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金髪ボクっ娘の太陽神話  作者: 神田大和
外伝「農奴ジェフリーはお姉ちゃんと暮らしたい」
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第1話

 ――味噌汁の匂い。甘い米の香り。トントントンと小気味よく響く包丁の音。

 睡眠と覚醒の狭間で感じる朝の感覚に、多好感に満たされていく。

 昔は、母さんがそれを用意してくれていた。布団には姉さんがいて、ああ、幸せってこういうことを言うんだなって思った。


「……姉さん」


 眠りから目覚めに天秤が傾き、たった1人の布団を感じて理解する。

 ――あ、やべえ、今日のご飯当番は俺だったんじゃないか。と。


「ちっ、カラクリが壊れたか」


 枕元に置いてあるゼンマイ仕掛けのベル。これを回して寝ることで7刻み経つと起きられる。

 そういう仕掛けを、俺は作っていた。だが、どうも最近ゼンマイが劣化したのか音が出ないことが多い。

 おかげで今日もこのザマだ。ご飯当番は俺だったのに、姉さんにやらせてしまった。不覚だ、一生の、不覚――


「――直す、か」


 今さら台所に向かっても間抜けなだけだ。だからカラクリに仕込んでいる”ネジ回し”を引き抜き、ネジを外す。

 そして中のゼンマイを確認する。ゼンマイ自体は少し前に取り換えたばかりだ。

 摩耗していると言えば、歯車の方だろう――その読みは当たり、歯車の一部が欠けてしまっていた。


「まだ替えはあったよな……」


 棚から歯車の替えを取り出し、カラクリの摩耗したそれと取り換える。

 ……歯車のストックも少なくなってきた。そろそろ造り足さなきゃいけない。

 そんなことを思いながらカラクリを直し終える。


(……ドクターは、このカラクリに時計を足せるはずだって言ってたよな)


 いくつか頭の中で設計図を走らせる。

 まぁ、不可能ではないとは思うが、問題は小型化と強度、それと時計として動かすのに必要な回転数をどこまで減らせるかあたりだな。

 やろうと思えばやれないことはないが、数日考え込んで実現までにはもう数週間はかかるだろう。


「――あ、起きてたんだ? ジェフ」


 寝室の扉が開き、姉さんの声が耳に響く。

 ちょうどのそのタイミングで作業が終わった。


「ごめん。朝に鳴らなかったこいつを直してた」

「ふふ、相変わらず機械弄りが好きだね? 朝ご飯できてるよ♪」


 窓からの光を背に立つ、金色の髪の少女。

 彼女こそ俺の双子の姉、シェリー・サーヴォその人だ。

 スラリと伸びる手足が美しい、俺の、姉さん。


「本当にごめん。今日の当番、俺だったのに」

「良いんだよ、どうせ昨日の余りものだからね。それにジェフの寝顔はかわいくて好きだから」


 さらっと何を言ってくるんだ、と思いながら少し照れている自分がいる。

 いつものことなんだけど、姉さんに褒められるとなんて答えればいいのか分からない。


「……かわいいなんて言うな。俺は男だぞ」

「ふふっ、そんなの関係ないよ。美しさと愛らしさに性別なんて、関係ない――」


 壁際に追い詰められて、首元から顎を撫でられる。

 ……姉さんから向けられる”かわいい”を拒否すると、こうしてもらえる。

 そう、分かっているから、いつもいつもこう答える。けれど今日はかなり濃い目だ。


「……もう少し、姉さんより背が高くなりたかった」

「そう? 私は残念だな。ちょっと前まではジェフの方が小さかったのに、今じゃジェフの方が少し大きいだもん」


 言いながらこちらの頭を撫でる姉さん。

 まったく成人を終えた男に向かって、何を。こっちはとっくに15歳を超えているんだぞ。


「えへへ、ジェフの髪って柔らかくて好き……」


 振りほどこうかと思ったけれど、もったいなくてされるがままになっていた。

 ああ、せっかくの朝ご飯が冷めてしまうな。なんて思いながら。


「――ふふっ、ごめんね? 味噌汁ぬるくなっちゃってた」

「別に、良いけど……少し冷めててもおいしいし」


 朝の献立は、昨日と同じウサギ肉のはちみつ煮と山菜の炊き込みご飯。そしてきのこの味噌汁だ。

 山菜の炊き込みご飯は、それ単体では少し苦すぎるくらいなんだけども、はちみつ味に煮込んだウサギ肉と一緒に食べると絶妙な味になる。

 それは昨日も今日も変わらない。それどころか、はちみつの味が深く染み込んで昨日よりおいしいくらいだ。


「うんうん。それは良かった♪」


 俺の顔を見て、にんまりと微笑む姉さん。その表情に幸福が溢れ出す。

 ……たった2人だけの、こじんまりとした生活。でも、それが幸せだった。

 ここには姉さんと俺しかいないけれど、それ以外は何も要らない。これが全てで、それで良い。そう、思うんだ。


「そういえば土起こしは今日から?」

「ああ、温かくなってきたしな。そろそろ頃合いだろう」

「今年も上手く実るかな?」


 少し不安げな姉さんに強く頷いて見せる。


「今年も豊饒さ。なに、心配するな。ダメならダメで俺が稼いでやる。姉さんに貧しい思いはさせないよ」

「ふふっ、心強いね。……ねえ、ジェフリー。”カラクリ”で稼ぐつもりはないの? ジェフの”機械魔法”で、ドクターたちみたいに」


 ……機械魔法、か。確かにドクターたちに仕込まれたこの技術、彼らに見込まれた才能、これがあれば今よりずっと稼げるのかもしれない。

 こんなところで土地借り農奴をやっているよりはずっと。

 けれど、そのためには人の多いところに出ることになるだろう。それに機械魔法は有用性の高い新興技術だ。

 あれで下手に名前が売れたら、それゆえに背負い込むようになるであろう危険は計り知れない。


「――俺は、姉さんと一緒にいたい。都会に出るつもりはない」

「良いの……? 私に気を、遣っていない?」

「違う。姉さんのためだけじゃない。俺自身が嫌なんだ。人の多い場所に行くと、昔を、思い出すから」


 ここにはもう、母さんはいない。父さんも。

 残されているのは、俺と姉さんだけ。サーヴォ家はもう、何も残っていない。

 だから、都会には出たくない。昔を、思い出すから。俺の人生はここで終わるのだ、姉さんと一緒に、ここで。

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