第27話
――袋小路に取り残されている”人孔”
地下水道への入り口。三方向を壁で囲まれているがゆえに最も安全に地下水道に入れると思った。
アティに渡された地下水道の地図と、リリィに用意してもらったタンミレフトの地図を重ね合わせた結果だ。
(先客がいるようですね、ジェフ――)
だが、現実はこれだった。リリィが囁くまでもなく見れば分かる。
人孔の眼前には”生きた死体”が居たのだ。
……数は3人。異様なのは、その3人が”殺し合っている”こと。
(なんだ、これは。いったい何が、起きている……?)
”生きる死体”の特徴は、まだ生きている人間を狙うことだ。
そして、ここにはもう、それらは殆どいない。だが、これはいったいなんだ?
なぜ、死体同士で殺し合っている……?
(チェンジ――)
ごく僅かな声で消音効果のある銃身へと変更しようとしていた。
だが、余りにも小さすぎて音声認識が反応しない。そのことに冷や汗が流れる。
(クソ、冗談じゃねえ……!)
手動操作用のコンソールは用意していない。少し解体すれば変更は可能だが、音声認識に比べると遥かに時間がかかる。
相手は音に反応する化け物だというのに、こういう準備を怠っていたんだから自分の脇の甘さが嫌になる。
(……どうする? バラすか? バラしている間に気づかれなければ……!)
焦りながらデバイスを握りなおした俺、その肩にあたたかな掌が重ねられる。
(――私が行きます)
ッ?! 死体相手に近接戦だと……?!
――止める暇もなかった。駆け出すリリィに迷いはなく、音もなく最も近い死体の背後を取っていた。
接近により3人の死体たちは、一気にリリィ1人に狙いを定める。
だが、そこからの戦闘がまた流麗の一言だった。
「――――!」
まず手近な死体を盾に、他の死体からの攻撃を防ぎながら、その死体の首を握りつぶす。
それで1体を沈黙させ、その沈黙した死体を投げつけ、1体の動きを封じた直後、襲い掛かってきたもう1体の顔面を殴り潰す。
太陽のごとく燃える両の拳で、リリィはほんの一瞬で全ての死体を殺してみせた。立ち上がってきた最後の1人なんて、余裕も余裕といったところだった。
(行きましょう。今なら安全だ)
とでも言いたげに”人孔”を指差し、蓋を開こうとするリリィ。
そのカバーのために俺も近づく。消音の銃身には変えられていないが、どうせ後は飛び込むだけだ。
大した問題ではあるまい。
(先に降りろ。慎重にな。梯子が壊れている可能性もある)
(分かりました。上の注意は頼みます)
拳銃を構えながら、注意を払う。死体が襲ってこないかを。
そして、俺も地下水道の中へと降りていく。今度は、人孔の蓋を閉めている余裕もあった。
「……アンタ、とんでもない実力者だったんだな」
「はい? ……ああ、この拳ですか? 別にアマテイト神官ならば火の玉くらいは出せますからね。
あれはちょっとした応用です。体力の消耗も少ないし、確実に狙えます」
遠距離で済ませられる力がありながら、敢えて近距離戦用に応用するとは。
とんでもない女だな、こいつ。
「神官の中では割と普通の応用なのか?」
「ええ、性格にも寄りますけどね。私は遠くから狙うのが下手で」
それであの近接戦か……多少の不得手を補って余りある能力だな。
なんなんだ、あの流麗な身のこなしは。正直に言って、惚れ惚れしたぞ。
「なるほど。何にせよ、アンタの実力は本物だ。惚れ直したぜ」
「……もともと惚れてもいないのに惚れ直しですか。調子が良いですね」
「そう言うなよ、神官様。惚れ直したついでにご高説願いたいことがあるんだ。構わないかな?」
地下に降りて死体に怯える必要性が亡くなったのをいいことに俺はペラペラと話し始めていた。
そして、本当に聞きたいことがあったのだ。
「構いませんよ? なんですか?」
「――死体と死体が殺し合うってのは、よくある話なのか?」
先ほど”殺し合っていた3人の死体”あれは異常だ。
死体が死体を殺すなんて、俺は聞いたことがない。
「……ああ、そうか。教会関係者でなければ、知らないのも当然か。
失礼しました。あの死体たちは手近に生者がいなくなると”共食い”を始める習性があるのです」
「共食い……?」
完全に、初耳の話だ。なんだ、その共食いというのは?
「ええ、共食いです。そしてこの共食いが連鎖すると”穢れ”が集中して”霊体化”する個体が現れる」
「……ちょっと待ってくれ。なんだ、”霊体化”って?」
「文字通りですよ。肉体を超越した力の塊、穢れた霊体が現れるのです」
力の塊……? 穢れた霊体……?
「――ジェフ、次の夜明けに合わせて”太陽落とし”が決行されるのもこれなのです。
死都が生まれて1週間も経過すれば、まず間違いなく霊体は複数体発生する。もしそれらが結界に攻撃を仕掛けてきたら、ひとたまりもない」
……なるほどな、そういうことか。
てっきり人手を確保できる限界点がそこなのだと思っていたが、それ以上にこういう事情があったのか。
「その霊体ってのは強いのか? 強いんだろうな……」
「ええ、強いですね。私でも倒すのには骨が折れます。正攻法では戦いたくない相手だ」
死体を3人同時に相手にしてなお余裕を持つリリィ・アマテイトが”正攻法では戦いたくない”か。
それはとてつもない敵なのだろう。
……どうせ死体しかいないから、危険ではあるが楽な仕事だと考えていた俺が甘かったらしい。
「……すみません、ジェフ。それを知っていたら。と思っているのでしょう?」
「顔に出てるか……?」
「思いっきり。私にとっては余りにも当たり前のことだったので、知らないだなんて思ってもいなかったのです」
――元々が危険な仕事だとは覚悟していた。内部犯の可能性もまだ残っている。
だからきっと、帰り際が一番危ない。今の俺たちは殺したところで”任務中の死”で片付けられる存在だから。
そんなところに更に”穢れた霊体”とは。正直に言って不安要素が多くなりすぎて、今すぐにでも逃げだしたい気分だ。だが――
「――リリィ。お前はそれを知っていて、ここに来たんだな? じゃあ、ひとつ教えてくれ。
内部犯の可能性を、考えているか?」
「ッ……我々、教会の情報網が出し抜かれたのはおかしい、と?」
ここでその答えが出てくるということは、考えていたか。
ならば、良い。今の俺とリリィの考えている不安要素は、これで全く同じだと分かった。
そうであるのなら、こちらはリリィの感覚を信じよう。
「そうだ。多分この任務、帰り際が一番危ないぞ。俺たちは今、いつ死んでもおかしくない人間だからな」
「……でしょうね。そこも考えてはいない訳ではありません。ただ、正直なところ、正攻法で突破する以外に手立てはない。
襲い掛かってきた奴らを、返り討ちにして全てを吐かせること。それくらいしか打てる手立てがありません」
ククッ、良いねえ。良い覚悟だ。流石は武闘派神官だな。
「よろしい。なら俺とお前の考えている不安要素は、これで同じになった。
そしてお前がここに飛び込むことを良しとしたのなら俺はそれに付き合おう。頼むぜ、リリィ・アマテイト――?」
「――ふっ、なるほど。承知しました。ともにこの窮地を越えてみせましょうか。ジェフリー・サーヴォ」




