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金髪ボクっ娘の太陽神話  作者: 神田大和
外伝「農奴ジェフリーはお姉ちゃんと暮らしたい」
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第11話

「ねぇ、どう? 私と一緒に、道を、踏み外してみない――?」


 眼前に立つ少女、その誘いは”甘美”の一言であった。

 一度は踏み込むなと諭された危険な領域ではある。しかしタンミレフトの地上は既に地獄だ。

 これから次の仕事に向かうというランディールと別れて退路をひた走れば、それはたった1人での戦いになる。

 だが、もしここで、彼女の誘いを受ければ……。


「……どうして、一度止めた仕事に、誘うんだ? ランディール」

「ふふっ、そうね。私も”か弱い女の子”だからということかしら。

 いくらなんでも相手にここまで先手を打たれるだなんて思っていなかったの」


 ――相手に、先手を打たれる? 

 いったい、こいつの次の仕事とは何だ? この小箱で何をしようとしているんだ……?


「仕事の内容を教えろ。”知ったのなら受けろ”は無しだ。良いな?」

「構わないわ。でも、そういう条件を提示するのならこちらからもひとつ。

 報酬の上乗せは無しよ? この金貨以上にお金を出したら、私すっからかんだもの」


 ……なるほど、この女の誘いがどれだけ危険なものであろうとも、そこで与えられるのは金貨1枚ということか。


「分かりやすくていいじゃねえか。良いだろう。話を聞かせてもらおうか」


 こちらの回答に口元を吊り上げるランディール。

 そして、彼女は、語りだした。


「まずね、今日の私は”殺し屋”なの。それもとびっきり”危険な殺し屋”さん。

 タンミレフト家のお抱え魔術師を狙う、暗殺者――」


 ギラつく琥珀色の瞳に、嘘の色は無かった。状況が状況だ。ここで嘘をつく必要もないだろう。

 そして先手を打たれたという言葉と相まって俺にも察しがついた。あの”死を纏った翼竜”は、つまり……


「……そいつが、今回の”首謀者”なのか?」

「そうよ。死の女神に手を伸ばそうとした大馬鹿者をね、殺してほしいって言われたの。

 だからこれを調達してもらった。太陽の女神・アマテイトの、アーティファクトを――」


 小箱の封を壊し、その中から黄金細工が覆う”真紅の宝石”を取り出す。

 ――それが放つ威圧感と、惚れ惚れするような芸術性に『箱を開くな』と禁じられた理由がよく分かる。

 これを目にすれば、大半の人間は、これを盗んで逃げ出すだろう。それが、分かった。


「それがアマテイトの……」

「ええ、本来ならアマテイト教会の最奥に仕舞い込まれているような祭具の類いよ。

 いいえ、もしかしたら教会の神官に与えられるものかもね。それこそ”死の女神”と戦うために」


 死の女神に魅入られた貴族のお抱え魔術師を、傭兵なんていうあやふやな人間に殺させようとするとは。

 黙っていても、アマテイト教会の武闘派神官が殺しにかかりそうなものだけどな。


「――サーヴォくん、今、そういう仕事は教会の人間にやらせておけばいいって思ったでしょ?」

「ああ、その通りだよ。よく分かったな」


 そんなに顔に出ていたのだろうか。少しは自制しないと危ういな。


「ふふ、私も同じこと考えたもの。でも、そこら辺は色々あるのよ。

 だって今回の相手は、スカーレット王国も、アマテイト教会も、完全に出し抜くような魔術師なんだから」


 ……いったい何をしたのかは分からないが、都市1つを、それも領土の中心都市という最も警備の手厚い場所を一瞬で陥落させたのだ。

 死竜化なんていう魔術を用意して、何かしらの足が着かないはずがない。

 それなのに教会も王国もこの情報を察知できなかった。この惨劇を、回避できなかった。

 つまり、相手はそれほどまでに”深いところ”にいるし、だからこそ特殊な相手に恨みも買うとランディールは言っているんだ。


「――理屈は分かった。それで、勝算はあるのか? 先手を打たれたってことは、奇襲かなんかでサクッと殺すつもりだったんだろ?」

「それはそうだけれども、それだけならこれは用意しないわ。この”太陽の雫”はね」

「……ふぅん。なぁ、アンタ、俺にいったい何を運ばせたんだ?」


 真紅の宝石を見つめていると”太陽の雫”だなんて洒落た名前がついているのもよく分かる。

 たしかに天から零れ落ちた雨垂れが、固まったようだ。雲からではない、その上からの雨垂れが。


「アマテイトが残したありがたい神秘なのだけれど、私たちにそんなありがたさは関係ないわよね?

 簡単に言いましょう。これの力は、神官でない人間にさえ”太陽の加護”を与えることよ。しかも並大抵のそれを超えた力をね」


 ……神官でない人間を、神官にするアーティファクトだと?

 存在するのか? そんなものが。だったらなぜ、アマテイトはこれを量産しなかった……?

 そんな破格のものを造れる力がありながら、どうして無差別に”神託”を与えるだなんてつまらない真似をしているんだ? あの女神サマは。

 もしも、これが神話の時代に十全な数を用意されていれば、人類史で流れた血の量は、もっと少なかったはずだ。


「つまり、疑似的なアマテイト神官の力をもって殺そうっていうわけか。この惨劇の首謀者を」

「……あら、乗り気なの? てっきりここで、退くと思っていたのだけれど」


 金貨を握るランディールに、こちらの右手を差し出していた。


「ああ、乗り気だね。何か問題でもあるのか? 誘ったのはそっちだろう?」

「そうよ。だけれど、甘い気持ちで乗ってもらっても困るわ。あなた、このアーティファクトの力を過信していない?

 相手は魔術師、それも”死の力”と”竜の体”を操る破格の魔法使いなのよ」


 フン、俺も随分と甘く見られたものだ。

 あの死竜を、あの青い炎を、それにまかれた死体を、あんなものを目の前にして『こんな宝石ひとつで勝てると思ってないか?』だと?


「それがどうした? お前、腕に自信があるんだろ? 俺もそうだ。

 それにな、ランディールさんよ。俺は今朝、この街で”また行きたいな”って思えるカフェテリアを見つけたんだ」

「……なんの、話を、しているの?」


 あの”看板娘”の笑顔が、脳裏を過る。

 きっともう、失われてしまったであろう彼女の笑顔が、あのカフェテリアの空気が、全身に蘇ってくる。


「――簡単な話だ。俺はこのタンミレフトって街の、その仇を、取りたいのさ。

 だからお前の誘いを受ける。お前があの死竜を殺しに行くっていうのなら、そこに金貨1枚って報酬をくれるのなら、俺は喜んで殺しに行く」


 逃げることしか考えていなかった思考に火が付いたのが分かる。

 淀んでいた意識が流れ始め、燃え盛り始める。――奪われたのだ、俺は。

 この街で出会ったものを、もう一度楽しみたいと思った全てを。


『ジェフリー、奪われたものは、取り戻しなさい。それが無理なら”報い”を与えてやるの』


 没落させられた貴族、自らが愛した男の死。それへの妄執と復讐に囚われていた母さん。かつての彼女の言葉が脳裏に響く。

 あれは、なんだったろうか。細かいことはもう思い出せないけれど母さんが言っていたんだ。

 奪われたものは取り戻せ、それが無理なら、やり返せと。


(ハッ、そのために人生を棒に振ったバカな女だよな……アンタは)


 俺はアンタのようにはなりたくない。だが、結局は、そういう血が流れているらしい。

 ならば今この時は、それに従おう。ランディールの誘いを受け、この惨劇の首謀者を殺す。

 奪われたものは戻らない。だからこそ、その報いを、くれてやらねばならないから。


「――あなた、本当に、早死にしそうね」

「嫌いか? こういうのは」

「ううん、好きよ。そういうギラついた瞳、大好物なの――」 

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