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金髪ボクっ娘の太陽神話  作者: 神田大和
外伝「農奴ジェフリーはお姉ちゃんと暮らしたい」
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第29話

 ――這い出した人孔の外、地下水道の出入り口から”火炎”が噴き出してくる。

 もう少し近くにいたら火傷はしていたであろうほどの高温が、吹き抜けていく。


「リリィ……ッ!」


 叫んだ後に俺は思わず口を塞いでいた。ここは外だ。どこに”動く死体”が居てもおかしくない場所なんだ。

 ――周囲を見渡し、死体が近くにいないことを確認する。

 地下水道にいるうちに2丁の拳銃のうち、片方はバレルをサイレンサーへと変更している。

 だから、なんとかなる。気づいたのが1人や2人なら、まだなんとか……!


(――お静かに。ここは死地ですよ? ジェフリー・サーヴォ)


 地下水道から優雅に上がってくるリリィ。

 彼女が異常なまでの高温を纏っているのは、気のせいではないだろう。

 なのに彼女は全く動じておらず、唇に人差し指を当てながら”しーっ”なんて手振りをやってみせる余裕がある。


(どうして、無事なんだ……?)

(自分の毒で死ぬ蛇がいますか? ……いえ、いましたね。そういうのも)


 俺の隣に立ったリリィが自分で自分の言葉を否定する。

 でも、言いたいことは分かった。アマテイト神官である彼女は、自ら生み出した太陽に焼かれることがないのだ。

 ……なんて、都合の良い力。俺を先に逃がそうとしたのも道理というわけか。


(霊体は、太陽の下に出てこられません。つまり私たちは逃げ切ったことになる)

(……なら、都市の中に霊体は生まれないんじゃないのか?)


 生まれたとしても、朝になれば消え去るんじゃないか? 俺は、そう思った。


(いえ、そこまで都合はよくないのです。影に隠れればいいだけのことですし、陽の光が消えればまた動き出します)

(つまり陽の光の下だと動けないだけってことか……)


 人孔の蓋を閉めながら、俺はリリィの言葉に頷いた。

 なるほど。つまりこれは、夜になったらヤバいということだ。

 そもそも安全な移動経路だったはずの”地下水道”に霊体なんていう桁外れの怪物がいた時点で既にヤバい。

 動く死体がどこから現れてもおかしくない地上の方が安全だなんて馬鹿げている。

 けど、ここが夜になれば地上でも”霊体”が動き出す。そうなれば本当に、ヤバいなんて話じゃなくなる。


(――私が今晩までに帰ると言った理由、分かってくれました?)

(痛いほどな……冷や汗が止まんねえよ)

(温めて差し上げましょうか? 燃えるほどに)


 くすっと微笑むリリィの姿に、すっかり神官だからお堅い人物なのだろうと勝手に抱いていた想像が霧散していることに気づく。

 とんでもない死地に飛び込みなおしてしまったが、せめてこいつが相棒で良かったなと思っているのだ。

 やれやれ、自分もまだまだ甘ったれだな。頼りになる人間に頼ってしまうだなんて。


(さて、ここからは地上の移動です。覚悟は良いですね?)

(まぁな。道は分かってる。ついて来い)


 足音を立てぬように、タンミレフト家に向けて歩き始める。

 地図は頭の中に入れてある。どの方向に進めばいいのかも分かる。

 気を付けるべきは、動く死体が近くにいないか?というだけのこと。

 そして、覚悟しなければいけないのは――


(ジェフ……?)


 ――突然、歩みを止めてしまった俺の顔を、リリィは心配そうに覗き込んでくる。

 そして、俺の表情を見て、彼女は言葉を失った。

 ……だろうな。きっと、今の俺は柄にもなく泣き出しそうな顔をしているはずなのだから。


(すまない。少し、寄り道をさせてくれ)


 ……ここは”カフェテリア”だった。この俺がタンミレフト首都の中で、唯一食事をとった場所。

 たまごサンドが美味しくて、したたかな看板娘が愛らしかったあの場所だった。


(ッ――――)


 分かっていたことだ。この場所が、無事であるはずはない。

 あの娘が逃げ切れた可能性は、限りなく低い。

 ……別に、この場に遺体が残っている訳じゃない。

 だが、壊れ果てたカフェテリアの中を、そこに飛び散る血痕を、惨状と呼べる光景を前に”あの娘が生き残っている”と思えるほど、俺の頭はおめでたくないのだ。


(……ジェフ、ここに思い入れが?)

(初仕事の前に、飯を食ったんだ。そこの看板娘と話し込んだりもした。それだけのことさ。それだけの、な――)


 たった、それだけの関わりだというのに、どうしてこうも胸が痛む……?

 衰弱していく母親を見ていたあの時よりも、ずっと純な痛みが、突き刺さってくるんだろう。


(――女神よ、この場で召された魂に”安らぎ”を)


 胸に手を当てるリリィ。その動きに神官装束の胸に刻まれた太陽が、瞳に焼き付く。

 ……アマテイト教会によれば、人間は全て女神アマテイトの子供であり、死後は全て彼女の元に還るという。

 俺はそれを信じられるように育ってはいない。だが、今、この時ばかりは祈りたい。

 この都市で無為に殺された全ての魂に、安寧が訪れんことを。彼女の祈りが、リリィ・アマテイトの祈りが、どうか届きますように。

 柄にもなく俺は、そう、祈っていた。


(行きましょう、ジェフ……私たちには、この悲劇を二度と起こさないようにする義務がある)

(ああ、そのための証拠収集、だからな――)


 魔術師フランセルが、どこでこんな術式を手に入れたのか。

 最終的な目的は何だったのか。背後にいる組織は何か。その全てを暴かなければ、第2第3の惨劇が起きかねない。

 それこそベインカーテンが仕掛けたことだというのならば、この次は必ず来る。ならば俺たちの任務、それが持つ意味は、重い。


(これでもしも本当に内部犯が居たというのなら――)


 ――きっと、俺がそいつを殺すのだろうな。

 リリィという敬虔なアマテイト神官を利用し、アマテイト教会の内部からこの惨劇が起きるように手を引いた”内部犯”

 本当にそんな奴がいたとしらのなら、俺はきっと一切の情け容赦をしない。必ず、殺す。仇を取る。報いを与えてやる。


(――奪われたものは取り返せ。取り返せないのなら、報いを与えろ、か)


 つくづく母親の血を感じて嫌になるが、やはり俺もそういう男らしい。

 親父の仇を取るつもりは全くないというのに、この都市の仇は、あの看板娘の仇は、取りたくて仕方ないんだから。

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