第2話
――夕刻、姉さんよりも一足先に農作業を切り上げた。
晩飯を作るためだ。そして、郵便受けにひとつの手紙が入っているのが分かった。
封緘の施された封筒、その紋章を見れば差出人が誰か分かる。
「トリシャ、ブランテッドか……」
アカデミア教授トリシャ・ブランテッド、彼女との付き合いは長い。
俺と姉さんが暮らす土地の持ち主であるドクターケイ。その愛弟子であるトリシャとは、本当に昔から付き合ってきた。
それこそ、俺たちの母親が死ぬその前から。
「――まぁ、こういう内容だよな」
封緘を切り開き、封筒の中の手紙に目を通す。
書かれていたのは、100回は見た内容。成人も過ぎたのだからアカデミアに来い。お前を優待してやる。
そういった誘いの言葉だ。俺がそれを受け入れないと知って1年以上も同じ内容を送ってきているのだから、しつこいにも程がある。
「さて、メシだメシ!」
トリシャからの手紙を放り投げ、晩飯の準備に取り掛かる。
はちみつ煮に使ったはちみつの余りがあったな。なんてことを考えながら、ウサギ肉を切り分けつつ、鍋の用意をしていく。
味付けは辛めに。今朝までのはちみつ煮とは打って変わって真逆の味付けで。
「ふーんーん♪」
口歌でも歌いながらしばらく作業を進めたころだった。
姉さんが戻ってくる音がした。そして、部屋に充満する匂いを嗅いで悲鳴を上げる。
「ジェフ~っ! また辛いご飯作ってるでしょ?!」
「――ご明察。よく分かったな?」
「分かるよ~! 分かるくらいにきついんだもん! これでまた食べれないほどに辛かったら、2度とジェフにはご飯当番させません!」
カンカンに怒りながら腕で×マークを作る姉さん。
この愛らしい反応が見たくて、そして俺が辛い料理が好きだから、俺が料理を作る機会があればいつもこうしてしまうのだ。
「ふふん、そういうことは食ってから言うんだな。さぁ、手を洗ってきな。姉さん」
「んー、分かった。でも、本当に今日という今日は許さないからねっ!」
手を洗いに行った姉さんを見届けながら、ご機嫌取りのための一手を用意しておく。
これで本当に辛鍋だけを用意したらマジで怒られるからな。
そこら辺の調整には気を遣っているつもりだ。
「――さて、用意できてるぜ」
囲炉裏に鍋をセットして、手を洗ってきた姉さんを迎え入れる。
当の姉さんは、警戒しながらジリジリと近づいてきて、それがまたかわいい。
「……本当に大丈夫なの? 食べられないやつじゃない?」
「大丈夫さ。そんなに警戒しないでくれ。さぁ――」
辛鍋を一杯ばかりよそい、炊き立ての米も用意する。
これにてお膳立ては終了だ。
「むむむむ……」
恐る恐る俺の用意した辛鍋に口を付ける姉さん。
「辛っ……くない。いや、辛いけど、そこまでじゃない……」
「言ったろ? 警戒しないでくれって」
そう言いながら自分の分の鍋をよそい、そこにスープを追加する。
真っ赤に染まったスープを。
「……ジェフ、なに、それ?」
「これか? 辛鍋の元だ。これを入れるともっと辛くなる。姉さんが辛いのダメだっていうからさ」
「えっ……それ、そんなに入れるの……? だっ、ダメだよ! 身体壊しちゃうよ」
姉さんは心配性だな、なんて答えながら激・辛鍋に口を付ける。
「ごふっ……ッ!」
「ほら~、むせてるじゃない」
「べ、別に、熱かっただけだ。辛さは関係ない」
……実際は少し辛鍋の元を入れ過ぎた。
だが、予想以上に辛かったというだけでこれが無理な辛さという訳ではない。
だから2口目からは、ほら大丈夫。
「水入れはいつにしよっか?」
「んー、まぁ、3日くらいはかかるよな」
農作業をどう進めていくかの話をしながらパクパクと辛鍋を食べ進めていく。
そこまで辛くしなかったから、姉さんの機嫌も上々だ。黄金色の髪と瞳に見惚れている暇くらいはある。
前はカンカンに怒らせてしまったからな。
「さて、食後のデザートはいかがかな? 姉さん」
「デザート? そんなの作ったの?」
「ああ、はちみつが残ってたからな。はちみつ味のクッキーだ」
ご機嫌取りの一手を放つ。これで姉さんも喜んでくれるというものだろう。
「……甘い、美味しい、ジェフリーのお菓子は最高だね」
そんな風に微笑む姉さんを見つめながら、1日が終わっていく。
あとは風呂に入って、眠るだけだ。
「いやぁ、まだまだ寒いねえ。もう春なのにさぁ」
お風呂上り、そんなことを言いながら俺が入っている布団に入ってくる姉さん。
……ああ、人肌のぬくもりが温かい。
俺がいつも夜ごとに感じているぬくもりだ。
「そうだな、風邪には気を付けよう」
「ふふっ、こんなところで風邪ひいちゃったら二人とも共倒れだね」
「ああ、うん。そうなったら、まぁ、俺が何とかするさ」
布団の中で笑い合う。俺と姉さんは双子、同時に生まれてきた。
だから、いつもこうしてきた。これからも、こうしていく。それは変わらない。
「えへへ、ダメだよ、ジェフリー。私がお姉さんなんだから、弟として甘えてればいいの」
「でも、俺は男さ」
「だって、私はお姉ちゃんだもん」
やれやれ、相変わらず強情なお姉さんだ。
「分かったよ、じゃあ、おやすみ。姉さん」
そう姉さんの額にキスをして、俺は瞳を閉じた。
「おやすみ、ジェフリー」
首元に柔らかい感触、ああ、もう、これなしじゃ眠れないくらいだ。
アカデミアの学院生になれだって? バカな話さ。
この姉さんとの生活を手放して機械魔法の研究をするなんて、あり得ないとしか言いようがない。ないんだ。




