第18話
「――じゃあ、まず僕の持っている情報から開示しようか」
「良いのか? 先に喋って。俺は聞くだけ聞いて、何も教えないかもしれないんだぜ?」
話を切り出したエルトに対し、俺は無意味に制してしまっていた。
話すだけ話させた方がこちらにとっては有利だったのに。無意味に止めてしまった。
「良いよ、君を信頼しているからね」
「ふっ、嫌だねえ。含みがあるぜ? お前」
「穿ち過ぎだよ。さて、本題に入らせてもらおうか――」
随分と急いてくるな。よほど持っている情報に自信があるらしい。
「――ジェフ、この2日間、君が目覚めるのを待っていた人が2人いる」
「2人……? お前とトリシャか?」
「違うよ、僕は別勘定。僕が僕のことを話したってしょうがないだろ?」
……茶化し過ぎたな。しかし、トリシャとエルト以外に知り合いらしい知り合いなどこの街にはいない。
せいぜいマルティンくらいだろうか。だが、まさかあいつが真昼間からお見舞いに来るなんてありえないだろう。
では、誰だ? エルトを抜きにして1人はトリシャだろうが、もう1人とは?
「ということは1人はトリシャなんだな? あいつは俺に対して何か言っていたか?」
「目覚めたら、何をやっていたのか徹底的に聞き出してやると言っていたよ。そして君のことを誰よりも心配していた」
フン、心配か……まぁ、そりゃあ、してくれるだろうな。
あいつは俺をこんなところに放り込んだ女狐だが、俺もあいつもお互いのことはそこまで嫌いじゃないんだ。
それなりに元気に生きていてほしいくらいのことは思っている。俺は今すぐ姉さんの元へ帰りたいけれど。
「あいつ、俺がどこにいたか、なぜ怪我をしていたかにどこまで勘づいていた?」
「……核心を突く質問だね。自覚、あるのかい?」
「そっちだって気づいてんだろ? 俺は当然なら驚くべきものに、驚かなかった。その反応の差異を見逃していないはずだ」
――エルト以外が相手なら、こんな単刀直入にはいかない。
ただ、こいつが相手ならばこういう話が通じると知っている。お互いに気が合うのだ。
どこか似た人種なのだ。
「ふふ、気づかれたことに気づくとはね。流石だよ。うん、思っている通りだよ、ジェフ。
君の負っていた傷はベインカーテン系の術式だった。”死霊呪術”っていうんだったかな。
あれで命を吸われた痕跡がくっきりと残っていた。そのことは教会の人も、トリシャ教授も知っている」
……ほう、端的に言ってヤバいな、この状況。
俺はアティのこともマルティンのことも喋れない。そこにタンミレフトでの大惨事と、それを思わせるような傷を負った俺の存在。
まず間違いなくこの2項を繋げたうえで質問を投げられる。俺はそれに耐えきれるだろうか。
「つまりトリシャはそれを踏まえて、詰問してくるって訳か」
「そうなるね。知る価値はあっただろう?」
「……ああ。知ったところで対処する方法が思いつかねえけどな。けど、知らないよりはずっとマシだ」
正直、これからのことを思うと冷や汗が止まらない。
どうやってトリシャの奴の追及を回避してくれようか……。
「それで、もう1人ってのは誰だ? トリシャ以外に誰が居る?」
「――ふふっ、食いついたね? ジェフ」
「ッ、……お前、まさか」
こいつ、俺のことを信頼しているだなんて言っていたが、やはり策があったな。
そりゃそうだ。情報交換をするときに手札をすべて開示するバカが居るか?って話で、エルトの奴がそんな馬鹿であるはずもないんだ。
「そうだよ、ここから先を聞きたいのなら、先に君の情報を教えてほしいな。シェフ」
「……良いだろう。だが、どうしても話せないことはある。今の俺は傭兵だからな」
「構わないさ。細かいところまで聞き出すつもりはないよ」
……怪しいもんだな、なんて思いながら、俺は呟く。
「”闇夜の盾”――俺は、そこから仕事を受けた。ここについては詳しく聞かないでくれ。答えられない」
「……なるほど、僕たちが知っている噂は本物だったということか」
「ああ。まぁ、あれにスカーレット王国の後ろ盾があるかどうかは、知らんけどな」
俺もエルトの奴も”闇夜の盾”という噂話は知っていた。
スカーレット王国が用意したとも言われる”表向きは関与していない諜報機関”のような裏ギルドだと。
結局のところ、それが事実なのかは分からないが、俺もマルティンもその中に入っている。没落貴族の俺たちが。
「初仕事じゃそこまで分からないか。タンミレフトにはその仕事のために?」
「まぁな。そこであの事件に巻き込まれた。死を纏った翼竜が、都市を焼いたんだ。青い炎で、生きたままの死体を造った」
「……それについては聞いているよ。数少ない生き残りが証言していて、そこら辺の話はもう爆発的に広がっている」
死竜については、広がっているか。
「伝わっているのは、死竜とタンミレフト領首都が落ちたって話までか?」
「ああ、漏れ聞こえてくるのはそこら辺ぐらいだね。で、ジェフ。君は何をしにいって、何に巻き込まれたのさ?」
――さて、どこまで話していいものだろうか。
そもそも俺は今回、マルティンの奴からもアティの奴からも”核心的な情報”は与えられていない気がする。
アティがどういう経緯で闇夜の盾に太陽の雫を運ばせたのか? アティが誰の依頼でフランセルを殺したのか? そもそもフランセルの動機は何か?
何も分かっていない。何も。
「ちょっと待ってくれ。少し整理させてほしい――」




