第6話
――学院生としての生活を始めて2週間目に突入したころだ。
俺はそろそろ”金を稼ぐ”ということを本気で考え始めていた。
このアカデミアという学術都市では、魔術師であればいくらでも稼ぎのいい仕事がある。魔術師でなければ、飲食店の給仕のような利率の悪い仕事ばかり。
(……機械魔法なんて、所詮は戦うことしかできない力、か)
普通の魔術師であれば、もっと多彩なことができたのだろう。
しかし、今の俺の手持ちは2丁の拳銃だけであり、他のデバイスを用意しているだけの余力はない。
まずはこの手持ちで稼ぎ始めなければ、何も始まらないのだ。何も。
「――よう、姉ちゃん。こんな物騒なところに何の用だい?」
「ハッ、姉ちゃんだと? 俺が――?」
キナ臭い酒場に足を踏み入れた俺を待っていたのは、カスのような客の”からかい”だった。
ここは、とある裏ギルド――”闇夜の盾”が仕切っていると聞いていたが、噂通りの治安の悪さだな。
「そりゃあ、こんな顔してたら男だって女だぜ? なァ?」
酔っ払いが肩に腕を回してくる。ここで受け入れたら、俺は本当にこいつらの慰み者だ。
冗談じゃない。それにこうやって絡んできてくれるのは好都合でもある。
この俺の実力を示すことができる。この場において、闇夜の盾に。
「ほう、じゃあ、お前は女に組み伏せられる軟弱野郎ってことで良いんだな?」
足元を掬い取り、床に叩きつけながら、その髪を捻り上げる。
ドクターに仕込まれた護身術だ。戦うということにおいて、俺は俺の実力を疑ったことがない。
「てめえ――!」
酔っ払いの仲間たちが一斉に飛び掛かってくる。
それを簡単にいなしながら、飛び退き、俺は懐の拳銃を引き抜く。
「――チェンジバレル・スタンガン」
音声認識により、銃の特性を変更する。そして今もなお襲い掛かってくる奴らに、突きつけて、引き金を引く。
走るのは電流、身体の動きを止める、魔法の力だ。
「な、なんだ、これ……!?」
「説明なんてしてやると思うか? この俺が、お前らなんぞに」
「クソ、ふ、ふざけやがって……ッ! ぶっ殺してやらァ!」
刀剣を引き抜いてくる酔っ払いども。
さて、ここからは本当に流血沙汰待ったなしだな。
「――待て待て待て! この場、この男、このマルティン・ヴィアネロが預からせてもらう」
一触即発となったこの場に割り込んでくる1人の男。
マルティン、ヴィアネロ……だと?
「チッ、てめえに出てこられたら仕方ねえな」
「分かってくれれば結構。じゃあ、お前の方にはついてきてもらうぜ? 良いな」
マルティン・ヴィアネロ、そう名乗った男が、俺の手を引く。
そして俺は、この酒場の奥へと連れていかれる。
……ヴィアネロか。聞き覚えの無い名前ではない。それどころか今でもまだよく覚えている。
「なぁ、アンタ、本当にヴィアネロなのか? マリアンナは、どうしている……?」
「ッ――やっぱり、お前だったか。ジェフリー・サーヴォ」
酒場の最奥、音のない個室に入ったところで、俺とマルティンは言葉を交わした。
そして確かめ合った。互いが互いに、思っている相手が目の前にいることを。
こちらの認識に誤りがないことを。
「マリアンナは、行方不明だ。あの時以来、俺はあいつのことを見ていない」
「……そっちの方は、王軍に追われたんだったな。よく、無事で」
「全くだ。俺も未だに、俺が生きていることが信じられない」
ヴィアネロとサーヴォ、この2つの家は同じ”10年前の政変”で没落した貴族同士だ。
その政変の全容は、幼かったせいで俺もいまだに理解していないが、ヴィアネロ家の兄妹のことはよく覚えている。
兄マルティンと妹マリアンナ。俺たちと歳が近かったこともあって2人とは本当に仲良くさせてもらった。
「シェリーは? お前の姉さんは元気か?」
「ああ、諸事情でな。あいつは田舎の方にいる。俺だけアカデミアに引っ張り出された」
「……相変わらず厄介そうだな、ジェフ」
振る舞われた酒に口をつけながら、答える。
「没落貴族なんて何がどうなったって厄介なままさ。周りの事情に振り回され続ける。
そういう運命の元に生まれちまったんだ」
「違いない。それで、今日はどうしてこんなところに――?」
本題に入るというわけだな。
何の因果か、旧知の相手マルティン・ヴィアネロは今、この”酒場”で強い存在力を持っている。
もし俺の掴んだ情報通りに、この酒場が”闇夜の盾”の活動拠点のひとつだとしたらマルティンは恐らく……。
「――闇夜の盾に興味がある、と言ったら?」
「どうして……?」
「金を稼ぎたいから。実力はさっき示したはずだぜ。続けていたら俺は、あの場の全員を殺すこともできた」
こちらの言葉に、口元を吊り上げるマルティン。
「ふふ、あのサーヴォの坊ちゃんが、随分と殺気立ったことを言うようになったもんだな」
「で、どうなんだ? 俺は、アンタが闇夜の盾の人間なんじゃないかって、期待してしまっているんだけどよ」
さて、どうだ? いったいマルティンはなぜ、ここにいるんだ?
「――ご明察、今の俺は”闇夜の盾”の構成員だ。
そしてこれを知ってしまった以上、お前はもう引き返せないぜ? ジェフリー・サーヴォ」
「望むところだ。元より俺は、そのつもりでここに来た――」




