第19話
――闇夜の盾、その支部のひとつであると噂される酒場。
そこに足を踏み入れた俺を待っていたのは、旧友マルティンだった。
奴に仲介された”運び屋”の仕事。
その運び先であるアティは暗殺者であり、タンミレフトの街を滅ぼした魔術師フランセルを殺すことがその目的だった。
(今回の事件を簡潔にまとめれば、こんなところか)
この大筋の中に、エルトに教えてはいけないような情報があるか?と考えれば、無いだろう。
ならば腹芸を考えるのも時間の無駄だな。
「まず、俺は闇夜の盾からこの”太陽の雫”を運ぶという仕事を受けた。
届け先はタンミレフトの地下水道。そこに待つ1人の女に届けるのが俺の仕事だった」
こちらに相槌を打ってくるものの、突っ込んだ質問はしてこないエルト。
なるほど、まずはこちらに喋らせるつもりってわけか。
「もちろんまだタンミレフトが、あんなことになる前の話だ」
「あれが起きたとき、君は地下水道に?」
「……そのギリギリ前だった。翼竜が見えたとき、俺は地下水道に駆け込んだんだ」
――最初に殺した、あの男を思い出す。
俺と同じように逃げ込んできて、間に合わなかった、あの男を。
「なるほど、それで君は無事だったわけか。そこからは?」
「依頼主に会った。そいつは確かに待っていたのさ。俺のことを」
「それが何者かは、聞いても大丈夫なのかな?」
エルトの問いに頷き、簡単に答える。
褐色の女、アティーファ・ランディールについてを。
「つまり彼女は、今回の事件の首謀者を殺すために送り込まれた暗殺者で、君が届けたそれはそのための道具だったと?」
「そういうことになる。あいつの動きを読んだのか、それとも偶然か、フランセルの方が先手を取ってしまったがな」
「……もし、あともう一歩、何かがズレていれば」
エルトの言葉に頷く。そうだ。あともう少し噛み合わせが良ければ、タンミレフトが死の都市になることはなかったのだ。
「だが、そんなもしもは存在しない。その後は簡単さ、アティは俺を誘い、俺はそれに乗った。
だから戦ったのさ。貴族のお抱え魔術師とな。死ぬかと思ったぜ」
「……つまりその時の傷というわけか。けれどタンミレフトで負傷した君を、そのアティーファという人はどうやってアカデミアまで?」
エルトの言葉に首を横に振る。
「知らんよ、俺は気絶してたんだからな」
「それで、別れの挨拶もなくってわけだね。残念だろ? ジェフ」
「ハッ、そういうんじゃないさ。そういうんじゃ」
確かに良い女ではあったが、別れを惜しむべき女でもない。
次に会った時に返さなければいけない借りを思うと気分が重くなったりもするくらいだ。
「で、エルトよ。俺は知っている限りのことを話したぜ。教えろよ、誰だ? 俺の目覚めを待っていた”もう1人”ってのは」
「そうだね、これ以上に君から喋らせるのも難しいか――」
踏ん切りをつけるように息を吐くエルト。そして、彼は語り始める。
「――君を待っていたのは”アマテイト神官”だよ。理由は主に2つだ。
ひとつは、君が持っているそれだ。”太陽の雫”というんだね? それをどこで手に入れたのかを聞くため。
そしてもうひとつは、君のことを疑っているんだ。タンミレフトの生き残りなんじゃないか?って」
トリシャの奴ならそこまで頭が回るというか、そういう突飛な妄想で人を糾弾してくると思っていたが、なるほどアマテイト教会もか。
まぁ、だろうな。普通に”太陽の雫”はこれひとつだけでも大問題になってもおかしくないアーティファクトだ。
「エルト、どうしてその神官は俺から太陽の雫を取り上げなかった?」
「取り上げたら君が死ぬからだよ。傷が深すぎたんだ。アティーファという人が君にそれをあげたのと同じ理由さ。
太陽の加護がなければ、君はとっくの昔にただの死体になっていた」
エルトの回答に、背筋が凍る。
……アティのやつ、俺のために、こんなアーティファクトを手放したというのか?
まったく、なんなんだよ……金貨1枚で、追加報酬は無しだって言っていたじゃないか……
「なるほどな。事情はだいたい分かった。それで、その神官ってのはどういう奴だ?」
「――僕らの同輩。アカデミアの学院生で、歳も近い」
「へぇ、入学式にいたか? アマテイト神官なんて」
アマテイト神官と呼ばれる太陽神アマテイトの加護を受けて生まれ落ちた人種には、圧倒的に分かりやすい特徴がある。
それは、髪と瞳が真紅に染まることだ。それがあまりにも特徴的すぎて神官として生まれた人間は、神官という宿命から逃げられない。
魔術師という才能をもって生まれた人間に似た存在ではあるが、教会に縛られるという意味では別の文脈を持つ連中でもある。
「僕は気付かなかったね。まぁ、いろいろと多忙みたいだし、そもそも出席してないというのもあり得るだろう」
「だろうな。アカデミアの学院生とアマテイトの神官職なら優先するのは後者だろうぜ」
しかしアティのおかげで何とか生きて帰ったが、今後待ち構えているであろうトリシャと神官サマのことを思うと頭が痛い。
神官という人種とそこまで近づいたことはないけれど、どうにも俺は苦手だ。ああいう王道を歩いてきた人種は。
太陽に照らされた王道から叩き落された俺たちに、彼らのような人間は眩しすぎるのだ。
「――失礼。来ていたのですね、エルハルト・カーフィ……ほう? 目を覚ましましたか。ジェフリー・サーヴォ」
エルトとの会話も大体ひと段落、これからどうしようか?なんて作戦を練ろうとした、まさにその時だった。
教会の個室、俺の療養室の扉が開き、純白の衣服に身を包む”真紅の少女”が現れたのは。
(……へぇ、俺を待っていた神官サマってのは女の子かい)




