僕と幽霊の攻防(だいぶ派手)
思いつきでやった。
僕はオカ板住人である。
諸事情あって叔父の持ち家の管理人として住んでいる。人が住んでいた方がいいし、僕も大学が近いのでありがたく提案を受け入れた。
有名すぎる心霊スポットにやってきて、あまりの騒がしさに途中で寂れた心霊スポットへ足を向け、グデングデンに疲れて帰ってきた翌日、玄関先に虫の死骸とともに置かれていた、血文字のカード。そこには『呪ってやる』と書かれていた。
早速オカ板に報告したら「嘘乙」って叩かれたでござる。悲しいでござる。
ま、これはこれで僕の趣味を知ってる誰かしらの犯行であるのだろう。気にせず血文字のカードは額縁に入れて飾った。
翌日の朝、僕の家の前には小動物の死骸が置かれていた。死骸といっても死にたてほやほやのあったかいやつだ。ちょっと気味が悪い。涙目になりながら、トングで挟んでゴミ箱にポイした。
血文字のカードがその下にあったので拾い上げて読んでみる。
『カザルナ』
額縁に入れて飾った。
あくる朝、爽快感に目を覚ませば玄関先には子猫の死体が置かれていた。
「次は犬なんだろうか……」
血文字のカードはなく、ちょっと寂しい。猫はきちんと裏庭に埋葬してあげた。
「このままいくと、だんだんでっかくなっていって最後は人、ってか僕?なんだか芸がないような」
そうポツンと呟いたら、翌日の朝玄関先には驚愕の生き物が置かれていた。
ピッチピッチと跳ね回る鯛。
いやお前幽霊だろ。めでたい、の鯛は縁起物だろ。間抜けか。そんなに僕に意外性を味わわせたかったのか。そして確実に猫よりはサイズがでかいことにちょっとびっくりしている。この大きさなら天然ものじゃないか?
血文字には、『おどろいたな?』と書かれていた。そりゃ驚くだろう誰でも。あとどうでもいいけど血文字の変換ブレすぎじゃない?
血文字で驚くって書くのめんどくさかったんじゃないんだろうか。
流石に額縁がないので、ラミネート加工して丁寧に写真立てに入れて飾っておく。
鯛は〆て美味しくいただいた。お刺身最高。
翌日の朝は、玄関の前に鮪が置かれていた。黒の生本マグロである。流石にこれは捌けない。お隣さんにマグロを捌けるか聞いたら、捌けないと首を横に振られた。
そして幽霊の血文字は、『食べるな』だった。それなら食べられないような腐りかけのマグロでも持ってくればいいのに。
ちなみに三軒隣の家の人がマグロ包丁を持っていて、すごく手早くさばいてくれた。
「得意なんだ」
そう言って笑った彼の本職は銀行員である。深く突っ込んではいけない香りがした。
翌朝目覚めてみれば、僕の家の前には鹿がいた。今日のご飯はジビエかもしれないと一瞬頭によぎったが、鹿は黒いつぶらな目で僕をじっと見て、それから一メートルはあろうかという高い生垣を優雅に飛び越えて去って行った。
もはや死んですらいない。
血文字のカードには、『食えないだろう。ざまあみろ』と書かれていて、まさか食べられないように生きたまま持って来るという逆転の発想に驚きだった。
その日のニュースには、住宅街に鹿が現れたと騒ぎになっていた。
次の日僕が遅く起きると、熊がじっとこっちを見ていた。首の白い輪っかにツキノワグマかな、とぼうっとしていたら、ブフン、と鼻を鳴らしてあちこちかぎまわりながら遠ざかって行った。
地味に命の危険を感じた。
そのあくる日の朝、めちゃくちゃサファリパークみたいな鳴き声に僕は窓に駆け寄って下を見下ろした。
「ぞ、象だ……」
耳の大きさ的にアフリカゾウ。しかも立派な牙である。僕はちょっと脱力して、幽霊はこれより大きい生き物を連れてこれないだろう、と納得して明日からは期待をしないことにした。
幽霊のポンコツが見られないというのはちょっと残念でもある。
ちなみに何やかやあって象はサバンナへ帰って行った。
翌日の朝、僕は妙な塩くささに目を覚ました。外を見ると、ニュースで見たことのある大きなイカが置いてあった。ダイオウイカである。そりゃ食えない。
ダイオウイカは深海生物だけあってアンモニア臭く、食べられないことで有名だ。
そしてちょっと驚きなのがこいつがまだ生きているということである。それでも片付けなければいけないのだが、これは生ゴミでいいのだろうか。それとも海まで運んで投棄していいのか……?
とりあえず足をつついてみれば、吸盤みたいなところに食いつかれた。
「いったー!?」
タコと違って吸盤の中にギザギザがあって、すごく大変だった。もう二度と素手で触らないようにしよう。
血文字のカードがぱらっと頭に降ってきて、角がサクッと頭に刺さった。地味に痛いが、今は手の方が痛い。
『爆笑』
ムカついたがそれよりも血文字で『爆』って書くの難しくなかった?
半泣きで腕の手当てをしていたら、テレビ局と警察が来た。
「生きてますね……」
「あのー、だれか通報したんでしょうか?」
「あ、あなたがこのお家の方ですか?あなたの仕業ですか?それともいたずらですか?」
「いえ。幽霊の呪いですよ」
ちょっと呆れた警察はその日僕の家の前に監視カメラを仕掛けて帰った。
翌日。
まさかここまでとは思わなかった。
ミンククジラですね、とその日訪れた学者が語っていた。僕の知る限り道を塞ぐようにして生きた鯨が潮を噴いているのが、鯨を見た初体験だった。
警察の仕掛けたカメラだが、高性能なものだったにもかかわらず一瞬のうちに鯨が出現していたらしい。鯨は困惑したような鳴き声とともに海へと鯨保護団体に返されて行った。
翌朝。
もうねーだろ、流石にねーだろと思っていた。そんなことはなかった。
世界最大の生き物、哺乳類。
シロナガスクジラさんである。
強烈な海の香りに包まれていた。今回もカメラはその瞬間を捉えられなかったらしい。張り込みでいた刑事すら、その瞬間をゲットできなかったようだ。そして僕はテレビ局の人にただただ呆然とした顔を撮られていた。
その時上空からカードが一枚落ちてきて、頭にサクッと刺さった。
「いいったぁ!?」
テレビ局のカメラと同時に覗き込むと、カードには『怖いか?』と書いてあった。
「……怖いか、怖いかだと……?そんなん……決まってんだろ」
ブルブル震えながら、テレビ局のカメラがあることすら気にせずに僕は絶叫した。
「面白すぎるわクソ幽霊!!」
そのあとたっぷり一時間半笑った。
翌日、腹筋の筋肉痛に目を覚ます。起き上がるのすら辛いが、今日は月曜日だ。
僕はすでに癖のようになった戸口のところを確認しに行こうとして、そういえば幽霊はどうなったんだろうな、と思った。あれだけ笑ったら呆れて帰りそうだ。
いずれにせよ、これより大きな生き物になることはないだろう。
僕はさわやかな、それでいて少し寂しい気持ちでドアを開けた。
血文字のカードが虫の死骸と一緒に落ちていた。引き寄せられるように拾い上げる。
『ワンモアチャンス』
続くのかよ。
後悔してない。