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第52話

 それは、450年前の戦いの焼き直しだった。

 あの日も今も、人の身でありながら、翼竜と戦うなんて無茶を叶えるための手段は、そう多くはない。

 だから、あの日も、今も、クリスと一緒に戦ったときも、やり方は変わらない。オレの戦法は”スカイストリート”を軸に、奴の命を削るというだけだ。


「ッ、翼を持たぬ者が……ッ!」


 奴の口から放たれる雷交じりの炎、破壊されるスカイストリート。

 だが、今のオレは、この世界は、現実とは違う――ッ!


「それが、どうかしたか――?」


 自らの身体を霧散化させ、ヘイズの死角に回り込む。

 残っているスカイストリートを足場に、慈悲の王冠から小規模の太陽を放つ。

 それは、竜の鱗ごと、その奥の肉に損傷を与える。


(……効いている、やはり、勝てる――ッ!)


 勝利の確信に、口元が歪む。だが、次の瞬間に思い知る。

 今、自分が相手にしているのは”竜魔法王”なのだと。

 一筋縄でいくはずなんて、なかったのだと……ッ!


「クソッ、ふざけやがって……ッ!」


 的確に死角に回り込んでいた。爪も牙も炎も届かない場所にいたはずだった。

 だが、奴は”全身”から無差別に雷を放ってきたのだ。

 それはオレがどこにいようと関係がない。あいつの近くにさえ居てしまえば、攻撃を喰らう。

 そういう攻撃をしてきたのだ。


「そこにいたか……ベアトリクス!」


 放たれる吐息、竜だけに許される全てを燃やし尽くすそれに、全力の”太陽”をもって迎え撃つ。

 ……この攻撃を前に、霧散化しても意味はない。それどころか、細かく分かれたところの全てを焼き尽くされる。

 ッ――ヤバい、これは、ヤバい……ッ!


「うぉおお! 燃え尽きろ! ヘイズ、グラント――ッ!」


 奴の炎を、相殺しきった瞬間に、間髪を入れずに放つ。渾身の一撃を。最大級の”太陽”を!


「無駄だ……ァ! どこを、狙っている……!!」


 翼竜としての影を、焼き払った、はずだった。

 だが、その向こうから、影は、降りてきた。

 竜人としての姿をしたヘイズが、その手に、お気に入りの剣をもって、落ちてくる……ッ!


「死ねえ、ベアトリクス……ッ!!」

「舐めるなァアア……ッ!」


 太陽の力を練り上げて、一振りの剣をでっち上げる。

 別に珍しい技じゃない。何度もやってきたことだ。それにここは、魔力の世界。

 そもそも全てが互いの魔力が見せる偶像に過ぎない。オレたちがやっているのは、結局は魔力のぶつけ合いだ。


「翼竜が、人を殺す姿じゃ、なかったのか? ええ!!」

「フン、お前みたいな”太陽使い”相手にデカい的で居続けてやるわけがないだろう?」


 交える剣戟は、異様なまでに速い。こちらがそうであるように、あちらも加速をかけているのだろう。

 フン、お互いに魔術師で、剣術は添え物程度にしか学んでいないというのに、決着がこれとは。

 魔法王なんて言っても、結局のところ戦場では1人の戦士としてしか居られぬらしい。

 

「――さぁ、終わりだ、ベアトリクス!」

「それはこっちの台詞だぜ、ヘイズ・グラント……ッ!」


 そこからの戦闘は、きわめて単純なものだった。

 いくつかの魔術式のぶつけ合いもあったが、結局は、互いに潰し合って、ただ刃と刃を交え続けた。

 永遠に続くかと思われるほどの戦闘、しかし、決着の時は、余りにもあっけなく訪れる。


「フン、取ったぞ……ベアトリクス……ッ!」


 こちらの剣が、弾き飛ばされた。剣士としては、あいつのほうが一段上手だった。

 勝利の確信に口元を歪めるヘイズが見えた。

 そして、オレもまた、敗北の確信をした。だけど、脳裏に、言葉が過った。


『――ウィア、ウィアトル・トリクシー。生きて、生きなさい。私の身体を使ってでも、生き続けなさい――』


 ああ、……そうか。そうだったね、ベティ姉さん……

 ……オレには、まだ、貴女の力が――ッ!


『――ひざまずけ、ヘイズ・グラント』

「なに……ッ!?」


 勝利の確信に満たされた心は、それだけで隙だ。

 普通ならば影響を受けないような”支配”の術式にも、無防備になる。

 そして、馬鹿正直に跪いた、この一瞬。それだけで充分だった。


「バ、バカな……ッ?!」


 驚愕に歪むヘイズの心臓にこちらの”太陽”を打ち込む。

 正真正銘、最後の一撃。これ以上はない。これ以上は放てない。


「これで、終わりだな、ヘイズ――」

「ぃ、嫌だ、私は……ッ!」


 恐怖に歪む表情、それが、ヘイズが見せた最期の顔だった。

 不思議と感慨は沸かなかった。けれど、それは分かっていたことなのかもしれない。

 450年前の時もそうだったのだ。復讐を果たしたところで喜びなどない。ただ、けじめをつけて、失ったものと向き合えるようになる。

 それだけ、ただ、それだけなんだ。


(……こんな、こんな奴のために、オレたちは)


 訪れる虚無感。そして、ヘイズの魂は消え去り、残された僅かばかりの魔力がオレのものへと変わっていく。

 この場所も、役目を終える。オレの魂は、引き戻される。ベティの、他ならぬ彼女の身体へと。


(なぁ、ベティ……もし、もしも、まだ貴女が、ここにいるのなら……)


 ――無意味な祈りだと分かっていた。けれど、縋った。

 記憶を失くしていた時のオレが、無意識に名乗った”ベティ”の名前。それに一縷の望みをかけた。

 だが、応えなどなかった。分かっていた。すでにベティはもう、どこにもいない。

 ……ああ、せめて、せめて貴女の魂が、女神の元に召されていますように。オレの無為な生に、縛り付けられていませんように。

 そんな祈りを、捧げることしか、できなかった。

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