第15話
……俺が子供のころはまだ機械魔法科なんてものはなくて、俺が生きていたのがド田舎だったからというのもあって、なんというか、あれはドクターとトリシャと俺だけが知っている”秘密”だった。
そのことにドキドキして、3人で内緒のことをしているんだって感覚が楽しくて、俺はのめり込んだ。
機械魔法の本質である”デバイスの開発”というものに。
「――それは、あれかな? 機械魔法という奴かな?」
だからだ。だから、目の前の男から、この惨劇の首謀者から”機械魔法”という単語を聞くのは、気分が、悪い……ッ!
「だったらどうした? 興味があるのか、これに」
強烈な嫌悪感を覚えながらも、俺は怒りに任せて引き金を引くような真似はしない。
相手の方から”世間話”を始めてきたのだ。そしてそれは、圧倒的に不利なこちらとしては絶好の機会。
しかも今、こいつに勝てる策がひとつも思いついていない俺をご指名となれば、相手をしてやるしかない。
アティに全てを賭けるしか、ないんだ……!
「そりゃあ、そうだよ。魔術師とは常に、他人の魔法に興味がある生き物なんだ。
しかし、本当に素晴らしい火力だったね。それ、誰でも使えるって本当なのかい?」
「……本当だよ。まぁ、コツは要るけどな」
フランセルがニヤリとした笑みを浮かべる。
「なるほど、それは恐らく時代を変える魔術となるのだろうな。
だけども今、この場においては、意味がない。君1人の”機械魔法”では、私には勝てない」
フランセルという魔術師は、一瞬で想定を立てたのだろう。
いや、機械魔法という情報を情報だけ仕入れていた時から既に立てていて、俺を見て確信したのだ。
トリシャが恐れる未来を、エルトが望む運用を。機械魔法を兵法として運用すること、その効用の高さを。
「1対1なら機械魔法を使える程度じゃ人智魔法使いには勝てねえからな」
「なんだ、理解しているんじゃないか。ならば潔く、死んでくれるね――?」
魔術師が右手を掲げる、こちらも銃口を構える。
だが、それよりも早く到達する。アティの放った火柱が。
「無駄だと分からないのか? 小娘」
フランセルの防御術式とぶつかり、起きる炎の向こうから、俺に向かって矢が飛んでくる。
そして、そこにくくりつけられていたんだ。”太陽の雫”が。
(ッ、滅茶苦茶やってくるな……!)
こちらに突き進んでくる矢を、軌道を計算しながら、撃ち抜き、そして放り出されてきた”太陽の雫”を掴み取る。
――瞬間、真紅の宝石から圧倒的な熱量が流れ込んでくる。全身が熱くなって、見えなくても分かった。
今の俺の瞳はきっと、血よりも赤い燃える真紅に染められたのだと。
「これが、アマテイトの、力……!」
炎と黒煙、その向こうから青い炎が広がってくる。
……クソッ、あの野郎、確実な手段を選んできたか!
ならばこちらも考えている余裕はない。
「チェンジバレル・ガトリング――ッ!」
弾丸は既にエクスプロード。ならば、最大の火力を引き出すための言葉はこれしかなかった。
さぁ、回転連射する炸裂弾だ、地獄を見せてやる。
「うぉおおおおお!!!!!」
そもそもが”高速連射される炸裂弾”という魔力の消耗も反動も大きなそれで、なるべくなら使いたくない攻撃。
そこにさらに”太陽の雫”によって与えられた疑似的な神官の力、それを使用することによる消耗も激しい。
ッ、ヤバいな、これは、長続き、しない……ッ!
「この、程度で……」
巻き起こる爆炎の向こうから、迫ってくる。あの魔術師が、フランセルが。
その半身は砕け、傷口からは血と魔力が流れ出ている。それでもまだ、動くのか……!
――近づかれるたびに、近くで爆ぜる弾丸にむせ返り、肌が焼ける。それでも俺は、引き金を引き続ける。
「……私が死ぬと思ったか?」
伸ばされる左腕、腕だけが竜のそれと化した爪が腹部に突き刺さる。
逆流する血液、魂ごと引き抜かれるような感覚、なるほど、こちらを殺す前に魔力を奪い取るつもりか……ッ!
なら、吸いきられる前に、完全に砕いてやるだけだ……!
「舐めるなァアア……!!」
暴力的な熱と音、魔力が破壊の力へと変換されたものが、聴覚と視覚、そしてこの触覚を襲う。
……ああ、一瞬でも気を抜けば終わる、それも最悪の形で。
俺が奪われるのが先か? あいつを砕くのが先か? それだけの、それだけの戦いだ。
「なら、最後にこれはどうかしら? フランセル!」
――そんなアティの声が聞こえて、魂を引き抜かれる感覚が止まった。
だから、俺は引き金を、離せた。……もし、今一度、引き金を引いたところで、空っぽの俺じゃあ銃弾ひとつ放てないだろう。
なんて思いながら倒れていく体に抗うことができなかった。そして途切れる意識を留める術も俺は持ち合わせていなかった。
「ジェフ……?」
「すまない、どうやら、ここまでだ……」
何とか紡いだ言葉、それが最後になると思った。
奪われていく体温が恐ろしくて、父親が最後に見た光景は、これだったのかな、なんて。
らしくもなく感傷的になって、そして、俺の意識は、途絶えた。




