第20話
――療養室に入ってきた彼女がアマテイト神官であることは、一目見るだけで分かる。
太陽のように燃える真紅の長髪と、紅玉のように輝く瞳。
それが雄弁に語るのだ。彼女が受けた太陽神の加護を。アマテイトの祝福を。
「――失礼。来ていたのですね、エルハルト・カーフィ……ほう? 目を覚ましましたか。ジェフリー・サーヴォ」
これがエルトの言っていた神官、俺を待っていた女か。
「そうだ、俺がジェフリー・サーヴォだ。話は聞いている。俺を、待っていたらしいな?」
「……ええ、そうですね。エルハルト、失礼ながら席を外していただけますか?」
彼女の瞳を見れば分かる。その真紅は、エルトに何かを言わせるつもりはないのだと。
「僕たちの部屋で待っているよ、ジェフ」
「ああ、すぐに帰るさ。俺はもう全快だからな」
エルトの発言にそんな風に返しながら思っていた。
俺はたぶんまだしばらく帰れない。この女は、俺を返すつもりはないはずだと。
「――彼とは同居しているのですか?」
「学寮で相部屋なのさ。ま、神官サマが学寮の事情なんて知ってるわけもねえか」
敢えて少しだけ嫌味ったらしく振る舞ってみる。
この女に主導権を握られないための防御策のひとつだ。
「リリィです」
「え?」
「――リリィ・アマテイト、それが私の名前です」
名乗る彼女を見て、その名前を聞いて、俺は思い出す。
アマテイト神官として教会の属した人間は”名字”が奪われるという戒律を。
神官として生まれ落ちて、神官として育てられた人間は、その時点で”女神の使徒”だ。
だから、人間としての姓ではなく、女神の名を姓として名乗るようになる。
「……アンタの、本当の名字は? いるんだろう? 生みの親が」
「ふふっ、神官にそんなことを聞いて答えるとお思いですか? 無礼な人だ」
「すまねえな、お偉い奴には噛みつきたくなる性分なのさ、俺は」
このリリィという女の中では、本当に折り合いがついているのだろうか?
自らの家族から受け継いだ名前を捨てて、女神の使徒として振る舞わなければいけないことに。
まぁ、こんな神官に近づいたら一番に聞いてみようだなんて思っていた邪推を直球で投げて、それに答えてもらえるはずもないけれど。
「それは貴方が”元偉い人”だからですか? ジェフリー”サーヴォ”」
ッ……!? こいつ、俺の素性を……?!
「どうせあのエルハルトのことだ。私のことを話しているのでしょう? だから貴方は警戒している。ならば私は教えましょう。私の本気をね」
「……ッ、お前、どこまで知っている? 何を調べ上げた……?」
リリィ・アマテイトめ……俺の、サーヴォ家の来歴を調べ上げたというのか?
エルトの奴が未だに言及してこない俺の生まれを、没落貴族という生まれを、この女は知っているのか!
「貴方には双子の姉がいるというところくらいまで、でしょうかね? お姉さまはお元気ですか?」
「つまらないハッタリはやめろ。姉さんに手を出すだなんて脅しが、俺に通用すると思うな」
「ええ、アマテイト教会もそこまで暇じゃありませんよ。では、本題に入りましょうか。ジェフリー、私たちは学友です。そう身構えずに」
暗に脅しをかけてきながら”学友”だとは笑わせる。随分と都合の良い話じゃないか。
だが、いいだろう。そちらがその気ならば、こちらも本気で臨んでやる。
「本題ってのはなんだ? お前はいったい俺に何を求めている?」
「――そのアーティファクトの出どころ、その傷を負った経緯、洗いざらい話してもらいたい」
脅しをかけた直後なだけあって、かなり単刀直入に突っ込んできたな。
おそらくリリィという女の腹の中にも、俺がタンミレフト領での惨劇に関わっているんじゃないか?という算段はあるはずだ。
だが、そこまで一足飛ばしにタンミレフトの話をするのではなく、まずは怪我と太陽の雫から詰めてくる。
なるほど、これはできる女だな。では、これを相手にするには……。
「タダで話すと思うか? 情報は資産だぜ? リリィさんよ」
「ふふっ、我々アマテイト教会には、既に貴方に”貸し”がある。貴方から回収するべき治療費がね」
「ほう? なら、俺が話せば、そいつをタダにしてくれるのか?」
――よし、来た。こうでなければな。
「それは貴方の態度次第ですね。私は言った”洗いざらい話してもらう”とね」
「なるほど? じゃあ、そっちから聞いてくれよ。洗いざらいを、喋れるように」
リリィの瞳と向かい合う。こちらからペラペラと喋ってやるつもりはない。
あくまで相手から質問させる。俺がタンミレフトにいたというところまで引き出すには相当の技術と筋書きが必要になる。
いくらでも言い逃れのための手段がある。ここからやるのは、腕試しだ。リリィという女が、アマテイト教会が、どこまで今回の件について調べているのか?
それを試す。サーヴォの名を持ち出したことが、たったそれだけのハッタリなのか否か――それを、見極めさせてもらう。
「なるほど。良いでしょう。では、問わせていただきましょう――」
リリィ・アマテイトが、そう、口を開いた。
俺はそれを注視していた。彼女の表情を、その動きを。




