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金髪ボクっ娘の太陽神話  作者: 神田大和
外伝「農奴ジェフリーはお姉ちゃんと暮らしたい」
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第10話

「――へぇ、もう来ないと思っていたのだけれど、時間は守ってみるものね」


 光の無い闇の中、この地下水道の空気にも、慣れ切った頃だった。

 薄暗闇の向こう側に、褐色の少女が見えた。

 ……彼女が依頼主のアティーファ・ランディールであることは間違いないのだろう。

 こんなところで余裕綽々に構える別人なんて、いてたまるかという話だ。


「アンタが、アティーファ・ランディールだな……?」

「ふふ、そうよ、ジェフリー・サーヴォ。どうしたのかしら? この世の終わりを見てきたみたいな顔をして」


 薄暗闇の中でも輝く琥珀色の瞳が、せせら笑う。

 ”この世の終わり”なんて表現をしているということは、先にこの地下水道に入っていたから外のことを知らないなんて可能性は、無くなった。

 ならば、話も早いというものだ。


「ハッ、あれがこの世の終わりでなくてなんなんだ? 竜が飛んだんだぞ、死をばら撒く翼竜が」

「ふぅん? ”闇夜の盾”の構成員の割には、随分と人の子みたいなことを言うのね」

「下らない挑発は止せ。あんな惨状に慣れている奴が今のスカーレット王国にごろごろいてたまるか。それが”闇夜の盾”だろうがな」


 こいつが不老の存在だというのならば、前回の人竜戦争を経験しているというのなら、あるいはその前を見ているというのなら、この挑発を聞いてやる意味もある。

 だが、そうでないのならば、このランディールが言っているのはただの軽口に過ぎない。


「あら、詳しいのね。新人だと聞いていたのだけれど」

「フン、お前は俺のことを知っているのか。俺はお前のことを何も聞いていないのにな。

 こんな小娘が待っているとは思ってなかったぜ。なんだってこんなところを選んだんだ?」


 こちらの小娘という挑発を、浅い笑みで受け流すランディール。

 ……やるな、この女。こいつに対して主導権を握るのは、至難になる。


「次の仕事に移りやすいからよ」

「……次の仕事?」

「ふふっ、好奇心が強いと道を踏み外すわよ?」


 ッ……既にもう踏み外したようなものだが、この女が居るのは多分ここよりも一段深い奥だ。

 ヤバい。こいつに深入りするのは、ヤバいぞ……だが、最低限、手に入れなきゃいけないものがある。

 地上に広がる地獄から、生きて帰るために。そのために。


「そうかい、なら深入りはしねえさ。だがな、状況が状況だ。報酬の上乗せを要求させてもらう」

「あら、下品なのね。けれど話くらいは聞いてあげるわ。何が、望みなのかしら?」

「――この地下水道の、正確な地図だ。こんな場所を待ち合わせに指定してくるんだ。詳しいんだろ?」


 かなり強気に出てはいるが、実際のところ、この鎌掛けは願望に過ぎない。

 頼む、知っていろ……! アティーファ、ランディール……ッ!


「求めているのは、脱出経路といったところかしら? このタンミレフト領からの」

「そうだ。それ以外にあるか? この状況で」

「ふぅん? なら、これで満足してくれるかしらね――」


 あまりにも、あまりにもあっさりと巻物を投げ渡してくるランディール。

 掴み取ったそれを恐る恐る開く。


「――本物、だな」

「こんなところで偽物なんて掴ませないわ。だって、別に貴方に死なれたって何も良いことないもの」

「ッ……そう、かよ」


 この地図、作成された年月こそ多少古いものの、タンミレフトの書類特有の表現が多々ある。

 こちらが調べた限りの地下水道の形とも一致するし、中央公園やこちらが把握している”人孔”の位置とも相違はない。

 ……本物だ。これは偽りではない。


「……頼まれていた品物だ。本来の報酬を、渡してもらおうか」

「あら? 思ったより素直なのね。これ以上は何も要らないの? サーヴォくん」


 差し出される金貨と引き換えに”小箱”を手渡す。

 タンミレフトまでの”運び”だけで金貨1枚。破格の報酬だ。

 とてもじゃないが、駆け出しの傭兵に与えられる金額ではない。

 だが、それも、この命の危険を前にすれば、霞む。


「下品は下品でも、ここから更に報酬の上乗せを要求するほど”恥知らず”じゃないのさ」


 この地図自体はそれなりに正確なものだろう。だが、地図自体が古く、出入り口が現存していない可能性もある。

 出たところで、待っているのは無数の死体である可能性もある。

 退路の指針は得たが、その安全は得ていない。しかし、それを眼前の女に求めるのは余りにも情けないし、筋が通らない。


「ふふっ、物分かりが良くて助かるわね。

 傭兵なんて、こういう稼業をしている奴なんて、図々しくて当たり前なのに」


 自分自身を含め、全てを自嘲するかのような笑みを浮かべるランディール。

 その妖艶さに、俺は初めてドキリとさせられる。


「あなた早死にしそう――けれど、好きよ、そういうところ」


 冗談は止せ、そんな言葉を返そうとしたんだ。

 けれど、実際にはそんな間もなく彼女は次の言葉を口にしていた。

 俺の人生を変えてしまうような”一言”を。


「ねぇ、ジェフリー・サーヴォ。ここにもう1枚、金貨があるの」


 見せびらかすように金貨を掲げるアティーファ・ランディール。

 その琥珀色の瞳に、引き込まれそうになる。


「今からもう一仕事、引き受けてくれないかしら」


 ……つい先ほど”深入りするな”と釘を刺した領域に、誘い込もうというのか。この女は。


「ねぇ、どう? 私と一緒に、道を、踏み外してみない――?」

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