第14話
「よかろう、計画を早めることとしよう――」
生きた男の”声”に死体どもは反応する。
サータイトと契約した者、サータイトに魅入られた者。その線引きを理解するだけの頭も、魅入られた者には存在しない。
だから襲い掛かる。魔術師に対して、無数の死体がまるで雪崩のように。
「――頂くぞ、お前らの命を」
魔術師の右腕から巨大な影が生まれる。
それが翼竜の翼の片鱗であることに気づいた時には、それはすでに10人近い死体を切り裂いていた。
そして、そこから流れ落ちるはずの血は、命は、吸収されていく。魔術師フランセルの元へと。
(やっぱり、これが目的って訳ね……)
(――死霊の力、穢れの収集、それが目的で間違いないな)
一般的に”魔力”というのは、蓄積の出来ないものだ。
だから、魔術師は自らの魔力量以上の術式は用意できないし、そこを超えようとしたら、他人の命を使う必要がある。
だが、それでも魔力は保存が利かないから、他人を魔力として使おうとしたら殺したその場その時で術式を発動させなければならない。
しかし、死霊の力であれば保存できる。穢れとして自らの身体に留めておくことができる。
(そうね。魔術師が死の女神に祈る理由なんて、それ以外にはないもの)
保存の利く魔力というのは、魔術師にとっての夢だ。
それが穢れていようとも、力は力であると考える魔術師も決していないわけじゃない。
表の世界では生きていけなくなるから、そんな馬鹿なことはしないという状況があるだけで、これを考えたことのない魔術師はそれはそれで魔術師失格でもある。
「ふむ、やはり、この作業は手間だな。”自動化”するとしようか」
大広間の床に”魔術式”が輝き始める。
瞬間、集まっていた死体どもから何かが奪われ、男の元へと集中していく。
真紅の流れが1人の人間に収束していく。
(やっぱり、こういうの、用意してるわよね――)
本当に小さな声で呟きながら、アティはその右手にクロスボウを握っていた。
太陽の雫に染められて、彼女の瞳は、炎のように燃えている。
「……フン、収穫の時だ」
右側だけだった翼、その左が開く。そして、両の翼がはためき、現れる。
つい先ほど天空に見えたあの姿が、死を纏った竜が、人間の天敵そのものが、そこにいた。
――分かっていたはずだ、見ていたはずだ、知っていたはずだ。
それでも、これが、目の前に、同じ建物の中にいるのかと思うと”恐怖”が止まらない。本能が警戒しろとうるさくてうるさくて仕方ない。
「さて、獲物も釣れたことだし、そろそろ行くわ」
この先の連携をどうするのか? それについての仔細を決めている暇はなかったし、そのつもりもないのだろう。
俺のことを信頼してくれているのか。そもそも使い物にならなければそれはそれでという話か。
どちらにせよ、先陣を切ったアティに対し、俺はまだ隠れていられる。見つかってはいない。そういう状況に、なってしまった。
「ッ、ほう、お前が、ネズミか……!」
血のごとき赤に輝く魔術式、それを打ち砕くは”クロスボウ”から放たれた巨大な火柱。
……爆裂するような矢を使っているのだろうか? いや、違う。それだけじゃない。
あんなに巨大な火柱が立つ火薬などあるものか。あれもまた”太陽の雫”の加護なのだ。
「――――」
アティーファ・ランディールという女に、言葉はなかった。
1撃目で死竜の脳天を燃やし、2撃目で死体から穢れを集める魔術式を砕き、あとは自由落下の中で放ち続けた。
無数の火柱を。死竜を焼き尽くすように。
「アマテイト教会の、回し者か……ッ?!」
「――さて、それはどうかしらね?」
ッ……あれほどの、あれほどの攻撃で無傷だと? あり得るのか? こんなことが……ッ!
「フン、構わんさ。どちらであろうとも――」
振り下ろされる巨大な爪、アティはそれを軽々と回避してみせる。
だが、1撃目はそうできたとしても、2撃目は無理だ。
あまりにも攻撃してくる範囲が広すぎるのだ。館の壁まで届くような攻撃を、連続で避けられるはずがない。
「チェンジバレット・エクスプロード」
用意するは、炸裂弾、単純な破壊力では散弾よりも上の”爆発する弾丸”
あれほどの質量を持つ相手だ、これくらいの火力でなければ、そもそも届くまい。
「こっちを見ろ! フランセル!!」
2撃目が彼女に届くよりも前、奴の気を逸らす、それだけで充分だ。
「伏兵……!?」
こちらの弾丸が爆ぜると同時、アティも再び矢を放つ。
そこからは単純だ、再びありったけの火力を叩き込む。相手は図体ばかり大きな翼竜、どこに撃ったところで当たる。攻撃を叩き込める。
だが、それだけで勝てるというのなら、そもそもアティの奇襲は成功している……!
「――フム、面白い魔術を使っているな、君」
こちらのエクスプロード、アティの火柱。2方向からの最大火力。
そうして起きた黒煙の向こう側、1人の男が立っていた。
翼竜から魔術師の姿へと戻ったのだ。まぁ、それもそうだろう。こんな飛び道具を前にデカい的で居てくれる理由もない。
「この独特な魔力変換、その見慣れぬ魔道具……ふむ、それは、あれかな? 機械魔法という奴かな?」




