表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
金髪ボクっ娘の太陽神話  作者: 神田大和
外伝「農奴ジェフリーはお姉ちゃんと暮らしたい」
77/310

第16話

「……ジェフリー! ジェフ! 聞こえる!? ジェフ」


 一度は途切れた意識、その闇の中で、俺を呼ぶ声がした。

 そして、それを聞いた時には既に、俺は戻ってきていたのだろう。


「ア、ティ……フラン、セルは……どう、なった……?」


 瞼を開いても視界がはっきりしない。

 言葉を紡ごうとしても途切れ途切れになる。これは本当に、ヤバいみたいだな……。


「倒したわ。今から転移魔法でここから脱出する」


 傷口は塞がれている。かなり強く縛り付けてくれていて、応急処置としては一級品だ。

 そして”太陽の雫”が傷口を塞ぐ白布によって巻き付けられているおかげか、冷え切った体温が少しは戻っている。

 けれど、それでも血が滲んできていて、治療が遅れたら、いや、遅れなくても死ぬんじゃないかと、弱気になってしまう。


「転移、魔法……?」

「そうよ。そういう小道具もね、仕入れているの。特別に使ってあげるわ、感謝して」


 ……転移魔法の希少価値の高さ。そして、それを起こせる”小道具”とやらの存在の価値の高さを思うと、ゾッとする。


「おいおい、返せない借りだぞ、それは……」

「生きていればいつか返せるわよ。期待しているから」


 死ぬな、ってか? この状況で? とんでもない女だな……。


「正気かよ、お前……損得、勘定は大丈夫か? 

 そんなことよりもだ、この報酬を届けてほしい。経費と1割はくれてやる」


 懐から金貨を取り出す。太陽の雫を運ぶまでに1枚、フランセル討伐で1枚。

 この報酬を、シェリー姉さんの元へ届けてもらう。それだけやってくれれば、良いんだ。

 ここで死ぬとしても、それは仕方がないと思える。


「――損得勘定がおかしいのは貴方よ、ジェフ。

 誰がこの状況で死人の頼みなんて聞くと思うの? 生きなさい。そして届けたい人に届けなさい。あなた自身が」

「ッ、そして、この借りを、返せってわけか……」


 深く痛む傷口を抑え込む。

 クソ、あのフランセルの野郎、かなり深いところまで突き立てやがって……。


「そうよ、ジェフ。私、あなたのこと忘れないから」


 そんなことを言いながら”小道具”を用いて、転移魔法の準備を進めるアティ。

 ……真剣な彼女を見つめているのも乙なものではあるが、黙っているとマズいな、意識が途切れそうだ。


「なぁ、アティ。どうしてアンタ、こんな仕事を……?」


 黙っていようかとも思った。こんなことを聞くのは業界にとっての禁忌だとも知っていた。

 だけど、俺は、生きていたかった。それにアティが言ったのだ。生きなさいって。

 だから協力くらいしてもらう。俺が、俺の意識を、手放さないために。


「……ふふっ、知りたいのかしら?」

「じゃなきゃ聞かないさ」


 一瞬だけムッとした表情になったが、こちらの意図を把握したように笑ってみせる。

 なるほど、どうやら彼女は、世間話に付き合ってくれるらしい。俺の意識を繋ぐための、世間話に。


「……ねぇ、ジェフ。半端に魔法ができて、半端に身体が使えて、けれど貧しくて、それで娼婦になりたくなかったら、あなたはどうする?」


 アティの答えに、息を飲んだ。なるほど、それが彼女を駆り立てたものというわけか。

 ”没落貴族は自由になれない”なんて嘯いた日のことを思い出す。

 別に没落貴族だけじゃない。貧しいのならば、それだけで人は、自由になれないのだ。


「……戦うさ、こういう風にな。それで、稼ぐ」

「そうね。そういうことよ、けれどジェフ。あなたその顔なら稼げるんじゃない? 男娼ってのも充分に需要のある仕事なのよ?」

「ハッ、おまえ言ったろ? 娼婦になりたくないって、俺も同じさ」


 女みたいな顔なんて、姉さんに似ているくらいしか良いところがない。

 変態に絡まれてロクな記憶がないんだ。


「うん、だと思った。あなたそういうの苦手そう――ジェフ、こっちからも質問いい?」


 作業の手を止めることなく、言葉を紡ぐアティ。彼女の問いに頷いた。


「――あなた、どうしてこの稼業に? 報酬を届けたいくらいに大事な人って誰?」

「2つの質問を1度に投げるなよ。まぁ、答えは同じだから良いけどな。姉だ。姉さんのために、俺は稼いでいる」


 田舎に残してきた彼女の笑顔を幻視する。姉さんと育てた稲穂の匂いが、あの懐かしい香りが、感じられる。


「ふぅん? 良い人なんだ?」

「ああ。俺と違って、金髪が綺麗でな……愛らしくて、優しくて……」


 もしも、俺が死んだなんて聞いたら、姉さんはどう思うのだろう。

 悲しんでくれるのだろうか。だとしたら、どれほどの時間でその傷は癒えるのだろう。


「弟がこんな仕事してるって知っただけで、卒倒しそうね」

「ああ、とても、教えられないよ……」


 もっと簡単に稼ぐつもりだったのになぁ……なかなか上手く、いかないもんだ。


「……ジェフ、準備できたわ。掴まって」


 言われるまま、彼女に抱きかかえられるまま、その身体にしがみつく。

 姉さんとは違ったしなやかな体つきと、上品な香水の匂い。

 他人のぬくもりというものが、途切れそうな意識をどうしようもなく温めてくれる。


「アティ……」


 何とかつないできた意識も本当にもう、途切れそうで、でも、だからこそ話したかった。

 このまま意識を手放したら、次に目覚めるとき、もう彼女は居なくなっているような、そんな気がして。

 けれど、もう、俺は、何も言葉に、できなくて……


「大丈夫よ、あなたは助かるわ。安心して、大丈夫――」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
cont_access.php?citi_cont_id=801327974&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ