第21話
「――そのアーティファクトは、いったいどこで手に入れたのですか?
それは本来なら聖都にて厳重に保管されていてもおかしくないような一級品です。拾っただなんて、通用しませんよ」
ほう、この”太陽の雫”から攻めてくるか。狙ってかどうかは分からないが、良い切り口だ。
だって、俺が今回の事件に巻き込まれたのはこのアーティファクトのせいなのだから。
良いだろう。興が乗った。話してやろうじゃないか。エルトの時にも確認したが、どうせ話してヤバい情報など殆どないのだから。
「仕事だったのさ、運び屋だ」
「……運び屋?」
「これがアーティファクトだということさえ知らず、中身の知らない小箱を運ぶ。それが俺の仕事だった」
さぁ、聞いて来い……! お前はいったいどこにそれを運んだのだ?と。
そういえば答えてやるぞ、リリィ・アマテイト。それがお前の求める正解へと近づく一手だ。
「いったい誰からの依頼、なのですか?」
……チッ、つまらないことを聞いてくるな。この女。
お前はタンミレフトと俺と繋げたいんじゃないのか?
なら誰からの依頼かだなんて事よりも先に聞くべきことがあるだろうに。
「傭兵が、依頼主を教えると思うか?」
「教会の神官が相手なのです。懺悔は誰にでも許される」
真顔でとんでもないことを言ってくるな、この女。
「俺が懺悔するような人間に見えるか?」
「……見えませんね。では、質問を変えましょう。運び屋のはずの貴方の手元に、なぜそのアーティファクトが?」
――ほう、これはこれで核心を突いてくる質問だな。
まぁ、そろそろ答えてやってもいいだろうか。このリリィ・アマテイトという神官を相手に時間を稼いでも意味があるように思えない。
俺は今ここから動けないし、彼女が根負けするような種類の人間に見えないのだ。
「込み入った話になるぞ」
「ええ、私は貴方の”込み入った事情”を聞きたい――」
そこから俺は”闇夜の盾”そして”アティーファ・ランディール”という名前だけを伏せて、事態の仔細を語った。
依頼を受けたこと、その届け先がタンミレフトの地下水道であったこと。
届ける相手が暗殺者であったこと、その標的こそが今回の事件の首謀者”タンミレフト家お抱え魔術師・フランセル”であったこと。
その全てを、俺は語りつくした。
「……ッ、なるほど。それでその傷。それでその”太陽の雫”は貴方の元へ」
「ああ、おかげで俺は生きている」
リリィ・アマテイトという神官の表情が、青ざめているのが分かる。
まさか、俺がここまで核心に近い人間だとは思っていなかった。といったところだろうか?
まぁ、それもそうだろうな。タンミレフトでの事件の核心を知る男が、アカデミアで保護されるはずもないもんな。普通なら。
「……ジェフリー、正直に言いましょう。私は、あなたがタンミレフトで被害を受けた人間だとしか考えていなかった。
まさか、今回の首謀者を殺した人間だなんて今でも信じられてはいない」
「信じようが信じまいがどっちでもいいが、事件当初に目撃されていた”死竜”が目撃されなくなった理由は、別で用意しなきゃいけなくなるぜ?」
あのフランセルが生きていたとしたら、タンミレフトの封鎖など一瞬で破れるだろう。
教会と教授陣がどういう対策をしているのかは知らないが、あの死竜に有効な手段を講じられるとは思えない。
今、タンミレフトで拮抗状態が形成できているのは、俺とアティが殺したからだ。あのフランセルを、命がけで。
「なるほど。……ジェフリー・サーヴォ、貴方を”傭兵”と見込んでひとつ、依頼をしたい」
「依頼か……治療費とは別に報酬を寄こすというのなら、話くらいは聞こうじゃないか」
こちらの条件に頷くリリィ。よし、これで治療費はかからないし、さらに稼ぐタネができた。
――見ていろ、トリシャ。俺は、すぐにお前から土地を買い戻してやるぞ。
「単刀直入に言いましょう――ジェフリー・サーヴォ、貴方にはタンミレフトに入ってもらいたい。私と共に」
真紅の瞳を見ていれば、分かった。『お前は正気か?』なんて質問をすることの無意味さは。
だが、それでも俺は聞かなければならない。いったい彼女が何に、駆り立てられているのかを。
それが分からなければ、今の俺は”一緒に心中しましょう?”と誘われているのと何も変わらない。
「なぜ? 目的はなんだ?」
「――証拠の収集です。今回の事件において、私たちは完全に後手に回ってしまった。
我々は首謀者がベインカーテンの関係者なのかどうかさえ、掴めてはいない」
……なるほど、フランセルの研究室はまだ残っているはずだ。
これで彼女の目的は理解できた。そしてそれが完全に不可能というわけではないことも。
「目的は分かった。だが、そんなことはアマテイト教会でタンミレフトを奪還してからやればいいだろう。
どうせ敵は”死体”しかいない。近場の貴族に領軍を出させろ。制圧できる」
「……ふふ、貴方のような人間で領軍が構成されていたのなら、制圧できたのかもしれませんね」
なんだ? 含みのある言い回しだな。
「ジェフリー、人間の集団はそこまで強くはないのです。
大半が貴方と同じだけ強い精神を持ち合わせていたとしても、綻びはあるし、一度崩れればそこからは雪崩と同じだ」
「……生きる死体を相手に、生きた人間は投下できないか。十中八九で勝てたとしても万一のことを考えれば」
なるほど、言われれば確かにその通りかもな。
あの死体たちを相手にして、人間が冷静でいられるはずもない。
そして、その人間の母数が増えれば、どこかが崩れる。崩れたところから、敵が増える。
「それで証拠の収集は俺とアンタだけって訳か。
だが、それならあのタンミレフトそのものはどうする? 早期に鎮圧しなければ、いつかは死体どもが出てくるだろう?」
「ええ、だからあの都市は焼き払います。その全てを、太陽の力をもって――」
――アマテイト神官による”浄化”か。
歴史の向こう側の話だと思っていたが、まさかこんなところで立ち会うことになるとは。
「”太陽落とし”を、やろうって言うんだな?」
「そうなります。ゆえに私たちに残された時間は少ない。受けていただけますね? ジェフリー・サーヴォ」
……残っている敵は死体だけ。移動手段として地下水道とその正確な地図はある。
そして、アマテイト神官の後ろを追う仕事だっていうのならば、単体であのタンミレフトを駆けまわるよりはずっと楽だな。
何かしらの不安要素があるとしたら、フランセルの研究室に残されているであろう魔術式くらいのものか。
「全ては報酬次第だな。いくら用意できるのかな? リリィ・アマテイトさん――?」




