ手を向けられた。
そんなに?!なんて笑いながら話せてる。
別に変に意識をすることもないし、居心地がいい。
あの夢を見たからなのかもしれないなと、ふと思った。
「なんかさーちゃんいいことあった?」
「へ?特には。普通の毎日ですよ?」
「そう?なんか穏やかな顔してるなって思って」
「なにそのおばあちゃん感」
「あー縁側でお茶すする感じ?」
「どんなだよー!」
小さなノリツッコミも、コミュニケーションの一つだし、気心知れたテンポは心地いい。
それからも、取るに足らない雑談をしていた。
「さ、そんなおばあちゃんは、鬼にしごかれてきますよ」
ちょうどカレーが運ばれてきたタイミングで、席を立つ。
先に運ばれていたセットの小さいサラダをもぐもぐしながら、顔を上げる彼に、ゆっくり食べなさいという。
空いてる片手でかるく手をあげた彼に、同じ動作で返事をし、会計を済ませて外に出た。
****
「喜沢、診断書どうなった?」
ミーティングルームに入るやいなや、声をかけてきたのは剛健さん。
そんな剛健さんに心の中で苦笑しつつ、テーブルにPCを置き、席に座る。
「それが、まだ検査結果を見てからと言われてまして」
「そうか、それいつだ?」
「明後日の水曜に行ってきます」
「なるほどな。なんだったら俺が相手と話してもいいぞ?」
「相手って主治医ですか?」
「おお、説得してやる」
「いや、それはやめたほうがいいかと。多分絶対出さないと思います」
「そうか?まあ、どうしてもダメそうだったらいえ。なんとかする」
言葉だけ聞けば、軽く感じるけど、これもまた剛健さんの部下への愛情でもあるんだよなぁ。と思ったら、ああやっぱりこの人の下で働きたいという気持ちが強くなった。
それからは、もう異動することが決まった状態の話しをされて、若干の戸惑いと心を揺すぶられる熱量に圧倒された1時間だった。
自席に戻って、思わず席に座るときに大きなため息をついてしまう。
予定は流石に公にできないので鍵がかかっている表示で、周りの人たちには「予定あり」としか表示されない。
だから、この疲れ切った状態が不思議でしかたなかったのだろう。
「喜沢さん、めっちゃ疲れてますけどー、飴ちゃんたべます?」
「ありがと。大丈夫」
「まこ様から無茶振りでもされたんですか?」
「・・・まこ様?」
「あ、まねーじゃーさまです」
確かに名前は真だけど、仲間内はみんな「しん」って読んでたから全然ピンとこなかった。
まこ・・・様ねぇ?
「なぜにまこ様?」
「いやなんか、私の同期はみんなそう呼んでて?」
「ふーん?」
「内緒ですよ?同期の女子達の憧れなんですよ。私は実態を知ってるので違いますけど」
「憧れ。実態。」
「いやだって、傍からみたら、線は細いけど背が高くて顔が小さくてサラサラの髪でいつも優しい笑顔だし、業務で話してても優しくてわからないことは教えてくれてめっちゃイケメンじゃないですか!」
「ほう・・・?」
「一緒に仕事して、評価受ける側にたつと一切幻想なんて抱かないですけどー!」
「幻想っておもしろいねぇ。なるほどねー。考えたこともなかった」
「喜沢さん、まこ様と同期でしたっけ?」
「んー私は中途だから同期ではないねー。年齢も違うし。」
「え。てっきり同期かと思ってましたっていうかみんなそう思ってるかも」
「そうなの?」
「いやだって、普通の雑談とかの雰囲気とか、完全に同期で仲良しな空気ですよ!あ、さっき同期から写真おくられてきたんですよー」
そう言って彼女が出してきた写真は、ついさっきのカフェで爆笑してる私と彼が写っていた。
「ほらーこれなんて完全にカレカノの雰囲気じゃないですかー。だから同期の中では付き合ってんのかどうなのかっていうのが最近特に話題に登ってます。が!」
「が?」
「先週、喜沢さんがめっちゃイケメンの車に乗り込む姿を激写した同期がおりまして。実のところどうなんですか?!」
「・・・・ほんとゴシップお好きねぇ」
勢いに負けて、若干引き気味でつい言ったら、後ろからまた違う声がかかった。
「ほんとにねぇ」
その声にビクッとしたのは目の前ではしゃいでいた後輩。
「僕らのことよりも、とりあえず仕事しようか?今朝頼んだやつはもちろんできてるよね?」
あーこれが傍からみたら優しいって見える顔か、と苦笑いしながら、私も仕事を再開させる。
書類をいじりながら、今さっき聞いた話を思い出す。
いろいろ見られてるんだなぁと。
これはいろいろ気をつけないといけないし、早く答えを出すべきだなとも思った。
とっちらかっとるなー