第7話
「――お前はもう引き返せないぜ? ジェフリー・サーヴォ」
マルティンが告げたその言葉、それを聞いたときに感じたのは2つ。
ひとつは、当たりを引いたのだという強い喜び。
もうひとつは、目の前に広がる底知れぬ世界への恐怖だ。
「望むところだ。元より俺は、そのつもりでここに来た――」
闇夜の盾――このスカーレット王国に広がる”闇ギルド”
なぜ、そんなものをこの俺が知っていたのか? その答えはひとつだ。
幼い頃から知っていた。家に残っている資料のなかに、その記述があるのだ。
実体のところまではよく分からないが、どうやら親父が昔に属していたらしく、しかも”王国側が用意した裏組織”だとしか思えない記述がいくつか散見されている。
結果的に没落貴族のマルティンが属していることから考えると、俺の予測はより一段階ほど強化されたことになる。
「金を稼ぎたいと言ったな? ジェフ。そのために危険を冒す覚悟はあるか?」
「程度によるな。使い捨ては勘弁だぜ、マルティンさんよ」
マルティンの瞳とにらみ合う。純粋な黒い瞳と。
俺の赤とは、大違いだ。色が薄くて血の赤が透けてしまっている俺のとは。
「――フン、俺だって、お前を使い捨てにするほど”人でなし”じゃないさ。
義理人情という意味においても、そして、お前の実力を高く評価したという意味においてもな」
良いながら、俺の胸元を見つめてくるマルティン。
興味は俺の”デバイス”か。
「手の内は晒さない。この業界の鉄則だろ?」
「分かってるじゃないか。よろしい。では、早速なんだがちょうど良い仕事がある」
「……いくらなんでも都合が良すぎるな、気持ちが悪いぜ」
マルティンが、資料を探っている間にため息をひとつ吐く。
いくら何でもこれは都合が良すぎる。
ということは、こいつが回してくるのは、なかなか実行役が見つからなかった難件だろう。喜々とした表情を見れば分かる。
「この小箱を、タンミレフト領まで届けて欲しい。場所は、領土首都にある中央公園――」
運び屋か? それにしても、随分と楽な仕事じゃないか……?
なぜ、これが残る?
「――の、さらに下。地下水道中央だ」
「ッ、地下水道って事は……あれか、魔法王の遺産ってことかよ」
「そうなるな。怖いか? ジェフリー」
マルティンの言葉に首を横に振る。
別に怖くはない。ただ、よく分かった。この案件に実行役が見つからなかった理由が。
「ただ、魔法王の遺産が主戦場になるのなら、報酬は弾んでもらう」
「もちろん。金額は、相場の5割り増しだ。この金額なら問題あるまい?」
「もう少し積み増せるんじゃないのか? お前、抜いてるだろ」
……考えなければならないことは、3つ。
ひとつは、タンミレフト領の地下水道とは何か。
ひとつは、この小箱は何なのか。
最後は、いったい俺は、地下水道の誰に、あるいはどこに、この小箱を届けるのか?だ。
「おいおい、まるで不当に利益を得ているみたいに言わないでくれよ。俺がやっているのは、仲介役なんだぜ?」
「そんなお題目は要らない。あといくら出せるのか、言ってみろ」
そうやって金額を吊り上げさせはしたものの、実際それが相場なのかは分からない。
高く出させた気になっているだけで、実際は相場よりも安いところで収まっているのかもしれない。
そんなことを思いながらも、俺は話を進めることにした。大きな金額が懐に転がり込んでくることだけは確実だったから。
「で、この小箱は何だ?」
「知らないな。開けるなと言われている」
「届ける相手は? 俺は誰に届ければいい?」
――もし開けてしまったら、届けた先の相手に何か文句を言われるのは必至といったところか。
「アティーファ・ランディール、褐色の女。それ以外は、何も知らん」
「依頼主は誰なんだ?」
「不開示だ。別に珍しい話じゃない」
つまり俺は、よく分からない小箱を、よく分からない女の元に、魔法王の遺産のど真ん中に届けに行くというわけか。
「――なんでお前の手元でその案件が浮いていたのか、よく分かったぜ。マルティン・ヴィアネロ」
「ハハッ、新人に割の良い仕事を回すってはこういうことさ。なんの問題もない仕事なら、もう他の奴に回してんだよな、これが」
まぁ、これで上手いことあっさり終われば儲けの良い仕事だし、そうでなくたって多少の火の粉なら振り払える。
そういう力が俺にはあるんだ。機械魔法とはそういうものだ。
「で、どうするよ? ジェフリー。降りるなら、ここが最後だぜ?」
「まさか。こんなに稼ぎの良い仕事、他の奴に渡すもんかよ」
この俺が、接客だのなんだのと、そんな誰でもできる安い仕事をやるつもりはないのだ。
機械魔法という力を持っているのだから、それを使わない手はない。
俺は本気で金を稼ぐつもりなのだから。それも、土地を買い戻せるだけの金を。
「体は成長したが、根は相変わらずのようで嬉しいよ。ジェフ」
「フン、俺はもっとも効率よく稼がせてもらう。それだけの話さ。今も、昔もな」
――目的のためならばどこまでも効率的に作業をこなす。
それが俺の在り方だ。たとえトリシャに仕組まれたこの状況がどれほどに理不尽であろうとも、それを嘆くだけで終わらせるつもりはない。
終わらせる。俺は、この理不尽を、一刻も早く終わらせるのだ。
「素晴らしい。では、よろしく頼むぜ――?」




