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第7話

「――けれど、貴方の忠告には、頷けない」


 断言していた、それが当然のことのように。

 ……タルドさんの表情がひきつっているのが分かる。ボクは今、相手を怒らせるような発言をした。

 ひと昔前の自分なら、考えられないようなことだ。けど、生きていくのにこれくらいは必要なのだと知ったんだ。


「どうして? この街に迫る危険については、理解したんだろう?」

「ええ、ですが、ボクはトリシャ教授に信頼されてここにいるんです。

 多少の危険程度で”はい、そうですか”と帰るわけには行きませんよ」


 トリシャ教授を盾にしてみる。

 きっと彼女なら、ドラコ・ストーカーかベインカーテンが蠢いていると知れば、帰ってこいと言うだろう。

 それでも、この場では教授を盾に出来る。タルドさんは、教授との接点がないんだから。


「フン、自分の教え子をドラコ・ストーカーに差し出したがるような教授なんて、いないと思うがね」

「まぁ、そうだとしても、ボクだってここに来るまでに時間もお金も体力も使っているんですよ。アカデミアから馬で来るの、大変だって分かりますよね?」


 お金は、トリシャ教授がカバーしてくれたんだけど、それは伏せる。

 どう考えてもバレるウソじゃないんだから。


「……つまり、手ぶらでは帰れない、と?」

「はい。ボクの”夏休みの自由論文”が掛かってますから。この旅には」


 慈悲王ベアトリクス様をテーマに論文を書くこと。

 トリシャ教授の代理として、生誕祭に参加すること。

 この2つを満たさないと、ここまでの長い旅の意味がなくなってしまうんだ。


「じゃあ、お前の論文が完成したら、帰ってもいいんだな?」

「ボクが良くても、トリシャ教授が頷きませんよ」

「いいや、彼女にはこっちから手紙を書いておく。あの人は、必ず頷く」


 ……直接の接点がない、と言っていたのに随分とはっきり断言するものだ。

 いったい、彼は、トリシャ・ブランテッドという人の何を、どう知っているんだろう?

 確かにあの人が、この状況を知ればボクを連れ戻すであろうことはボクも同じ考えなんだけど、タルドさんは何故そう思っているのかな。


「まぁ、教授が言うのならいいんですけどね。ただ、教授が頷くと思うのは何でなんです? タルドさんは、教授に会ったこと、ないんですよね?」

「爺さんが気に入っている客だからさ。あいつが気に入る相手が、子供を危険に晒す訳がないんだよ」


 お爺さん、か。

 今は、ここにいないみたいだけど、まぁ、確かにタルドさんが停留所の主人な訳がないよね。


「そのお爺さんは、今どこに?」

「婆さんと旅行に行ってる。俺からの簡単な”贈り物”さ」


 なるほど。それでタルドさんしかいないのか。


「で、クリスちゃんよ。君が満足すれば、君は帰っても良いってことで間違いないな?」

「まぁ、ボクの目的は自由論文を書くことですからね?」


 ――その言葉、忘れるんじゃないぞ?

 そう、告げたタルドさんがガバッと、革製の上着を投げ渡してくる。

 彼の瞳は真剣そのもので、本気でボクを帰らせるために、何かをしてくれようとしているみたいだ。


(……そこまでする必要、あるのかな。

 忠告を聞かないボクのことをバカだと見捨てれば、いいだけなのに)


 あまりにも熱心すぎる。そう、思いました、何度も。

 上着を投げ渡されたとき、ズボンを投げ渡されたとき、”今からベアトリクス様の墓に案内する”と言われたとき。


「――あの、タルドさん! 本当に良いんですか、これ!?」

「何がダメだっていうんだ? 危ないって言うのなら、しっかり捕まってろ!」


 そして、極めつけが、これだ。

 ――海を、渡っているんだ。イルカの、背に乗って。

 もちろんボクは、タルドさんの背中をがっしりと掴んでいる。抱きついている。


「なんで、海の上に”墓”があるんですか!?」

「分からないな、俺は慈悲王様じゃない」


 どうにも、慈悲王様の”遺体”が眠っているのは”海上霊廟”と呼ばれる場所らしい。

 四方すべてを海によって分断された崖、その中をくり抜くように建造された”慈悲王様のお墓”

 それが、海上霊廟。そして、そこに行くための手段が、イルカの背に乗ること。


「こんな方法で、霊廟に入って怒られないんですか?」

「大丈夫だ、観光船は良く出てるし、俺は見張りと顔が利く」


 ”街の案内人としての、たしなみさ”なんて笑うタルドさん。

 つまり、それは正規のルートとしては観光船だけで、タルドさんのような一部の人たちにだけ許された抜け道がこれってことじゃないか。


「よう坊ちゃん。久しぶりだねぇ」

「やぁ、相変わらず暇してるみたいだな」


 海崖の上に登ったタルドさんは、その先に待っていた衛兵さんと気軽に言葉を交わす。

 そのやりとりからして、2人が顔なじみであることは分かる。

 そして、さらっとタルドさんが小銭を渡したことで、それがいつものやり取りなのだとも察しがついた。


「それにしても、随分と愛らしいお嬢ちゃんを連れてるね。今日は仕事じゃなくて”逢い引き”かい?」

「仕事だよ、この娘は大事な”お客さん”だ」


 衛兵さんの軽口をさらりとかわすタルドさん。

 

「今日の混み具合は?」

「小舟2つ分くらいだね。結構前に入ったから、少し説明でもしてあげていれば、団体さんも掃けるとおもうよ」


 了解した――そう、答えたタルドさんは、ボクの手を優しく引きました。


「じゃあ、お客様。このタルド・ブラックベリーが、グリューネバルト領が最高の聖地・海上霊廟をご案内いたしましょう?」


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