第28話
――地下水道を歩み進めていくことには、何の問題もなかった。
相変わらず薄暗くはあったのだが”太陽の雫”のおかげか自然と視界が確保できていた。
そしてリリィもまたこの暗闇に動じている様子はない。疑似的な神官でもこうなのだ。本物の神官ならば当然といったところか。
「フランセルの研究室……タンミレフト家の近くまで、地下水道は走っているんでしたね?」
「ああ、このまま何もなければ、あっさりと到着することになる。楽な仕事って訳だ」
けれど、そう上手くも行かないのだろうな。
歩みを進めるにつれ、”中央公園”に近づくにつれ、血痕が目に付くようになってきた。
誰かがここで殺されたのだ。では、その死体はどこだ? あの動く死体たちはどこにいる?
「……霊体、だったな。リリィ」
「ええ、同じことを考えているようですね、ジェフ」
視線を交わし合う。真紅と真紅、太陽に燃える瞳を交わせば、何が言いたいのかはお互いに理解した。
死体がないのは、生きた死体さえいないのは、それが既に霊体へと変わっているから。
共食いの果て、その総数を減らしたからだ。
「ッ、ここは、……!」
――歩み進めた先、一筋の光が見える。暗闇の中に、天空から光が降りてきていたのだ。
そして、この場所に俺は”見覚え”があった。
……あの日、死竜を見たあの時、俺が真っ先に飛び込んだ地下水道への”人孔”――それが、ここだ。
「そりゃあ、そうだよな……閉じられなかったんだ、空きっぱなしだよな」
蓋が開いたままだったこと。それによって何が起きたのかはよく分かった。
差し込む光の下に広がる血だまりを見れば、よく分かる。
何人もの死体が、ここに落ちたんだ。そして、この血だまりができた。
――だが、異常なのは、その死体が居ないこと。そして、俺が撃ち殺したはずのあの男も、ここにいない。
「ジェフ――来ますっ!」
リリィが咄嗟に俺を突き飛ばす。瞬間、俺とリリィの間に青白い刃が振るい降ろされていた。
ッ……?! なんだ、いったいどこから……っ!?
「落ち着きなさい! 敵は既に見えている!」
リリィの拳が炎に燃えて、青白い刃とぶつかり合う。
その向こう側、慌てる俺を守ってくれた彼女の背中の向こう側、そいつは見えた。
――青白く発光する、鎧の騎士が。なんだ、なんなんだ、この姿は……!
「なるほど、ここの霊体は騎士ですか」
拳で剣を受け流すリリィ。そのあまりにも危うい立ち回りに冷や冷やしたのも一瞬、彼女は新たな武器を引き抜いた。
棍棒を軸に鎖、その先に鉄球があしらわれた単純にして強力な近接武器、フレイルを引き抜いたのだ。
「女神よ、我が闘争に祝福を――」
捧げられた祈り。瞬間、フレイルの先端にまで炎が広がる。
そこからは圧倒的だった。青白い霊体を相手に、一歩も引かず、真紅の炎をもって攻め続ける。
彼女の凄まじい強さに、俺も冷静さを取り戻していく。
(――狙いを、定めろ。ジェフリー・サーヴォ)
呼吸を軸に全てを合わせる。狙うはただひとつ。
青白く発光する霊体。その脳天。死体のように頭を吹っ飛ばせば終わりかどうかは怪しい。
だが、そこが最も鎧が薄い。効果があると考えられる。だから、狙う。
「ッ、流石は”霊体”……!!」
リリィがフレイルをもってその剣を受け流す。
けれど、いつの間にか引き抜かれていたもう1振りの刃が、彼女に向かって振り下ろされる。
その瞬間だ、俺は引き金を引いた。まずは剣先、そしてリリィが飛び退いたのを見届けて、霊体の脳天。
だが、脳天に大した効果がないように見えた。
「――チェンジバレット・エクスプロード」
ならば、狙う場所を変える。そしてその攻撃方法も。
通常の殺傷弾から、炸裂弾への変更。さらに太陽の雫からの加護を最大限に引き出し、火力を高める。
そして、この最大火力をもって、狙うのは胴体。どこに当てても効果が変わらないのならば、最も当てやすい場所を狙う。
さぁ、吹き飛べ……ッ!
「ぶっ壊れろ! 幽霊が……ッ!」
何が霊体だ。こっちを切り裂いてこれるのならば、お前には実体がある。
ならば吹き飛ばせる。ならば殺せる。仮にお前が穢れた力の塊だとしたのなら、それを霧散させるほどに叩き壊してやればいい。
それだけの話だ、それだけの!
「――ジェフ! 逃げますよ! 駆け上がりなさい!」
「待て、殺せる……ッ!」
「殺せない! 殺せる頃には、貴方は魔力切れだ! それくらい分かりなさい!」
鬼気迫るリリィの声。そして、爆炎の向こうにぬらりと立つ霊体を見て理解する。
……言っている通りだ。リリィの言うとおりだ。俺はこいつを、殺せはする。
だが、その時にはもう空っぽだ。この死体にあふれた街で、他に”霊体”がいるかもしれない場所で、俺は空っぽになる。
「さぁ! 早く上がって! ジェフリー!」
向かってくる霊体を前に、一歩だけ前に出て構えるリリィ。
彼女の身を案じている暇はなかった。そうしたら、おそらく諸共に死ぬことになる。
それが理解できた。そして同時に分かっていた。このリリィ・アマテイトという神官には、勝算があるのだと。
『――命とは即ち世界である。心臓とは即ち太陽である。ならば我が血潮よ、燃え盛れ。そう、太陽のごとく』
紡いだ言葉は現実となり、リリィの掌に小型の太陽が生まれる。
それを俺は、人孔を駆け上がりながら、見つめていた。
生粋のアマテイト神官。その神髄を――
「消し飛べ……ッ!」
放たれた太陽の熱を、真下から感じたときには、俺は這い出していた。
地下水道から、太陽の差し込む地上へと。
(ッ……リリィは、無事、なんだよな……?)




