第34話
――建物が遮る影の中で、霊体を前に戦う。
振り下ろされた剣を拳銃の銃身で受け止め、弾き返す。
振るい降ろされる剣戟を防ぎながら、その最中で1発また1発と銃弾を放つ。
至近距離での一撃だ、多少の効果はあっても、良さそうなものなのに……ッ!!
「――――」
青白い鎧、その兜の向こうに、眼光が輝く。
そこから発せられるのは強烈な殺意。この霊体というものが、いったい何なのか。
その仔細を知らずとも分かる。これは、あの動く死体どもよりももっと純に命あるものを殺そうとしてくる。
これは、そういう存在だ。
「ッ、冗談じゃねえ……ッ!」
振り下ろされた剣を、放った弾丸でズラす。
そうしながら、こちらに襲ってくる2体の霊体にも牽制弾を放つ。
……クソ、あと何発だ? 俺はいったい、あと何回この弾丸を放てる? 俺の体力は、魔力は、どこまで……!
「ジェフリー……」
背後のリリィが歯噛みしているのが分かる。
彼女は今、なんとか立てているだけだ。あてには出来ない。
ここで彼女に神官としての力を使わせれば、彼女を死に追いやりかねない。
(……畜生、完全に追い込まれているな、これは!)
バルトサールが追撃を仕掛けてこなかったのもよく分かる。
俺たちを”日陰”に追い込んだ時点で、あとは霊体が殺してくれる。
リリィは手負いだし、俺の魔力にだって限りがある。それらを計算しつくしたうえで、あいつは見逃したのだ。俺たちを。
「――――!!」
3体の霊体、3方向からの同時攻撃に、俺は”死”を覚悟する。
それでも、それでもまだ、苦し紛れに引き金を引こうとして、それがガチリと音だけ立てて、理解する。
ああ、切れたのだ。正真正銘、俺の魔力は今、底を尽いた……ッ!!
「――飛び退きたまえ! ジェフ!!」
頭上から”聞き覚え”のある声が響く。ここで聞こえてくるはずもない男の声が。
それに導かれるように飛び退き、瞬間、ほぼ同時に3体の霊体に3つの矢が降り注いだ。
……なんという高度な弓裁き。そして、この声。姿が見えなくても分かる。あいつだ、こんなことができるのは、あいつしかいない。
「ボケっとしてる暇はないわ! さっさとその神官ちゃんを抱き留めなさい――」
「ッ――?! アティ……?!」
影を生み出している建物、4階建ての、その最上階から見慣れた人影が降りてくる。
あいつだ、アティーファ・ランディールが、そこにいる。
――彼女が飛び降りてきて、かつリリィを抱き留めろと言ったのならば、彼女の取ろうとしている作戦は!
「リリィ、掴まれ……!」
「っ……ジェフ、!?」
何が何だか理解していない様子のリリィを抱きしめながら、空中から舞い降りた女の腕を掴み取る。
そして、彼女は地面に接することすらなく、肩から腰の4点を使って括り付けているワイヤーを逆回転させた。
「……どうして、ここに?」
「あら、空中での説明がお好み? 地に足つけてからでも遅くないんじゃないの?」
俺とリリィ、2人分の体重を抱えながら、アティは涼しい顔をしていた。
そんな表情と、余裕のある声色に、実感する。あの日のアティが今、目の前にいるのだと。
「――流石だ、アティーファ。作戦通りだね」
「ふふ、貴方の弓術があってこそよ、エルハルト。3つの矢を同時に、3方向に放つだなんて技、どこで身に着けたのかしら?」
「ドラゴニアとの国境線に生きていれば、これくらいは誰でもできるようになるのさ」
……いつの間にか俺の知り合い同士が、俺の全く知らないところで知り合いになっている。
なんだ? いったいなにがあった? アティはともかく、どうしてエルトまでここに……?
「――ジェフ、この女性とは知り合いなのですか?」
「まぁな。俺と一緒にフランセルを殺した女が、こいつさ」
リリィからの視線を受け止め、俺の回答に浅い笑みを浮かべて見せるアティ。
「アティーファ・ランディールよ。よろしくね? リリィ・アマテイトちゃん」
「……私のことは、知っているのですね。ランディール」
警戒心を見せるリリィとそれを軽く受け流すアティ。
微笑みながらアティは、リリィの肩に手を回す。
「そう警戒しないで。私はエルトと行動を共にしていたんだから、貴女のことを聞いていただけよ」
「それは結構だが、お前なんでエルトと組んでんだ? お前がここにいるのは追加の仕事ってことなんだろう?」
リリィが返答するよりも前に、会話に割って入る。
こればかりは一刻も早く答えが知りたいのだ。いったい何がどうなって、この2人が一緒にいる?
「――察しが良いわね。その読みは当たり。フランセルの協力者を殺せ、それが私への追加依頼」
「で、どうしてエルトなんだ?」
エルトとアティ、2人の表情を見比べる。
どうやらエルトに話すつもりはないらしい。アティに任せるようだ。
「本当はあなたを誘うつもりだったのよ、既に見知った実力者だし、大きな貸しもあるから。
それで、あなたの部屋に忍び込んだらこいつがいたの」
「忍び込んできた彼女に僕が食いついたって訳さ。いや、今回の事件に首を突っ込むには良い機会だなと思ってね」
アティに促されて口を開くエルト。
なるほど、俺を誘いに来たアティに出くわして彼女への協力を取り付けたというわけか。
「……身体は大事にしたらどうだ? お前、貴族の御曹司なんだろ」
「ふん、所詮は次男坊さ。下にも上にも僕の替えはいくらでもいるんだ」
緑玉の瞳が、ギラついているのが分かる。
まぁ、こいつもこいつで知識と経験に飢えている男だ。
こういう歴史に残るような異常事態、知っておきたいという欲求がないはずもない。
「……私は貴方を止めたはずだ、エルハルト」
「ああ、だから僕は君たちにはついていかなかった。けど、運命ってのは転がってくるものだね」
リリィとエルト、その2人の視線がバチバチとぶつかり合う。
「仲間同士で険悪にならないでくれるかしら? 2人とも、もう限界なんでしょ?
休むのに最適の隠れ家を確保しているの。ついてきて――」




